第24話 Lv.1炎上円卓会議

「改めて――初めまして、ウィズドットコムの木野ユウキと言います」


 翌日の日曜日。エリィ達は拠点にて金髪碧眼の男、木野ユウキを招き入れていた。

 背丈はエリィより少し高いくらい。パッチリとした瞳と童顔からして、いかにも王子様という言葉がピッタリだ。

 ここまで美形だと、黒のタートルネックシャツ一枚だけなのにオシャレに見えるな――というのが壱郎からの第一印象だ。


「先日は助けていただき、ありがとうございました……そして、お二人を騙して勝手に深層へ入ってしまい、本当に申し訳ございません」

「あー、いやそんな……」


 深々と頭を下げてくる彼の誠実な態度に、エリィは手を横に振る。


「私たちは全然気にしてないので……それより、ウィズドットコムさんの方は……」

「……僕は軽い掠り傷程度なので大丈夫です。ハルトくんは……ハルトくんは、ご家族の元へ届けることができました」

「……そうですか」


 おそらくハルトというのは赤髪の男のことなのだろう。エリィたちが助けに来た時には、既に息絶えていた。


「そしてレイくん――あ、もう一人いるメンバーのことなんですが。彼も幸い怪我一つない状態ですが……冒険者を辞める意向のようです。よって……ウィズドットコムは自然消滅のような形で解散する、と思います……」

「……そうですか」

「…………」


 重々しいユウキの報告に、エリィは同じ相槌を打つ。


 一見非情に見えるかもしれないが……こういうのはよくある話なのだ。

 ダンジョン攻略でグループが壊滅に陥り、生き延びたメンバーたちの大半は冒険配信者をやめる。

 それは責任を取るためか、モンスターに恐怖したか――いずれにせよ、彼らが再び配信をすることは二度とない。


「それでお二人にお会いしたかったのは、これを渡したかったからなんです」


と、ユウキがバッグの中から小さな木箱を取り出し、丸テーブルの上に置いた。

 やけに年季の入った箱だ。側面にはルーン文字らしきものが刻み込まれている。


「……開けても?」


 とエリィが確認すると、ユウキは「もちろん」という風に頷く。

 恐る恐る開けてみると……中身はクリスタルのように透き通った鉱石だった。


「……こ、これは?」

「深層で見つけたアイテムです。おそらくルーン文字に刻まれていた『ジャバウォックの涙』です……おそらく、ですが」

「なるほどな」


 その水晶を見た壱郎が、納得したように頷く。


「もし本当にそれが『ジャバウォックの涙』なら、ヴォーパルソードの素体なんだ」

「ヴォーパル……あぁー、なんかそんな名前出てたね。結局なんだったんだろ」


 昨日ジャバウォックに言われていたことを思い出す。


「『ジャバウォック』って名前、ふと聞いたことある名前だなって思ったんだ。ちょっと調べたら、すぐ出て来たよ。童話に出てくる怪物の名前だ」

「童話? あんなのが童話に出てくるの?」

「あぁ、出てくるんだよ。女の子がウサギの穴に落ちて、不思議な世界へ迷い込む話だ」

「……え。それって……」


 ――ラビットホール、『抜け出せない道』。


 ルーン文字に書かれていた言葉も、確か同じ童話が元ネタだったはずだ。


「ジャバウォックはその童話に出てくる正体不明のモンスターだな。『無敵の怪物』と呼ばれているらしい」

「無敵の怪物……」


 エリィは相手の未知なる能力で自分の攻撃が全く通用しなかった忌々しい記憶がフラッシュバックされる。呼び名通りのモンスターであるなら、あの強さも納得だろう。


「で、ジャバウォックに対処できる武器が『ヴォーパルソード』と呼ばれる。『ヴォーパル』というのは『真実』を意味する造語みたいで、ジャバウォックと対になっている。もしこれが『ジャバウォックの涙』ならば、おそらくジャバウォックと同じ能力が付与されているはず。これに『反転の秘宝』を使うことにより、この水晶の能力が反転してヴォーパルソードが完成すると思うんだが――」

「えっ、ちょっと待って待って、タンマタンマ。壱郎君、なんかやけに詳しくない? いつもより饒舌だし……」

「――ってネットの記事に書いてあった」

「めちゃくちゃウィキってんじゃねぇか!」


 パッとスマホの画面を見せつけてきた壱郎へ、エリィがすかさずツッコミを入れた。


「でもこの説なら、あいつが言ってたこともわかるだろ? 俺たちは『反転の秘宝』を持ってないから、ヴォーパルソードを手にできない。だから俺たちは資格がないって言われてたんだ」

