第16話 Lv.1は重さを知らない

「よいしょっ、と」


 第3階層最奥部。深層へと繋がる大広間へ訪れた壱郎たちはゴーレム2体を討伐する……というより。


「……いやいやいや」


 一連の流れを傍から見ていたエリィが思わずツッコミを入れざるを得なかった。


「待って? ちょっと待って、壱郎くん? 今の流れでなんかおかしな点ない??」

「ん? いや、特になにも……? ゴーレムは人造魔物の部類だから特定位置でエンカウントするし、この前と同じ2体がいたとしても不思議じゃないと思うが?」

「うん、そこじゃないんだ。自分が今やった行為を思い返してみて、というか再現してみて」

「再現……?」


 壱郎は首を捻りつつも、エリィに言われた通り一旦大広間から通路へ戻り再現を試みる。


「まず部屋に入る」

「うんうん」

「で、ゴーレムが起動する」

「うんうん」

「襲い掛かってくるので、戦闘開始」

「はいストップ。ここで壱郎くんはなんて言って、どうやって倒したかな?」

「? えーっと……こう――よいしょっ、と」

「いやいやいや」


 ここだ。

 壱郎が軽く背負い投げをしてみせたところで、エリィが手で制した。


「あのね、壱郎くん。ゴーレムってね、そんな重い荷物をちょっとどかした風な掛け声とそんなやり方で倒す人なんていないんだよ……?」

「えっ……だってゴーレムって足が遅いじゃん? この倒し方は割と効率いいと思うんだけどなぁ」

「そりゃ一体30トン以上の巨体を持ち上げられたらね!」


 そう……彼が背負い投げしたゴーレムは最低でも30トン以上。いくら効率的とはいえ、人にも限度というものがある。


:ゴーレムを背負い投げwww

:怖すぎワロタ

:『ひぃっ』ってリアルに声出た

:誰でもできると思うなよ!

:超パワーってすげー(白目)

:なんかもう、異次元過ぎて笑えてくる

:これCGじゃないってマジ?

:常識も破壊するんじゃないよ


「そうか、普通はできないのか……」


 エリィと同様の反応ばかりのコメント欄に、壱郎も一応は納得……まあ、納得しきれてない表情ではあるが。


「……というか、掛け声は!? 戦う時はやってって、ちゃんと言ったじゃん!」

「いや、それは深層に入ってからかなって……」

「むぅ……じゃあ深層に入ったら、絶対だからね?」


 小声で話し合うエリィと壱郎。なにやら事前に打ち合わせをしているようだ。


「さて、ここまで20分! 雑談を兼ねて進行してきたけど、いよいよ深層攻略だ!」


:普通は雑談しながらダンジョン攻略しないんだよなぁ…

:そんなお気軽なことじゃないwww

:エリィも壊れちゃった…


「……いや、私だっておかしいってわかってるよ……でも、ここに常識を破壊するような人がいるんだもん」

「? えっと、今から深層、行くんだよな?」

「あ、うん。やっちゃって」

「よし来た」


 色々ツッコミどころがあるけど、今は後回し。エリィの指示に壱郎は床に手を掛けると……そのまま巨大な蓋を持ち上げた。


:ヒィッ

:!?

:!?

:この方法で合ってるの!?

:(反転の秘宝を使えば)合ってます

:脳筋プレイじゃねぇか

:なんでもパワーでごり押しするな


「……この蓋、ゴーレムより重い?」

「え? あぁうん、重いよ。ざっと5倍くらいじゃないかな」

「壱郎くんっていくつまで持てるの?」

「200から上は試したことないな」

「…………」


 なんてさらりと数字だけ告げる壱郎だが、常識の単位からして違うことが恐ろしいところだ。


「さて……」


 阿鼻叫喚するコメント欄にも答えてあげたいところだが……ここからが本番である。

 未開拓の深層攻略。事前準備はしてきたが、不安が一切ないというわけでもない。


「すぅーっ……よしっ!」


 大きく深呼吸し、気合いを入れたエリィが手を打つ。


「それじゃ、深層攻略を――」

「「「――ぁぁぁぁぁあああっ!」」」

「ん?」


 と。

 いざ深層攻略へ挑もうとしたその時……後ろから叫び声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、赤・青・金髪という信号機みたいな髪色合わせをした男三人組が全速力でこちらに向かってきてるではないか。


「た、た、助けてくれぇぇぇぇぇっ!」


 赤髪が情けなく叫んだ後ろから迫ってくるのは……オーガ。


「し、死ぬぅぅぅうううっ!」

「――!」

「おっと」


 考える前に動いていた。

 エリィは大剣を抜くと、オーガに向かっていく。


 ――出力75%!


