第5話 「採取」

プロミネンス草や白精草が生えているとさせるソルヴィア王国周辺の森へと足を踏み入れていたイングラムは、早速使い魔たちをこの森に住む生物である白い眉斑と黒い眼帯が特徴のオオタカへと変化させ、それら3羽を空へと放った。


「よし、これで状況把握は安心だな」


電子媒体に目を向けて3羽の様子を確認する。森の上空へ無事羽ばたいているようだ。


「それじゃあ、俺も探すとするか」


まずはプロミネンス草。植物のアイコンを開き、ホログラフで構成された植物図鑑をフリック、【プロミネンス草】をタップする。

すると、プロミネンス草の条件や分布地形などが記入されているページに移行する。

ホログラフで構成された赤橙色の植物が

実物代で映し出され、その横に条件と入手難易度が浮かび上がった。


1 太陽に当たっている周辺であること

2 葉や茎全体が赤い、または橙色であること

3 香りが林檎に近いこと


上記の3つ。星は★☆☆☆☆

比較的入手しやすいようだ。


電子媒体をフリックで消して、空を仰ぐ

雲の破片1つ見当たらない快晴。

思わず目を瞑ってしまうほどに白く輝く太陽の光が煌々と木々を照らし、イングラムを温かな陽の光で包んでいる。


「眩しいなぁ、これは採取日和だ」


額から滲み出る汗を拭って携帯している半透明の飲料ボトルを取り出して、コールドスープを一口飲む。


この飲料は、9大栄養素を胃の中で素早く吸収し、血液と共に清涼感が全身を巡る。

即効性と持続性の高い飲料なのだ。


そのおかげで暑さを緩和し日影のない場所でも涼しさを保ちながら行動できるのだ。


「あれ、これチョコ味か?

ん〜、メープル味にしたと思ったんだがな」


しかしイングラムの表情は思わしくない。

急いで準備をしたから、お気に入りの

味を用意できなかったせいだ。

少しため息を吐きながら、飲みかけのコールドスープをしまい込み、地面に赤く生えたプロミネンス草を探すため生い茂る草の中で思い切り鼻呼吸する。


(……匂いでは、ダメだな。

俺ではこの距離で判断が難しい……)


素人めでも、上手くやれるのかと試してみたものの、栗の花の匂いやら、野生動物の匂いやら、どこからか運ばれてくる食物の匂いやら、他の匂いや向こう側から吹いた冷たい風も混じっていて、どれがプロミネンス草のものなのかわからない。


(直に摘み取って匂いを嗅いで、目で確認するしかないか……)


1つ1つ手に摘み取ってみて、嗅いでみる。

赤色や橙色の物もあるが、どれも紅葉みたいな葉が多いだけで、匂いは無臭だった。


しばらく周辺を探ってみたものの、成果は

何も得られなかった。


しかし慌てることなかれ、イングラムは電子媒体を起動し、使い魔達が採取できたかどうかを確認する。

自分が駄目でも、犬と同等の嗅覚を付与した使い魔たちであればもしやと思い至ったのだ。


最初に高く飛んでいったオオタカの姿をした使い魔が赤い葉のついた根を大量に加えている。使い魔の擬似嗅覚情報は、林檎の香りを認識しているようだった。

電子媒体の図鑑と、匂いの情報がリンクして明滅する。


「この調子なら日暮れまでには集まるか。

なら俺は、白精草を採りに行くか」


プロミネンス草は使い魔達に任せて、

イングラムは画面を切り替え、植物のアイコンを開き、その欄の【白精草】をタップする。ホログラフでゆっくりと回転しながら実物の白精草が画面上に浮かび上がった。


フリックして、入手条件と説明を目で追いかける。


白精草


雪のように白い葉色が特徴。

牛五頭分のカルシウムを保有し、骨密度を高めるMBPも多く含まれている。気温が高い場所には生えず、洞窟や雪の下など気温の低い場所に生え、洞窟内では稀にクリスタルに寄生しているものもある。そちらは効能が通常よりも上。別種とも亜種とも捉えられていて、それは銀精草とも呼ばれている。


