第4話「依頼」

ウルガル山での任務を終え、王直々に休暇を

言い渡されたイングラムは昼過ぎに目を覚ました。


「——————」


意識と肉体は長時間かけてゆっくり重なり合った。それと同時に瞼はパチリと開いて天井を見た。


「あぁ……しまった。

悠長にしすぎたか」


寝巻きを仕舞い、鎧に着替える。

休暇と言っても、ただ休むだけではない。

散歩をしたり、亜人が経営している美味しい

ヒレステーキ専門店に足を運ぶのもいい。

とにかく、休暇を満喫することが「休む」ということなのだと、尊敬している人物に教わった。


(よし、散歩するか……

ついでにヒレステーキも食べに行くとしよう)


散歩とランチをしようと決めたイングラムは支度をして扉の前に立つと、ノックする音が聞こえた。イングラムは一瞬身構えたが、その気配に

嫌なものは感じなかった。


「あのぉ〜、イングラムさんの

ご自宅でお間違いないですか?」


「………」


扉が半透明になると、声の主らしき人物が

見えた。


「あの、この間助けてもらった者です。

お願いがあってきました」


がちゃり、とドアを開けた。

聞き覚えのある声と姿が視界に映る。


「君は、あの時の……?」


黒茶色のショートツインテール

淡いオレンジ色のスカートを履いた少女が

上目でイングラムを見ていた。

その瞳はキラキラと星のように輝いている。


「はい、あの時はお世話になりました!」


この間と同じように腰を下ろして

少女と同じ目線に立ってみる。


「どういたしまして、それで、俺にどんな御用かな?」


「はい、ええと…、私の家に来て欲しいんです。お爺ちゃんがお願いしたいことがあるって———」


休暇ではあるが、民の頼みであるならば

聞いておくべきだろう。

王直属の騎士であるイングラムが動けば、

民達が王を信頼するきっかけにもなる。


「わかった。でも1つだけ約束してほしい。俺が君のお家に行ったことは、他の貴族には絶対に言わないこと。それさえ守ってもらえれば、君のお爺ちゃんのお手伝いができるようになる。」


「うん!わかっ──、わかりました!」


「ふふ、無理に敬語は使わなくてもいい。

気楽に接してくれ。それで、君の名前は?」


少女は軽やかに振り返って微笑むと


「私はリルルって言います!

よろしくね、騎士様!」


自身の名を、助けてくれた騎士に告げたのだった。


◇◇◇


繁華街の外れにある一軒家、

屋根が一部錆ついていて、周りを覆う煉瓦も劣化している。災害が起こればまず持たないだろう

そんな家に、少女は祖父母と父の

4人で暮らしているようだ。


「ようこそ来てくださいました。

騎士様、まずはお礼をさせて下さいませ!」


家に入るや否や、祖父と思わしき人物は

土下座をしていた。

その光景に、思わずイングラムは慌ててしまう。


「俺は貴方たちに何かお礼をされるようなことをしたでしょうか……?」


「もちろんです。兵士たちから孫娘を助けていただいただけでなく、先日はウルガル山に拐われた息子を救ってくださったとか!」


「息子……?」


イングラムは少女を見やる。

この子の笑顔によく似た男性を、昨日救い出したのを思い出す。


「そうか、あの男性は貴方の息子さんであり、

この子の父親でしたか。助けられて何よりです。」


えへへ、と声を出しながら、笑顔を浮かべている。イングラムの強張った表情も、僅かにほどける。


「本当に、ありがとうございます!