「【インパクト】っ!!」


 ズンッと重い一撃がオーガの身体に入った。


「――壱郎くん!」

「ん」


 エリィの掛け声に壱郎は床の蓋を部屋の隅にポイッと投げつけて放棄。両手が空いたところで、怯んだオーガへ一気に肉薄する。


「よっと」


 目にも止まらぬ拳がオーガの身体を捉え、緑の身体が大きく吹き飛んでいった。


「ふぅ……」


 突然の戦闘に難なく対処し終え一息ついたエリィが、くるりと後ろを振り返る。


「あの、大丈夫ですか――って! いない!?」

「え?」


 壱郎も振り返ってみると……彼女の言う通り、先程すれ違った三人組の姿が消えているではないか。


「ど、どこに行っちゃったんだろ……?」

「ここにいない、ってことはおそらく――」


 と、壱郎が指さしたのは――真下に空いた巨大な穴。


「……マジ?」

「ここにいないってことは、そこしか行く場所がないからな」


 ゴクリとエリィが息を呑む。

 あの三人はオーガ相手に逃げ惑っていた。そんな実力の冒険者たちが、深層に挑めるとは思えない。


「というかあの人たちって……」

「あぁ、ここに来る前にすれ違った連中だ」


 映像が止まっていた時にすれ違っていた三人組。髪色が印象的だったから間違いない。

 彼らが本当に深層に入ったかどうか見てないが……ふとエリィは気が付く。ドローンカメラだ。


「みんな! 今通ってきた三人組、深層行っちゃった?」


 ドローンカメラはエリィたちが戦闘に入った間も大広間の様子を多少なり映している。ということは、リスナーたちは見ているはずなのだ。


 だが……エリィの問いかけに返ってきたのは、奇妙なコメントばかりだった。


:あ、治った

:今日はよくグルってるな

:なんか重いのかな?


「えっ……? 今、グルってた? 三人組、見なかった?」


:グルってたよ、一瞬だけど

:三人組?

:そんなのいなかったけど

:なんか映像止まったと思ったら、壱郎ニキがオーガぶん殴ってたゾ


「……うそん」


 ここに来てまさかの通信異常。つまり、あの三人組の行方は誰も知らないのだ。


 ……と。


 ――ピーピーピーピーピーッ!


 突然大広間からけたたましい警告音が鳴り響いた。


 エリィがビクリと身体を震わせる。


「今度はなに!?」


 ――ピッ。


「もしもし」

「いや、間際らしい着信音させんなや!」


:草

:草

:草

:ビビった

:配信中はマナーモードにしとけ山田ぁ!


『――お兄』


 電話を掛けてきたのは妹の百合葉だ。


『何かあったの?』

「え? あぁごめん、今配信中で――」

『うん、リアタイしてる。そうじゃなくて、映像が止まってた間に何かあったの?』

「……あー」


 兄の配信をリアタイしてる妹はいかがなものか――という疑問はあったものの、壱郎は事情をかいつまんで話すことにした。


『……なるほど』


 壱郎から状況説明を聞いた百合葉は相槌を打つと、『もしかして』と続けた。


『それがあの三人組の目的だったんじゃないかな?』

「え?」

『ほら、配信画面止まってたじゃん? これは偶然じゃなくて、意図的に行われたものなんじゃないかなって』

「ほう……でも、なんのために?」

『なんのためって――そりゃ、お兄たちより先に深層攻略を配信したいからに決まってるじゃない。その為には妨害工作を行ったっていう証拠を隠蔽しなくちゃいけないでしょ』

「……あぁー」


 つまり……さっきの三人組も配信者。

 となれば、誰よりも早く未開拓地を配信すれば、視聴率も伸びるということだ。


『信号機三人組のことはこっちで調べておくから。お兄はエリィさんに報告して、配信続けて』

「わかった……エリィさん、ちょっと」


 電話が切れ、壱郎はエリィを手招きする。


「――というのが、俺の妹の推論なんだけど。どうかな?」

「……うん、あり得るね。少し前に周囲の電波を乱すアイテム流行ったことあるし」


 エリィも納得いったように頷くものの……顎に手を当てて、考え始めた。


「…………」

「……? エリィさん?」


 考えて考えて――「よし」と頷くと、くるりとカメラの方へ向き直った。


「ごめん、みんな。今冒険者三人組がオーガから逃げてきたんだけど、深層へ飛び込んじゃったみたい」

「え」


:マジ?

:それやばくない?

:逃げた先が深層とか、ついてないな


「うんうん。だから今から深層攻略するんだけど、その逃げた人たちも捜すって方向に切り替えるね」


:おk

:おk

:人命救助できるエリィ、えらい


「よーし、それじゃ改めて……深層に向かおっか!」

「……いいのか?」

「なに言ってんの、壱郎くん! 人命救助に良いも悪いもないでしょうにっ!」


 なんて明るい声で反論するエリィだが……その手は壱郎の裾を強く握りしめていることに気がつく。


「……わかった」


 エリィにも何か考えがあるようだ――と察した壱郎は、彼女に従うことにする。


 少々トラブルがあったが……壱郎たちはいざ深層へ足を踏み入れることとなった。

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