硝子の靴を追いかけて⑤

すぐに帰ってもらうつもりで出したお茶は空っぽになっていた。

「明後日のお茶会については理解できたんですが……」

「なんだ?」

「私は王子様にとって、どのような立場の人間なんですか?」

聞いていいものか迷ったが、それによって身の振り方が変わるだろう。

「今回、舞踏会のパートナーに貴女を選んだのはお父上との関係性を強固にするため。そして、対外的にもクリスティ家との結び付きを示すためです」

政略結婚を前提にした関係か。

なんとなく察してはいたが、こうもハッキリと言われると気分が悪い。

「それに、貴女は聡明な人だ……と聞いている。私は賢い女性が好きだ」

ということは、元の身体の持ち主は頭のよい人だったのだろうか。

「全然、私は賢くはないです。数学も英語も平均以下ですし」

「まぁ、婚約の話は今回の国王暗殺の件が片付いてから考えましょう。つまり、貴女の働き次第ですね」

どこまでも上から目線でムカつく。

別に後ろ楯が必要なだけで、好意がある訳でもない。

でも、認めさせてやろう。

その後から、こちらから婚約破棄ってやり方もある。

本物のお嬢様には悪いけど、私はこの生意気な王子様を好きになれそうにない。

政略結婚とはいえ、オススメはしない。

「なにか、不満か?」

「いえ、そんなことはないですわ」

カーターが呼んだ馬車は表で待っている。

「宜しくお願いします。」

「こちらこそ、宜しく」

王子は振り向かず、部屋を出ていった。

最初に入ってきた時は、もう少し気が小さい男かと思っていたが話してみると小生意気な印象だった。

私はうっとうしいドレスを脱いでカーターに投げつけた。

「お、お嬢様?」

「なによ、王子だかなんだか知らないけどまだ子供じゃない。あんなのと結婚させられるのはごめんだわ」

「お嬢様、もう少しお声をひそめてください。誰に聞かれているか分かりませんよ」

「別に聞かれたって構わないわよ。それよりカーター、舞踏会の日の事を教えてちょうだい。私ってアイツにデレていたかしら?」

「いえ、あの日もお嬢様は不機嫌そうでした。旦那様にも文句を言っておられたように記憶しています」

「そっかぁ、やっぱり前の私もおんなじ考えってことね。舞踏会には私一人で行くことになったの?」

「そうですね。そもそも、王族と一部の選ばれた者しか参加できない式典ですので、6名の王子とそのパートナーしか会場には入れません。警備の者や召使いは会場の外で待機しておりました」

「その時、王様は中にいたのよね?」

「えぇ、一人一人の王子様と挨拶をして会場内のお部屋に入られたと聞いています。それは、見ておられたお嬢様の方が詳しいのでは?」

「まぁ、そうなんだけど。外から見ていて不審な出入りはなかったのね」

「はい、式典じたいは短いものでしたし誰かが入ろうとしたなら止められていたと思います」

ふーん。まぁ隠し扉とか最初から中に潜んでいたなら分からないけど。

警備は厳重だったようね。

「ちなみに、私がその日に履いていた靴ってある?」

「はい、たしかこちらですね」

カーターが布にくるまれた硝子の靴を持ってくる。

「揃ってるわね」

「はい、片方履いていないというのは極めて不自然ではないでしようか」

「たしかに、誰かが気付きそうなものよね」

「恐らく王子様も解っているのでしょう。硝子の靴の持ち主は本当の犯人ではない」

「そっか、犯人に仕立て上げたいわけね」

となると、もし私の足が証拠となる硝子の靴にピッタリだとしたら……私が捕まってしまうわけか。

「硝子の靴の持ち主と、犯人の関係性を探る必要がありそうね」

「私のほうでも、集められる情報は集めておきます。それよりディナーが冷めてしまいますよ」

「分かったわ。明後日のお茶会までに、もう少し人間関係を整理しましょう。いただきます」

貴族の料理というのが、どういうものか知らなかったが食べてみるとこれまで食べたどんな料理よりも美味しいものだった。

白身魚の出汁のスープと塩パン。

お肉と豆のサラダ。

デザートの梨のタルト。

これらを、全部2人で作ったというのだから驚きだ。

「カーターは、なんでうちの家で働いているの?」

「クリスティ家に仕えた理由ですか?もともとは、もっと沢山の人を雇っていたのですが。ちょっとした、いざこざがありましてね。旦那様が信頼を置ける人間だけを残したって訳ですよ」

「いざこざ?」

「まぁ、いいじゃないですか。昔の話です。食後のお茶を淹れてきますね」

はぐらかされた気もするが、それだけ優秀な人材なのだろうというのは理解できた。

こんな状況なのだから、誰を信頼していいのかはハッキリさせておく必要があると私は思った。





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