ありがとうございます———!」


何度も何度も頭を下げる祖父。

イングラムは顔を上げるよう催促すると

ようやく立ち上がって茶の間へ案内した。


六畳一間の小さな一室の真ん中、そのテーブルには緑茶が注がれた湯飲みが置かれていた。


「ささ、どうぞ。

下級品ゆえ、お口に合うかわかりませぬが……」


「いえ、お気遣いなく。

それで、お願いというのは?」


「はい……実は、ある薬草を採取してきて欲しいのです。」


「薬草……ですか?」


ソルヴィアの森深くに生えているとされる

プロミネンス草を取ってきてほしいのだという。

それは、擦り潰して乾燥させ、粉薬にすれば

体内で自発的にビタミンDが生成され

たとえ暗い場所にいても日光をしばらく浴びたような効果が現れるのだとか。


これを妻の回復のために必要なのだという。

なんでも、奥さんはビタミンD欠乏症の他、

骨粗しょう症を患っており、体を動かすことがままならず、ベッドで長い間寝たきりだというのだ。


祖父は以前診てもらった医師の診断書を

手渡してそう説明してくれた。

イングラムは手渡された診断書を凝視する。


「騎士様、お婆ちゃんを助けて下さい!

お願いします!」


「ワシからもどうか、何卒お願い致します!

もはや、貴方しか頼れる方がおらんのです!」


この家系、もといこの女の子には

この間から運命的な縁がある。

それを無碍にするのは、良心が痛む。

イングラムは微笑みながら快諾した。


「わかりました。

その依頼、民を守る騎士として確かに聞き届けました」


「ほ、本当!?」


「ありがとうございます!ありがとうございます!」


「お気になさらず…

一度奥さんの容体を確認しておきたいので、寝室へお邪魔してもよろしいでしょうか?」


イングラムは立ち上がって、祖父に問う。

インチキ医師がそう診断していないとも限らない、高い金を押収し、偽りの診断を下されているというのなら、彼らの生活がますます苦しくなるだろう。だったら、電子媒体でその身体を照射し、容態を把握する方が、こともスムーズに運べる。


◇◇◇


陽の当たらない薄暗い部屋、天井の至るところに蜘蛛の巣が張ってある。そこが祖父母の寝室らしい。祖父と共に足を運んだイングラムは壊れかけの寝具に横たわっている老いた女性を見た。

切れかけの毛布に包まりながら、全身から汗を流し、苦しそうな表情を浮かべてうなされている。


「———」


イングラムはその女性に近づいて、電子媒体のエネルギーを照射しながら額に手を当てる。

全身がそのエネルギーを浴びると、骨格標本のように身体が透け、異常のある箇所が赤く明滅する。

高熱と骨密度の減少、呼吸器機能の低下

医師の判断は間違ってはいなかったようだ。


(体力が緩やかに低下しているようだ。

もってあと3日といったところか)


だがそれだけあれば、きっと間に合うだろう。

よし、と無意識に力強く頷くと

イングラムは不安そうに立っている2人に告げた。


「薬を服用すれば、少しずつ良くなります。

私が責任を持って、お救いすると約束しましょう。」


「ほ、本当ですか!?」


2人の目に希望の光が宿る。

悲しみに暮れる顔は見たくはない。


「ええ、必ず助けます。

だから、待っていてください」


少女は歓喜の表情でイングラムの膝元に飛びつく。


「こ、これ!やめんか!リルル!」


慌てて引き剥がそうとする祖父は

リルルをキツめに叱る。

だが、そんなことをリルルは気にもとめていないようだ。


「騎士様!何から何までありがとう!

