第22話 Lv.1の鉄拳の先は正体不明へ

「まあ説明するより見せた方が早いかな」


 壱郎は一言そう言うと、無造作にジャバウォックへ近づいていく。


:おい

:死ぬ気なの?

:待て待て待て

:離れろって

:逃げて壱郎ニキ


 傍から見ればただの自殺行為にしか思えないような無謀さにコメント欄から悲鳴が上がる。

 だが、彼は迷うことなくジャバウォックの射程距離に入っていった。


 対するジャバウォックは……動かない。ただ、じっと警戒するように構えを解かない。


 その様子をじっと見ていた壱郎がふっと笑みを浮かべた。


「これが証拠だよ」


 ――斬!


 壱郎が気を抜いた瞬間、ジャバウォックが動く。

 腕に装備された鉤爪の刃が、彼の心臓に目掛けて振り抜かれる……が。


「ぐぁっ!?」


 悲鳴を上げたのはジャバウォックの方だった。

 壱郎は腕を平然と掴み上げ、竜人の身体に向かってデコピンを入れる。


 瞬間……凄まじい爆風が巻き起こり、ジャバウォックは後方へ吹っ飛んでいった。


「あっ、やりすぎた……」


 軽く小突くつもりが威力の調整ミスをしてしまい、壱郎がポツリと呟く。


 ――い、いや、そんなことよりも!


「き、効いてる……! 攻撃が……!」


 信じられないという風にエリィが目を見開いた。

 あれだけ当たらなかったジャバウォックに、壱郎はたった一撃で命中させることができたのだ。


「あいつは攻撃する時も正体不明のままじゃいられないのさ」

「……?」

「最初、エリィさんが攻撃を受け止めたのを思い出して疑問に思ったんだ。正体不明の力で腕を防げないようにしてから攻撃すればいい。そうすれば、防御不能の攻撃ができるじゃないか」

「あっ……」


 言われてみればその通りである。

 最初の一撃、ジャバウォックが能力を発動していれば……エリィは確実にやられていたはず。


「それだけじゃない、エリィさんが連続で攻撃していた時、ジャバウォックは一切動かなかった。ただ振り下ろすって単純な動作をすればいいのに、わざわざ攻撃の手が止まるまで待った」


 それは何故か。

 油断させる為? 挑発目的? 己の無力さをわからせる為?

 ……否。


「攻撃にする時は正体不明を使えない……つまり身体を実体化させないといけないから、攻撃時は手を出せなかったんだよ」

「……!」

「な? 無意味なんかじゃなかっただろ?」


 驚くエリィに壱郎は笑みを浮かべた。


「正体不明なんて無敵の能力はあれど、その場に実体は存在している。俺が間合いに入っても攻撃してこなかったのは正体不明で身を守ってたから――これが弱点だ」

「ぐ、ぅっ……」


 壱郎の一撃を受けたジャバウォックは立ち上がる。


「……驚いた。この俺が攻撃されるだなんて、正直思ってもなかったよ」

「…………」

「そう、俺の能力『正体不明』は身体を空間に溶け込ませる能力。相手からの攻撃をなんでも無効化できるが……俺から攻撃するタイミングも使ってると、相手へ攻撃は通らない」


 自ら能力を説明し、竜人は面白そうに壱郎を見つめた。


「面白い、面白いぞお前。ヴォーパルソードなしで俺に攻撃できるだなんて、こっちでもそうそう見当たらない」


 ――また、ヴォーパルソード。


 エリィに向かって吐き捨ててきたワード。何かの武器のようだが……。


「だが、さっきの一撃で倒すべきだったな。二度目は通用しないぞ」


 続けて構えるジャバウォックに対し……壱郎は少し考えた後、口を開いた。


「なぁ、ゲームをしないか?」

「……あ?」

「簡単な賭けゲームさ。それぞれ一回ずつ攻撃のターン制。片方は攻撃するのみ、もう片方は防御するのみ。勝敗はどちらかが倒れるまで――な、難しくないだろ?」


 ちらりと壱郎はエリィたちの方を見る。

 正確には――エリィと同じく座り込んでいる金髪の男、ユウキに対して。


「……!」


 その視線に気がついたユウキは何かを感じ取ったようで、身を強張らせた。


「先行はお前に譲るよ」


 彼は言い出し、黙り込むジャバウォックの射程距離まで詰め寄っていく。


 ――どうする?


