硝子の靴を追いかけて②

貴族といっても、召使いとメイドは1人ずつで私の好きな眼鏡をかけた執事はいなかった。

また、私は一人っ子のようで綺麗なお姉さまや妹もいないようだった。

「とにかく、さすがに海の男でもないのにセーラー服で王子様に謁見するのは嫌すぎるわ」

大きなバスタブに浸かって、私は独り言を呟いた。

自室のクローゼットには、恐らくもう少しマシな服もあるだろう。

少しずつ順応してきたが、そろそろ夢から覚めたいところだ。

一緒に勉強している友達は、なぜ起こしてくれないのだろう。

あの、ドーナツショップに放置されているのだろうか。

身体を念入りに洗う。

中世ヨーロッパでは、毎日はお風呂に入らないらしい。

湯船があったのは、たぶん私の理想を反映しているためだろう。

夢の中ということは、気持ちさえ強く保てばそれなりに自由に過ごせるはずだ。

この景色にも登場人物についても、まったく心当たりはないが。

「お嬢様!」

浴室の扉の向こうから、カーターの声がする。

「ちょっと、レディの浴室まで入らないでよね」

「なにを今さら、お嬢様が赤ん坊の頃からお世話をしておりますので、裸など見飽き……」

持っていた木の桶を投げつけて黙らせることにした。

「今から出るから、さっさと出ていって」

「分かりました。王子様の方から今晩、こちらに出向かれるとの知らせが」

「えー、そんなのあり?」

「いえ、聞いたことがありません。王家の人間が、自ら下々の屋敷にお越しになるなど」

「はぁ、なんか面倒くさくなってきた」

「お召し物はメイドに用意させておきます。旦那様も奥様もいらっしゃらないというのに、困りましたね」

そう、なぜか両親は遠方の領土の視察に行っているらしい。

そんなタイミングで、言い寄ってくる王子というのも気になった。

「できる限りのおもてなしをとは思いますが、なにぶん急ですので」

「断ったらよかったんじゃない?」

「さすがにそれは無理ですね」

「あぁ、もう、分かりました。丁重にお招きしてさっさと帰ってもらいましょう」

浴室から出ると、メイドのターニャが待ちかまえており簡易ながらも髪の毛とドレスをセットしてくれた。

ターニャは寡黙で、ほとんど表情が変わらない女性で、恐らく40歳くらいに見えた。もっと上かもしれないが、体型や肌のハリから実際の年齢は読みにくい。

カーターはもっと上だろうと思うが、よく分からない。

「お嬢様。お食事の準備もできました。ご挨拶だけで帰られるかもしれませんが、お誘いされますか?」

「うーん、両親がいないのに二人で食事はなんかなぁ」

「それでは、お茶をお出しして。頃合いを見て馬車を呼びましょう」

「うん、それがいいと思う」

初めて会う相手との食事、しかもそれが王子となると余計に気まずい。

カーターがその辺りの機微を察してくれたのは助かった。

いったいどんな人がわざわざ、自分から会いにくるのだろうか。

しかも、私なんかのために。


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