本当に、ありがとう!」


少女、リルルを両腕で抱きかかえてやる。側から見れば、歳の離れた兄と妹のように見えるだろう。無邪気に笑う少女と、穏やかに微笑む騎士はとても絵になった。


「さぁリルル、これから君のお婆ちゃんを助けにプロミネンス草を採取してくる。

だからそろそろ離れてくれると助かるんだが」


降ろされたリルルは頷いて祖父の側に下がる。

代わりとばかりに、イングラムは少女の頭を撫でてやった。


「それでは、採取が終わり次第すぐ戻ります」


軽く会釈をし、玄関の扉に手をかける。


「騎士様、くれぐれもお気をつけ下さい。

近頃は付近の魔物も活性化しておりまする

どんな危険があるやも……」


「御忠告感謝します。ですが大丈夫、俺は負けません。では、また———」


扉に手をかけようとした瞬間だった。

名を告げないままでは呼び方に困るだろうと、

イングラムは振り返る。


「改めて自己紹介を……

私はイングラム・ハーウェイ。

インペリアルガードです。

以後は、イングラムと呼んでいただければ」


「ははっ!イングラム様!何卒よろしくお願いします!」


「承知しました」


穏やかに答えたイングラムは扉を開けて颯爽と周辺の森へと向かう用意をしに自宅へと戻った。


「気をつけてねー!!」


リルルは振り返らないイングラムに

必死に手を振った。振り続けていた。


それを、建物の影から不適に嗤う

怪しげな影がいたことを、イングラムは最後まで気付くことはなかった。


◇◇◇


自宅に一度戻り、採取用の装備を整える。

腰のホルスターにはモンスターたちが放ってくる状態異常対策のための錠剤をいくつも

しまう。

麻痺や毒、混乱や眠気、火傷や凍傷など

種類は多岐に渡る。


「植物図鑑……プロミネンス草、と」


電子媒体を近づけて、プロミネンス草の

生えている場所、その気温や湿度などを

使い魔たちに把握させる。

手分けして採取したほうが効率もいいし、

時間もかからない。


「一応他にも見ておくか」


他にも、医療用に使われている植物は多い。


体内の癌細胞を凍結、死滅させる

コルドシメジ


老いた細胞を若返らせる若年草


動脈効果を予防し、血液循環を促進させる

タマダマネギ


味覚障害を緩和させる

テイストリーフ


認知症の予防にもなる

ワカルノタケ


牛5頭分相当のカルシウムが取れる

白精草


「よし、プロミネンス草と共に白精草も取っておくか、骨粗しょう症の悪化の兆候もあったしな」


電子媒体に他の植物も記録させておく、これで、もし探している途中で他の植物が見つかればそれもついでに採取してくれるようになるだろう。


「よし、これくらいでいいだろう。

早速出かけるか」


武装や道具は完璧だ。旧い友人からもらった使い魔の粘土細工もまだいくつかある。

ウルガル山で使ったものを再利用しても両手では抱え切れないくらいだ。


作業室から玄関まで、玄関から正門まで一気に進んでいく。

さあいざ採取へ行かんとイングラムが正門を潜ろうとしたその時──


「お待ちをハーウェイ卿。

貴方は休暇のはず、一体どちらへ行かれるのですか?」


正門に立ちはだかる兵の2人は剣を交差させて

正門前を通らせまいと遮る。


「散歩だ」


「ほぉ、散歩ですか。

それにしては重装備ですね?

まるで任務にでもいくかのようだ」


「なに、散歩ついでに薬草取りをしにいこう というだけだ。

これからの季節は体調を崩しやすくなるからな。西暦の人はこれを「自給自足」と言ったのだったか?俺もそれにならい、実行しようと思ってな?近頃はモンスターも街を襲うと言うし、道中何も装備していなければ俺とて無傷では済まんだろう」


「むぅ……」


確かにと1人が頷く。しかし、別の兵士がそれを咎める。


「本当ですか?薬草取りにいくにしては

かなり大荷物ですが。

お言葉が虚偽であるのなら、処罰は———


「嘘ではない、「思い立ったが吉日」というだろう?何がきっかけで興味を惹くとも限らん。俺の場合、惹かれたものが薬草だっただけだ。

薬草は奥が深いぞ?

あ、そうだ。せっかくなら説明しようか、植物の起源は古生代オルドビス紀前期に遡り──」


「い、いえ、そこまで仰られるのであれば

これ以上の問答は無用ですね。

お時間をとらせてしまい申し訳ありません

どうぞ行ってください!」


兵士の1人が青ざめてイングラムの講義を遮る。

イングラムの長話は最低でも12時間もかかる。

その逸話を彼らは知っている。

ここで長話をされるよりは、自由にさせたほうがいいと判断したのだろう。


「やめておくのか?

まあ、通してもらえるならそれに越したことはない。ありがとう」


2人の門番は剣を自身の鞘へ収める。

それと同時に、正門が音を立てて開いた。


「それじゃあな、夕刻には戻ってくる」


「はい、くれぐれもお気をつけください」


イングラムは兵士たちに手を振りながら正門が閉まるまで振り返ることはなかった。

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