 ジャバウォックは考える。


 ――この男にはなにか底知れない力を感じる。だが……ターン制なら俺にも勝機はある。


 そう、攻撃に対して防御するだけのルールというのが本当なら……先程のような実体化してる時に攻撃されることはない。

 つまり能力を十分に発揮できる、圧倒的にジャバウォックにとって有利すぎる条件。これに乗らない手はないだろう。


「……よし、いいだろう。それでいこうじゃねぇか」

「攻撃する時は宣言な」

「あぁ、わかった」


 それぞれの攻撃が届く距離まで近づく。


「じゃあ……いくぞ!」

「よし、こい」


 ジャバウォックは攻撃宣言をすると――腕を構え、攻撃態勢に入った。



 その様子を見ていたユウキが思い出すのは……先程壱郎から言われたこと。




「配信画面止める装置、持ってるだろ?」

「えっ……あ、うん……」

「それ、俺が合図したら使ってくれないか? 1秒くらいでいいから」




 ――それは多分、今なんだ。


 ユウキは懐に隠してある手のひらサイズの銀色のケースに手を伸ばした。


「教えてやるよ――『正体不明』の攻撃ってのは、こうやるんだっ!」


 ゆらりと。

 ジャバウォックの身体がブレたかと思いきや……構えていた右手が何重にも見え始めた。


「予測不能の攻撃――これを躱せたやつは、誰もいないっ!」


 ――今!


 ジャバウォックが動いたと同時に、ユウキが機械のスイッチを押す。


 瞬間……ジャバウォックの右腕は壱郎の左腕へ衝撃を走らせた。


 ――とった!


 ジャバウォックはニヤリと笑う。

 先程とは違う、鉤爪が肉に突き刺さった感触。

 幾度なく繰り広げてきた戦闘経験からして、ジャバウォックは今の一瞬で壱郎の左腕を串刺ししたと確信していた。


 ――さあ、お前はどんな反応をする?


 泣きわめくのか、苦痛で顔を歪ませているのか、それとも怒りで燃えているのか。

 今まで様々な冒険者の顔を見てきた。どんなに強い者も冷静沈着な者も、ジャバウォックの前では絶望に染まりきった顔を浮かべていた。


 鉤爪が突き刺さり、壱郎がゆっくりと顔を上げる。


 ――さあ……さあさあさあ! どんな顔で絶望してるんだ、お前は!




「……よかったよ、読みが当たって」

「――!!?」


 だが。

 顔色を変えたのはジャバウォックの方だった。


 鉤爪が突き刺さっている左腕。

 その左腕が――スライムに変化し、攻撃を受け止めていたのだから。


「て、てめぇ――! 俺らと同族のくせしてっ!!」

「……一緒じゃねぇよ」


 1秒経過。


 壱郎の腕は肌色に戻り、抜き取ったジャバウォックの左腕を掴み上げる。


「俺は――お前が見下してる、人間如きだ!」


:止めた!

:SUGEEEEE!!

:止めてる!

:[\20,000]盛 り 上 が っ て ま い り ま し た


 ほんの1秒のラグ。配信で画面が一瞬だけ止まることなど多々経験しているリスナーたちは、なんの疑問も抱かずに壱郎へ絶賛の嵐を送る。


「じゃあ次は……俺の番だな」

「――!!」


 ジャバウォックの腕を掴んだまま、壱郎はゆっくりと相手を見つめた。


 ――なるほど、腕を掴んでいれば『正体不明』の能力を使えないという作戦か……!


 『正体不明』がなければ、当然攻撃は食らう。絶対防御法は今、打ち破られたも同然。


 ――が。言っただろう? 『二度目は通用しない』と!


 ジャバウォックはニヤリと笑みを浮かべた。絶体絶命のピンチに少しも焦りを感じてない。


 ――【正体不明・部分化】!


 壱郎の攻撃に移った瞬間……、他の部位全てに能力をかける。


 ――これで俺の身体は空間と同化した。お前の攻撃は無意味だ。


 もしかしたら、彼は予測して右腕から攻撃を仕掛けるかもしれない。

 だが、それでもよかった。例え右腕を失ったとしても、次の攻撃時にチャンスは訪れる。


「来いよ」

「……あぁ」


 余裕たっぷりで返答してきたのを聞き、壱郎は右拳を固め――放った。

 彼の狙いは――胴体。ど真ん中目掛けて、拳の軌道が描かれていく。



 やられる心配など一切なく、ジャバウォックは次の攻撃を考え――






 ――ドパンッ!!



「――!!」

「……無駄だよ」


 拳が竜人の胴体に触れた瞬間――凄まじい衝撃波が走り、ジャバウォックの胴体が弾け飛んだ。


「お前が空間と同化してるのなら――


 壱郎は残された右腕に向かって声を掛ける。


「つまりこの勝負を受けた時点で――お前の負けだったんだ、ジャバウォック」


 彼の勝利宣言は……相手には届かない。

 痛みも、命乞いも、回想も、敗北感も――何一つ感じることなく、ジャバウォックは散っていったのだから。


「さて――今日は帰ろうか、エリィさん」


 なんて平然とすませる壱郎に、エリィもユウキも……ましてやリスナーたちでさえ、ただ呆然と見てることしかできなかった。

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