入手条件★★☆☆☆


追記 これを主食にしているモンスターが

存在し、既存の武器では太刀打ちできない。

モンスター名不明。


「モンスター、か。

確かにこれを食べ続ければ強度は凄まじいものになるだろうな」


カルシウムは骨を強固にする物質だ。

牛乳や煮干しなどに多く含まれているが、単体では骨密度を高めることは難しい。

そのMBPがあればこそ、骨は新陳代謝を起こしやすくなるのだ。そのMBPは、銀精草にのみ入っているとのこと。必ずや手に入れなければならない。


「……日陰にないのは少し手間だが、仕方がない」


やれやれと息を吐きながら、草木を掻き分けてこの森の奥深くにできたといわれる洞穴へと向かう。





30分ほど歩いていると、冷たい空気が頬を撫でた。この先に洞窟があるらしい。

イングラムは駆け足で進んでいく。


しばらくすると、入り口前までたどり着く。

先程感じた冷たい風は、ここから吹いているのらしい。


「よし……ホットスープの出番だな」


ちょうどいい。

コールドスープの効能はつい先程効果が切れた。

体内温度はこの冷気に当たったせいで

緩やかに低下し始めている。


腰元に備え付けているコールドスープの隣にある半透明のボトルに入っている

赤い飲料、フレイムスープを一口飲む。

トマトコンソメ味だった。


「………」


騎士は二度、顔を顰める。

違う、違うのだ。

イングラムはフレイムスープの味をお気に入りのものにしていたはずだ、はずだったのだ。


「なぜチョコミントじゃなかったのだろうか」


コールドに続いてフレイムまでもがお気に入りでなかったことに少し落胆する。

そして、歩いて洞穴の中に入っていった。


洞窟の明かりは、天井や床に僅かに生えている白銀色のクリスタルだけだ。

先へ進むための道標になっていることには変わりないが、もし動物や何かがいるとなるとこれだけでは少し心許ない。

そう感じたイングラムは手のひらを天井に向けて両眼を閉じる。


「紫電よ、我が進む道を行く為の光源となれ」


神経を集中し、大気中の僅かなマナを

手に集約させる。

バチバチと、電気特有の音がなると同時に

紫色の光を放つ球体が現れた。


それはまるで蛍のように、ふわりと浮かび上がり、これから先に歩いて行くであろう道へゆっくりと飛んでいき、道筋を照らしてくれる。おかげで不安は解消された。

イングラムは堂々と突き進んでいく。


◇◇◇


洞窟を歩いてはや10分近く経った頃。

突如として奥から、咆哮と共に強大な風圧が吹いてきた。


「っ————!」


マナを即時に片手に集約させて、地面に掌がつくように叩きつける。

すると、雷の紋様があしらわれている魔法陣が出現し紫電がイングラムを囲うように防護壁となった。

風圧を遮断、バチバチと電気特有の音が反響し、続け飛んでくる瓦礫や小石は全て紫電によって焼却された。それが10秒ほど

続き、やがて止んだ。


「今のは、もしや銀精草を主食としている怪物の仕業なのか?」


ゆっくりと腰を下ろし、地面に付与したマナを回収する。すると、途端に紫電の防護壁は霧のように掻き消えてしまった。


「……ここに来ておいて正解だったな」


使い魔たちであれば、先程の風圧で容易く壊れてしまっていたに違いない。

必要最低限の機能しか付与しなかったことを考慮すれば、友から貰ったものを無駄にせずに済んだ。無論使い潰すつもりも毛頭ないが。


「よし、進むか」


髪の毛についた静電気をパパッと片手で回収し、イングラムは再び歩き始めた。


しばらく進んでいると、澄んだ空気と

水が滴り落ちる音と流れる音が微かにだが聞こえてきた。歩く音でさえ、周囲に反響する。


「……」


白銀色のクリスタルが光を放射している。それは、ここが巨大な空洞であることを教えてくれた。空気は澄んでいて、呼吸をすると自然とリラックスできる。

強張っていた全身の筋肉が緩んていくのが

わかった。


なんとなく、水音の元である場所まで足を運ぶ。周辺に生えているクリスタルは、先程とは異なり力強く輝き、鏡のように美しく打つ青い水面は、まるで現実世界と隔離されてできているものなのではないかとさえ錯覚してしまうほど、見事なものだった。

天井の鍾乳洞のように生えた鋭い結晶体は、水面を映している。


外の空気も捨てたものではないが、こちらはまた別格だ。


「人の手が届かぬ場所は、こうも落ち着くのか」


再び深呼吸をし、湧き水を回り込むようにして奥に続く道を歩いていく。

この先に、銀精草があると、そんな予感がした。


天井は隅に生えているクリスタルは

先程の場所と同じように澄んだ光を煌々と

放っている。

もし光っていなければ、紫電を用いて足元を照らそうと考えていたが、どうやらその必要はなかったらしい。


さすがに最奥まで見ることはできないが、

5メートルくらいは余裕で見える。

魔物や生物が出てきたとしても、これの

おかげで対処できるというものだ。


スゥ————


何かが呼吸をするような音が聞こえてくる。

イングラムは即座に音のしてきた方へ視線を向け警戒態勢をとった。


しかし、殺意や敵意などによるものではない。何度か呼吸音を聞く内に判断できた。


「……穏やかな呼吸音、眠っているのか?」


気配を最小限に抑えながら、ゆっくりと源音へと近づいていく。

しばらくすると、酷く開けた場所へ辿り着いた。

中央には、巨大な何かが身体を縮めている。


「……!」


先程と同じ呼吸音、そして微かな唸り声は、この空洞に踏み入れた時に聞いたものと同じだった。


クリスタルが光を放っているおかげで

シルエットは把握できた。

サソリのようなそれは全体的に黒ずんでいて、頭部の付近に呼吸とともにゆっくりと上下している巨大な尾、その先端からは、毒が含まれているであろう赤紫色の液体が僅かに垂れている。

そしてこの目の前にいる個体からは、白とも銀とも区別がつかない光が全身から滲み出ていた。


「こいつがそうか…!」


電子媒体を起動して、巨大サソリの正体を

分析する。

カメラはモンスターの姿形をリサーチし

全体像を大まかに赤外線でロードする。

すると即座に、電子媒体にデータ情報が送られてきた。


白銀サソリ

全長15メートル。

白精草や白銀草を主食としている大型の蠍

別種に白蠍、銀蠍といるが、こちらの個体は両方の特性を持ち合わせている特殊個体である。黒い全身を覆う白い甲殻はカルシウムにより生成された物質である。


ステンレスの10倍の強度を誇り

生半可な武器では擦り傷一つ負わせられない。体の中枢には最上位の白銀精草が生えており、効果は群を抜いて高い。


しかし、それを取られまいと守ろうとするため性格は非常に凶暴。硬質化した尾から飛び出ている細長い針は自身より巨大な生物を十数秒で死に至らしめる猛毒を持つ。


危険度★★★☆☆


「一筋縄ではいかないか」


右腕を伸ばし、なにもない空間から槍を顕現させ、それを掴み取り構える。

それと同時に、あの尻尾がイングラムを捉えたのか、眠りについていた白銀蠍は

目を覚まし、その巨体を起こして尻尾を向けながら咆哮をあげて威嚇する。


大気中のマナを全身に集約し、敵の攻撃を迎撃できるよう態勢をとる。


「昼飯前に終わらせてもらおうか」

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