第3話「騎士とゴブリン王」

「キシャー!!」


前方の1匹のゴブリンが威嚇をしながら

跳躍し、石斧を振り下ろしてきた。


「ふんっ」


イングラムは振り下ろされた斧をそのまま片手で受け止め、利き手に握っていた槍で


腹部を貫く。


「グェッ!」


苦痛を孕んだ悲鳴を上げて絶命するゴブリンをそのまま切り捨てる。


しかし、これはゴブリンたちの激情を誘うものになってしまったようだ。

彼らは怒り状態になると、全身の血管が浮き出て、頭から蒸気のように煙を出す。


それが合図らしい。


「ギギガー!」


後方のゴブリン10匹が石弓を上空に構えて矢を放つと、弧を描いて真っ直ぐに落下してくる。


それを、手にしている槍で全て迎撃、弾き落としてみせた。


「!?」




驚くゴブリンたち。

今ので冷静さを取り戻した個体もいるようだ。


(手を下さず、高みの見物とはな)


ゴブリン王の方に目を向ける。


木の上に登って、民たちから奪ったであろう食べ物を我が物顔でボリボリと食いあさっている。


ふてぶてしい笑みを浮かべがら、特等席で観戦気分らしい。


「気に入らんな!」


腕に大気中のマナを腕に溜めて紫電を地面に向け放射する。まるで魔法陣を描くように、紫色の電撃が走り、後方にいたゴブリンたちに直撃、壊滅させた。


「まだやる気か?」


視線でゴブリンたちを睥睨する。

それを見たゴブリンはたちまち戦意を喪失し、武器を捨てて背を向けて逃げ去っていく。


「けっ、……情けねえ奴らだ」


呆れた、というようにゴブリンの王


キングゴブリンが木の上から地面に着地する。


「おいお前、なかなか強いじゃねえか!


久々に楽しめそうだぜ!」


ズンズンと、仲間だったものたちの死体を気踏み潰しながら歩いてくる。

同族だというのに、まるで捨て駒としか思っていないその表情。実に腹立しかった。


「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな…名は?」


血濡れた槍の切っ先を振るって落としながら


騎士は答える。


「イングラム……


イングラム・ハーウェイ、騎士だ。」


キングゴブリンはゴクリと固唾を呑んで


笑みを溢す。かつての戦闘狂もよくそんな表情を浮かべていた。こいつも、その一種なのだろう。


「へへへ、これはいい試合になりそうだ……なぁ!」


キングゴブリンは地面を引っ掻き砂をかけてきた。そんな子供騙しな攻撃など意味を成さない。イングラムは砂が身にかかる前に前方に高く跳躍すると、腕から紫電を放った。


「ぐええ!」


砂かけをした片腕を焼いた。

と言っても、肘から手の先までには届いていないようだ。


「ふん」


王の背後を取ってそのまま血濡れた槍を振り下ろす。


しかし、こいつもただではやられない


右手に持っていた武器を自分の眼前に

突き出して攻撃を防御してみせる。




「ははは、まさか魔法使いとはな!」




痛みを紛らわすためなのか


相手は二度放たれた紫電を見てそんな言葉を口走る。




「私は魔法使いではない。


さっきも言ったが、騎士だ」




「どぉだっていいんだよ!


んなこたぁ!」




手にしていた棍棒を力任せに振るう。


垂直かつ単調な一撃が見舞われようとしていた。




軌道はひどく単純で、愚直なものだ

ただただ真っ直ぐに、己の力を信じた攻撃をしかけてくる。


「……はっ———!」


その力任せの攻撃の隙を突いて、イングラムは空気を切り裂くよりも疾く、槍を薙ぐ。


グシャリと肉が切れ、骨を断つ音が山頂に木霊した。


ずん、と地面に突き刺さったのは

さっきの棍棒と、それを手にしていた右腕。


「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!」


「…………」


苦悶の表情を浮かべ苦痛の叫び声をあげるゴブリクス、焼けた左腕で斬られた右腕があった箇所を抑え込んで止血している。


「ひぃ、た、助けてくれ!

殺さないでくれ!」


槍によるただ一度の攻撃が

ゴブリンの王のプライドと右腕を切り捨てた。それらを失ってしまった彼は哀れにも頭を下げて懇願する。命だけは助けて欲しいと。


「今まで何人食らった」


「へ…?」


「何人の命を自分の糧にしたのか、と聞いている」


「ご、50人ほど…この国に来る前は、それだけでした……この国に来てからは、女子供を誑かしたあとに、15人……」


65人の命が、この怪物の娯楽と食欲のために殺された。

イングラムの中で、何かが湧き上がり始めた。


「──」


沈黙が、イングラムの怒りを言葉にせずとも表していた。


「ひぃっ!」


槍を持つ力が力む。

失われた人達のことを考えると

そして、この国で襲われ、弄ばれて食い殺された人達のことを想うと




殺さなければならない、そう思ってしまった。




イングラムは黒焦げたゴブリクスの左腕を切り落とし、血濡れた槍を拭う。

ギャーギャーと雄叫びをあげながら転げ回っているが、彼は気にも留めない。


「ギィィィ!だ、だじげでぐでぇ!」


「お前は、そうやって命乞いをした人たちを笑いながら食らったんだろう?