「それは……まぁ……」


 確かに……彼の言ってることが正しければ、ジャバウォックが言ってた意味も繋がってくる。


「でもさ……それなら、『反転の秘宝』をそのまま使う対処法もあるんじゃないかな? ほら、『正体不明』を反転させれば、攻撃は当たるんでしょ?」


 と疑問を投げかけるエリィに、壱郎は頷く。


「まあ、あいつを倒すだけなら『反転の秘宝』だけでもいいんだろうな」

「……じゃあヴォーパルソード、必要なくない?」

「いや――こいつには別の役割も担ってると思うんだ」

「役割? 何それ?」

「ヴォーパルソードの能力のことさ。例えば――とか」

「………マジ?」

「俺の予想だけどな」


 あくまで壱郎の推論だろうが……もし事実だとしたら、とんでもない武器になるだろう。正にチート級だ。


「……やっぱり、これはお二人が持っていた方がいい代物のようですね」


 二人の会話を聞いていたユウキが確信したかのように、そっと木箱を二人の方へ滑らせる。


「譲ります、これ」

「「いやいやいや」」


 彼の言葉に、エリィと壱郎は同時に手と首を横に振る。


「これはユウキさんが見つけたんですよね? じゃあユウキさんのモノですよ」

「『アイテムを先に見つけたものが所有者』っていうのが、冒険者のルール……暗黙の了解だからな」

「でもジャバウォックを倒したのはあなた方です。僕が持っていていいモノじゃないんですよ」

「うーん……」


 流石にタダで受け取るわけにはいかない――と頭を悩ませるエリィにユウキは続ける。


「いえ、これくらいでもお詫びにはなりませんので……今も炎上で、ご迷惑をおかけしているので」

「……ん? 炎上? 誰が?」


 いまいちピンと来てない壱郎だが、エリィは「あぁ」と壱郎に補足しだした。


「壱郎くんにはまだ言ってなかったね。私たち今、絶賛炎上中」

「……なんで?」

「ウィズドットコムを助けられなかったからじゃないかな」

「冒険者っていうのは自己責任だろ? なのに、そんな理由で?」

「アンチっていうのはね、どんな理由でも炎上ネタにしてくるんだよ――ネットに公開してる冒険配信者なら特に、ね」


 何か経験があるのか、エリィは遠い目をする。


「……エリィさんは気にならないのか?」


 という壱郎の問いに、彼女はチッチッと指を振った。


「配信者の掟、『触らぬアンチに祟りなし』。炎上理由が理不尽なほど、なんの得にもならないから。最初から気にするだけ無駄なんだよ」

「なるほど」


 配信初心者の壱郎はエリィの言葉を素直に受け入れ、その横でユウキが小さく頷いていた。彼女の言うことに共感するものがあったらしい。


「すみません、お二人にはこれ以上迷惑をかけないように、僕からも動きますので……」

「動く、というのは? 具体的に何をするんだ?」

「はい、配信者を引退します」

「えっ……」


 決意を固めた表情のユウキに動揺したのはエリィだった。


「いや、ちょ、あの、そこまでしなくてもっ」

「いえ、これはケジメをつけるため……僕がしなければならないことです」

「…………」


 断固として譲りそうにない彼に、額に手を当てて考えこむエリィ。


「えーっと……エリィさん」


 なにも言わなくなってしまった彼女に、壱郎はふと疑問に思ったことをぶつけてみる。


「もし……もしもなんだが。ユウキさんが引退したら、俺たちの炎上は収まるのか?」

「……まあ多少はね。冒険配信者やってたらこんなのってよくあることなんだし、みんな納得すると思うよ」

「うーん……あんま想像しづらいな。確かに命の保証はできないけど、それは冒険者の話。彼らを配信者として見てきた人たちは納得しないと思うんだが」

「そりゃ『冒険配信者』っていうジャンルが確立された時は、大いに荒れたよ。SNSでは毎日炎上騒ぎの戦場。その対象は個人勢でも企業勢でも変わらないくらいね……でも冒険者の数も次第に増えていって、ダンジョンがいかに危険であるかを知った」


