第23話 Lv.1との反省会

「……ごめんなさい」


 数時間後。

 無事に帰ってきた壱郎たちは配信を終え、ユウキと別れていた。


 その帰り道……エリィが壱郎に謝ってきたのだ。


「……え、どうした急に」


 深々と頭を下げるエリィに壱郎は少し驚く。


「私が指示を無視したせいで……壱郎くんに迷惑かけちゃって……」

「いや、そんなの気にしなくていいよ。別に大した怪我もしてないし」

「ううん……見られた、よね」


 チラリと壱郎の腕を見る。

 傷一つない彼の左腕。だが……裾は鉤爪で貫かれた跡がしっかりと残っていた。


「あぁ、配信については問題ない。あのユウキって男が配信画面止めてくれたから、一切映ってないよ」

「……でも、その子には見られたよね。確実に」

「それは……まあ、仕方ない」


 本当に仕方のないことだった。

 相手はSランクモンスター。油断もできない状況であの場を切り抜けるには……あれしか方法がなかったのだから。


「私が――あの時、私が壱郎くんの言うことを聞いていれば」


 こんなことにはならなかった。


 壱郎がジャバウォックと戦うことなんてなかった。


 ユウキに――壱郎の秘密がバレることもなかった。


「……んーと、さ。エリィさん」


 いつもの元気を失ってしまっている彼女を見て、壱郎はふと何か思い出すように遠い方を見つめる。


「これは実際に起きた話なんだけど――とある会社で一番レベルの低いやつが、仕事の失敗を全て押し付けられたことがあるらしいんだ」

「……へ?」


 突然何を言い出すんだろうと目を丸くするエリィに構わず、壱郎は語り始めた。


「ダンジョン攻略及びモンスター排除を業務とする今時の会社でさ、会社で受注したクエストを達成できない時があった」

「あー……」


 よくある話だ。大抵の理由が受注したクエストに対し、業務を行う社員たちのレベルが釣り合ってない時。社会人冒険者はよく「こんな無茶なクエスト受けさせるなんて、うちの会社は狂ってるのか」なんてSNSで嘆いてるのは日常茶飯事だ。


「その時のクエスト内容は『ゴブリン集団の殲滅』」

「えっ……ゴブリン? それだけ?」

「そう、それだけ……社会人複数なら、無理じゃないクエストだろ?」

「……う、うん」


 ゴブリン自体はEランクモンスターで大したことないが、集団となると難易度は少しばかり上がる。

 『ゴブリンが1匹いたら、100匹入ると思え』は有名なキャッチフレーズだ。


 ――だとしても……。


 ゴブリンの集団を殲滅するくらい、よほど油断してなければ余裕のはず。ましてやエリィならソロでもなんとかクリアできる自信がある。


「そう、そこまで難しい内容じゃない。だが親玉のゴブリンナイトが出てきた瞬間にパーティーは半壊。死傷者こそ出なかったが、ゴブリンたちに逃げられて失敗した。相手をゴブリンだからといって舐めすぎてたんだ……結局、別の会社が請け負って無事に殲滅できたんだけどね」

「あぁ……それは、よかったね」


 クエスト失敗は人命にも繋がる危険性もある。一つの会社が失敗したものを、別の会社がフォローするなんてこともよくある仕事話だ。


「……で、ここからが問題。このクエスト失敗の責任は、一番レベルが低い社員に全て押しつけられたんだ」

「へぇ……その一番レベル低い人は何かしたの?」

「いや? 別班に分かれて、他のクエストを同時並行で仕事してただけ。そこまで時間割かない内容を8つくらいかな」

「えぇ……なにそれ……」


 それは――それは、あまりにも理不尽すぎる内容ではないだろうか。


「その時の上司曰く『お前が仕事をしっかりやっていれば、失敗にはならなかったんだ』とかなんとか」

「は?」

「そいつと共に行動していたメンバーも『この人は何もしなかった』、『別にいてもいなくても良かったから、うちの班に必要なかった』とか色々言い訳してきて。結局、誰一人として助けなかったよ」

「その人……どうなったの?」

「別にどうもないよ。ただ、始末書書いておしまい……まあ一枚につき給料から1万円天引きされたけどな」

「……胸糞悪い話だね」

「今はレベル格差社会真っ只中なんだから、仕方ないよ」


 吐き捨てるような言い方をエリィに、壱郎は苦笑するしかない。


「っていうか、今の話さ……随分と詳しいんだね、壱郎くん?」


 じろりと壱郎の顔を見る。


「もしかしてなんだけど――その人ってLv.1なんじゃないかな?」

「……さあな。もう昔の話だし、忘れちゃったよ」


 エリィに問い詰められた彼は明後日の方向を見て、「つまりさ」と話題を切り替える。


「なにが言いたいのかっていうと、大抵の失敗なんてどうにかなるものなんだ」

「どうにかなる……」

「ゴブリンたちは殲滅できたし、被害も出なかった。まあ影響あったのは会社に少し損益が出たぐらいと、一番レベルの低い社員の給料が天引きされた……そのくらいじゃないかな」

「そのくらい、って……壱郎くんはそれでよかったの?」

「いいんだよ、別に。『終わり良ければすべて良し』――あっ、これ、俺のモットーね」


 なんて壱郎のはにかんだかのような笑顔を見て、エリィは少し鼓動が高鳴ってしまった。


「だからエリィさんも気にする必要はないよ。俺たちが出来る限りのことはやった。失敗点があったのなら、次に生かす。だから反省会はこれくらいにして、ポジティブに行こうぜ?」

「……ありがと。優しいね、壱郎くんは」

「そんなんじゃないよ」


 どこまでも謙虚な人だな――なんて思い……ふと問いかけてみたいことがあった。


「……あのさ、壱郎くん」

「ん?」

「壱郎くんはさ――」


 と。

 エリィがなにか言いかけたところで、彼女のスマホに一軒の通知が入ってくる。


 tweeterのダイレクトメッセージで、送り主は……。


『エリィ様、山田壱郎様

突然のDM失礼します。ウィズドットコムの木野ユウキです。

本日は助けてくださり、ありがとうございました。

お礼と謝罪を兼ねて改めて挨拶に伺いたいのですが、お二人がご都合のつく日はありますか?』

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