ならばこれは、因果応報というやつだ。

大人しく斃れろ」


イングラムの表情は、鉄のように冷たく

そして、どこか儚げだった。





ゴブリクスが斃れ、農民たちは皆救い出された。しかし、表情は芳しくない。

このままでは全員が衰弱死してしまいかねない。なので、“同期”に造ってもらった薬瓶の


蓋を開け、一番重い症状の人物に飲ませてやった。すると、淡い緑色の光を発して、顔色がみるみる生気付いてきた。


同じ場所にいる人々にも、どうやら効果があったらしい。


咳込みをしていた女性や、地に伏していた老人も、全員症状が緩和している。


「ありがとうございます。


イングラム様!」


「ありがとう!騎士様!」


全員が全員、頭を深く下げた。


小さな子供たちも、大人に倣い、頭を下げる。


「貴方はやはり真の騎士!

貴族共にも見習って欲しいですな!」


皆が貴族に不安を持っているのは理解している。このウルガル山の状況についても、先程の会議の場でようやく知ることが出来たのだ。やはり、一度王に取り合わなければならないだろう。


それは帰ってからでいい。

まずは民を国に運ばなければ


「みなさん、私の周りに集まってください。


今からテレポートでソルヴィアへ戻ります」


電子媒体を起動して、テレポートのアイコンをタッチする。


すると、地面から静かな風が吹き

木の葉が舞い散ると共に全員の姿が消えた。

そして、ソルヴィアの正門前に帰国したのだった。


「ありがとうございました!

この御恩は忘れません!」


再度、皆が深々と頭を下げる。

人の笑顔には、思わずこちらも笑顔になってしまう。不思議な作用があるようだ。


それぞれの家に帰って行く。

全員を見届けると、イングラムは再度

あの山頂へテレポートした。





再び山頂へ戻ってきたイングラムは

ゴブリクスの首を切り取り、手にぶら下げ、電子媒体を起動しながら使い魔達の結果報告を確認する。


左右に2つのスクリーンが現れ

そこで2羽の使い魔がなにを見たのかを

確認する。


道中に分かれていた左右の道の洞窟。

その中には、人々から奪ったであろう金銀財宝が山のように重なっていた。


おそらく、キングゴブリンは盗んだものをここに運んできたのだろうと推測した。



奪い返す。


本来ならばそうするべきなのだろうが

いかんせん、ソルヴィアの貴族達が

私物にしてしまうのは目に見えている。

ならばいっそ、そのままの方がいい。

イングラムは途中で出会った老人達を見つけると、即座に担ぎ上げて、再びテレポートして山をあとにした。




イングラムは王城に入り、玉座の前にて

腰を下ろし、膝を折り頭を下げる


「ただいま帰還いたしました。」


「うむ、ご苦労であった。イングラム」


「本来であればすぐに報告にするべきでしたが、まずは民達の安全を優先しました。全員、容態は良好です。」


「よい、流石の手際よの。イングラム」


顔を上げ、王の顔を拝謁する。

誇らしげな顔を浮かべながら

イングラムを見下ろしている。


「いえ──勿体なきお言葉にございます」


たまたまほかの貴族たちが留守にしていたのが幸いだった。

王城の中にもそれらしい気配はなかった。


ならば今回の原因、元凶たる貴族について問うべきだろう。


「王よ。内通者の件について、あの貴族の処遇は如何致しますか?」


「うむ、奴に関しては内通者と同じ牢へ幽閉することにする。国を覆さんとしたことは重罪。いくら長年支えてきた貴族であろうとこればかりは許されん」


「……では、今から捕えますか?」


ただの一言に、王は手で顔を覆う

指の隙間からは涙が伝っていた。


「うむ、そうしてくれ———」


その声は震えていた。

彼はイングラムが来るずっと前から、王政を支えてきた臣下だった。

それをこの手で処罰せねばならない。

きっと心に大きな傷を作るにことになってしまうだろう。


「御意、それでは失礼致します」


腰を上げ、一礼し王に背を向け歩き出す。


「イングラム」


騎士の名を呼んだその声は、もう震えてはいなかった。踵を返して振り返る。


「はい」


「お前にばかり苦労させてしまい

申し訳ないと思っている」


謝罪の言葉が細々と君主の口から漏れていた。

「王、何をおっしゃいますか。

かつてのあの場所で、風前の灯火だった

私を拾い上げてくださったのは貴方です。

それに、どこの人間かもわからない私に

国の最高勲章であるインペリアルガードを授けてくださった。

私は、拾われた恩、そして与えられた物を功績として返上しているまで……

過分なお言葉です」


イングラムは再び腰を下ろし、頭を下げた。


「我が身、我が力。

王の命とこの国あるその時まで、誠心誠意尽くさせていただきます。

これまでも、これからも———」


「あぁ、お前のような者こそ

真の騎士なのであろう……

これからも、よろしく頼む。

イングラム・ハーウェイ」


黒い騎士は終始、頭を下げたまま無言を貫いた。その姿に王は、その騎士の在り方と高潔な魂に心の底からの信頼を寄せた。

その翌日、あの豪華絢爛の貴族と

山で出会った老人は血縁者であることが判明し国家叛逆罪の罪で永久投獄の刑に処されたという。

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