第21話 Lv.1は戦わない

「――ぁぁぁぁぁあああああっ……!」


 男の断末魔が洞窟内に木霊した。


「あっ……あっ……」

「ハ、ハルトくんっ……!」


 先程までリーダーシップを執っていた赤髪の男――ハルトの身体から鮮血が迸る。


「……退屈、だな」


 ガクリと項垂れる彼の身体を見て、その存在は冷めた目で見つめた。


「お前ら、本当に深層攻略者か? この程度の実力、運動にもならんぞ」

「……っ!」


:やばいやばいやばい

:三人とも逃げて

:ハルトくんを助けてお願い


 その威圧感に他の二人のみならず、彼らのリスナーたちからも悲鳴が上がる。


 竜のような頭部をした人型のモンスター。目はらんらんと燃え、背中から生えている禍々しい翼。両腕には鋭い鉤爪のような刃物がついており、その一刺しでハルトの心臓をものの見事に貫いていた。


「お前ら二人からはまったく実力を感じない。まぐれで辿り着けたのか、たまたま逃げ込んだ先がここだったのかってくらい低レベルだ……あぁ、こいつもな」


 ポイっと。

 動かなくなったハルトをゴミのように投げ捨てる。

 地面に叩きつけられる赤髪だが……ピクリとも動かない。ただ、虚ろな目が残った二人に何かを訴えかけているかのようだった。


「さて……次に殺されたいのはどっちだ?」

「ひぃっ――!」

「――っ!」


:逃げて!

:逃げて早く!!

:ハルトくん起きて!!


 竜人がレイとユウキに視線を向ける。反応は違えど、二人の顔色は青ざめていた。


 青髪と金髪、交互に見やり……ふと何か思いついたようにニヤリと笑う。


「そうだ、鬼ごっこをしよう」

「お、おにっ……!?」

「ごっ、こ……?」


 突然の提案に困惑する男たち。竜人は「あぁ」と大いに頷く。


「このままじゃ一方的すぎてつまらないからな。っていうのは、フェアなルールほど面白いものだ。鬼ごっこのルールくらい――いくら低能過ぎる人間如きでもわかるだろ?」


 『そんなの知ってるに決まってる』とか『この場を遊びと言ってるのか』とか……竜人の言葉に何も言えない。ただ唖然と彼の言葉に耳を傾けていることしかできないのだ。


「俺が鬼、お前らは逃げる役。鬼がタッチできるのはとする」

「「――!!」」

「さぁ……逃げてみろよ、兎ども」


 その言葉が開始の合図となった。


「あっ、あぁあっ――あああぁぁぁぁぁっ!!」

「うあっ……!?」


 身体を震わせていたレイは……ユウキを思いっきり突き飛ばすと、男とは思えないような情けない声を発しながら一目散に逃げていった。


「あーあ。裏切られちまったなぁ?」

「……!」


 すかさず腰に携えていたウォンドを構える。


「お? 確かに鬼へ対抗はなしなんてルールは言ってなかったなぁ?」


 声を弾ませる竜人。その態度に焦りなど微塵も感じられない。

 むしろ震えているのはユウキの方だった。


「うっ……うぅっ……!」


 スキルを言えない、攻撃できない、何もできない。

 逃げ遅れたから咄嗟に構えただけであって、本当は逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだ。


「……10秒。もーういいかい? いいよな?」

「――っ」


 何もしないまま時は過ぎ、竜人はつまらなそうにため息をついた。


「はぁ……所詮は人間如き。期待するだけ無駄だったか」


 竜人の腕がブレ、ユウキが目を瞑り、そして――




「――もぉぉぉう! インパクトぉぉぉっ!!」

「よっと」

「っ!? ……っ!!?」



 突然、ユウキの前に誰かが現れた。そして、誰かに担がれた。


 おそるおそる目を開けると……左右白黒髪の少女が、大剣で竜人の攻撃を防いでいた。


「大丈夫か?」


 と、ユウキを抱えているのは20代後半くらいと思わしき普通のサラリーマン。


 ――こ、この人たち……!