 時代が流れていくうちに――配信者でなくても、そういうことが自身の身近で起こることを体験した。


「現役冒険者たちは、もう炎上させようなんて思わないだろうね。だって辛い思いして配信者を引退する人の気持ちはすごくわかるし、それに炎上が原因で推しがいなくなったとなれば、責任は炎上した側になっちゃうから。ほとんどの人は大人しくなるんじゃないかな」

「そうなのか」

「でも」


 と、エリーの目が鋭くなる。


「過激なファンは――もっと暴走するかもね。私たちの配信で毎日荒らしに来ると思うよ」

「…………」


 それでは、なんの解決にもならないだろう。


「それになんだけど。ユウキさんには冒険配信者を辞めてほしくない」

「……それは炎上対策か?」

「ううん、違うよ。私個人の意見」


 例え始めた理由が違えど同じ配信者という身。こんなつまらない理由でやめて欲しくない――というのがエリィの本音だ。

 壱郎は彼女の意見を訊き、ユウキへ視線を移す。


「……だそうなんだが。君はどう思う?」

「いや、ですから、僕としてはケジメを――」

「そうじゃなくて」


 同じことを繰り返そうとしたユウキの言葉を遮り、壱郎は真剣な目で見つめる。


「最初からずっと思ってたんだがな。謝罪とか、自然解散とか、ケジメとか……そういうことじゃなくて。君自身の意見はどうした」

「……っ」

「責任とか、そんなもの今考えなくていいから。君はどうしたいんだ?」

「ぼ、僕はっ……」


 壱郎の言葉にユウキは俯き……やがて、今までにないか細い声でポツリと呟いた。




「僕は――まだ、配信者を続けたいっ……」

「……そうか」



 今までの誠実な態度から砕けた、小さな我が儘。

 だが……その一言こそ、壱郎が一番訊きたかったこと。


 チラリとエリィを見つめると、彼女も頷く。どうやら意見は合致しているらしい。


「過激なコメントをしてきたアカウントを訴える……これはダメか?」

「……へ?」

「企業勢なら有効打だね。でも、私たちみたいな個人勢だと意味ないかも」

「あ、あのっ。なにを……?」


 突然始まった会議にユウキが思わず訊くと、二人は当然という風に語り始めた。


「なにって……炎上した状況をどうにかしようとしてるだけだが?」

「私たちは今の現状をどうにかする。ユウキさんには配信者を続けてもらう。この二つの条件をクリアできる選択肢を選びます」

「なっ……!? そんな手、あるんですか……!?」

「いや、だから会議してるんだって。ちょいと考えてみるから、待っててな」


 簡略説明以上。壱郎は会議を続ける。


「それで、企業勢が有効ってのはどういうことだ?」

「文字通り、あっちが企業だからだよ。本人がせずとも法務担当のスタッフが動けば、過激コメのアカウントへ裁判をかけることができる。ライバーはアンチが消え、企業は『ライバーを守った』として箱推しから称賛されるから、多くのメリットがある……でも、個人勢は違う。全部自分で動かなければいけないんだ。手間や時間はもちろんだけど、なによりお金がかかりすぎる」

「なるほど。ということは……」


 壱郎の言葉に、エリィは大きく頷いた。


「やるだけ無駄だってこと」

「…………」


 どうやら個人勢と企業勢では、色々と差があるようだ。


 ――それなら……こいつだな。


 チラリと目線を落としたのは――『ジャバウォックの涙』。


「エリィさん、ちょいとお耳を拝借」

「ん? はいはい」

「……?」


 壱郎は一瞬ユウキを見て、何事かをエリィの耳元で囁く。


「……って感じにしようと思ってるんだけど、どうだ?」

「えーっと……大丈夫? それ、本当に上手くいく? いや、多分それしか方法はないんだけど……それだともう一人……」

「それに関しては任せてくれ。で、後半じゃなくて前半の方の提案は……どうだ?」

「前半? あぁ、それはもちろん――OKでしょっ!」

「うん、よし」


 エリィの了承を得たことで頷き、今一度ユウキの方へ向き直る。


「なぁユウキさん」

「あ、はいっ! なんでしょうかっ?」


 壱郎は木箱を指さす。


「このアイテムをタダで受け取るつもりはない……だから、買わせてはくれないか?」

「……えっ? それって、どういう……?」


 目をパチクリさせるユウキに二人は微笑む。


「ただし、あげるのは金じゃなくて――居場所だ」

「い、居場所……?」

「はい。木野ユウキさん――私たちのチャンネルで配信者、続けませんか?」

「……!」

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