 世界的に有名な人ではない。冒険者界隈で強いと謳われているわけでもない。


 だが……この二人のことを、ユウキはよく知っていた。


【エリィ Lv.51】

【山田壱郎 Lv.1】


「……あぁ?」


 突然割り込んできた二人を見て、竜人が怪訝そうに眉を潜める。


「なんだぁお前ら?」

「ステータス、見えてるんでしょ? こっちは自己紹介してるようなもんだから、そっちから名乗るのが普通じゃないか――なっ!」


 威圧的な態度にも怯まず、エリィは鉤爪を弾き返した。


「……ほぉ」


 彼女の強い眼光に竜人が目を細める。


「いいだろう、俺はジャバウォック――正体不明の怪物だ」

「……!」


 その名を聞いた瞬間……エリィの脳裏に蘇ったのは、あの一文。


『ジャバウォックの涙を求めてはならない』


「いいだろう、お前らも鬼ごっこに加えてやる……さっきの奴らより楽しめそうだしな」


 と、竜人ジャバウォックが楽しそうに笑いだすと人差し指を一本伸ばした。


「じゃあ10まで数え直しだ。いーち――」


 再び1から数え出した時……エリィと壱郎の目線が合う。


「よし! 今のうちだよ、壱郎くん!」

「あぁ、そうだな」


 壱郎は意思疎通したかのように頷くと、指示を出した。





「――逃げるぞ」

「たたか――うぇえっ!?」

「にーぃ」


 ……訂正。全く意思疎通ができてなかった。


「な、なに言ってるのさ壱郎くん!?」

「いや、10まで待っててくれるんだろ? これほど逃げやすい状況はない」

「……!」

「さーん」


 壱郎の言葉にエリィは思わず言葉を失う。


「そうじゃない! こんな猶予をくれてる今こそチャンスなんじゃないの!?」

「違う。未知の相手は逃げた方がいいんだ」

「よーん」


 言い合いが続く中、ジャバウォックのカウントは続く。


「逃げるだなんて――逃げるだなんて嫌だ! 私は戦う!」

「いいや、戦っちゃダメだ。そもそも待っててくれること自体がおかしいと思わないか?」

「ごーお」

「あ、あのっ……逃げるなら、早く逃げた方がいいんじゃ……!」


 半分まで切った時、尚も抱えられているユウキが口を挟むが……二人はまるで聞いてない。


「逃げるなら壱郎くんだけにして! 私一人でもやるよ!」

「それもダメだ。エリィさんは死なせない」

「ろーく」

「こ、この――わからずやっ!」

「なーな」


 カウントが後半に差し掛かる。


:エリィ逃げて

:逃げた方がいい

:こいつ、絶対やばいぞ

:山田、担いで逃げろ

:Sランクモンスに勝てるわけない


「み、みんなまで……!」

「はーち」

「――!!」


 我慢の限界だった。


「ちょっ……!? 待て待て待て、エリィさんストップ!」


 壱郎の警告を無視し、エリィは大剣を構える。


 ――出力100%! 最初から全力で!


「きゅーう」


 大剣を構えるエリィを見つめながらカウントするジャバウォック。その表情はニヤリと笑っていた。


 ――どいつもこいつも……!!



「バカにしやがって! ――イン、パクトォォォォォっ!!」



 エリィの怒号が交じった叫び声に、勢いよく大剣は振り抜かれた。

 彼女の大剣は凄まじい速度でジャバウォックの首を刈り取る――




「えっ――?」


 ――はずだった。


「……じゅーう。もーう、いいかい?」


 ジャバウォックは死んでなかった。

 無傷でエリィを見下ろしている。


 いや……それどころか、エリィには斬った手ごたえすら感じなかったのだ。


 まるで――


「あの男の判断は正しかったぜ?」

「――イ、【インパクト】っ!」


 再び大剣を振り下ろす。

 だが……結果は同じ。大剣は空を切るように貫通し、ジャバウォックに当たらない。


「な、なんっ……!?」

「俺の能力は『正体不明』――物理も魔法も、あらゆる技が効かない」

「――!!」


 攻撃完全無効化。まさに無敵の存在。


 そんなデタラメな力が――あっていいのだろうか。


「信じるか信じないかは――ま、あの世で考えてくれや」


 とジャバウォックは冷めた表情になると……腕を上げ、エリィに狙いを定める。


「う――うあああぁぁぁっ!」


 圧倒的すぎる格差にエリィは取り乱したように連撃を繰り出す。


 だが……彼女の攻撃は全て当たらない。ただ虚しく空を切るのみ。


「うあっ……! あぁっ……! く、ぅうっ……!」

「……もう終わりか?」


 わざとなのだろうか……ジャバウォックはまったく動かず、エリィの攻撃が止むのを待っていた。


「ぜぇっ……ぜぇっ……!」


 息が荒くなる。体力を使い切り、もう大剣を振るう力すら残ってない。


「安心したよ。お前らも正規の方法で入ってないんだな? なら、ヴォーパルソードは使いこなせない」

「……ヴォー……パル……?」

「じゃ……あばよ。結局、無意味な足掻きだったな」

「っぁ――」



 エリィが動けなくなったのを確認してから――ジャバウォックは一閃。


 無抵抗な彼女の身体に向かって、無慈悲な攻撃が放たれた。


 エリィは自分の無力さを呪い、自分の身体が鉤爪で貫かれる運命に目を閉じる――





「――二つ、間違いがある」

「……っ!?」


 ――瞬間、何かがエリィの小さな体を抱きかかえた。


 目を開くと……目の前には振り下ろされた鉤爪。


「い、壱郎くんっ……」

「一つ目、俺はエリィさんをバカになんかしてない。本気で心配だから、一緒に逃げる以外の選択肢はなかった」

「てめえ……」

「そして二つ目」


 ギロリと睨みつけるジャバウォックを無視して、壱郎は続ける。


「エリィさんの行動は無意味なんかじゃない。ちゃんと意味があった」

「お、お世辞なんかいらないっ!」

「お世辞じゃない」


 まだ力が入らないエリィをそっとユウキの隣に座らせると、今一度竜人を見つめる。


「今のでわかった――ジャバウォックにはってことを」

「なっ……!」

「………………へーぇ?」


 ジャバウォックが目を細くした。


「弱点、ねぇ……やれるもんならやってみろよ、人間如きが」

「そうか、わかった」


 その言葉をしっかり壱郎は、緩めた赤いネクタイを左側に回す。


「じゃあ今から倒すが、理由は訊かなくてもわかるよな? ――お前は俺たちに手を出した」

「……!」

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