第17話 Lv.1、いざ深層へ

 通常、発見された深層は降りるための手段が用意されている。ロープなり梯子なり階段なり……最近ではエレベーターを導入した深層もあるらしい。


 だが、今から壱郎たちが向かうのは未開拓の深層。当然降りる手段など用意されてない。


「――ん、地面が見えたな」


 よって壱郎たちがとったのは、ロープを垂らして降りていくという簡易的な手段だった。


「こういう時、魔法使える人がいれば風魔法使えるんだけどね……ほいっ」


 エリィはロープから手を離して壁を蹴りあげ、そのまま床へ飛び降りる。


「にしても……ロープ一本で昇降は危なくないか?」

「え、そうかな。ダンジョン樹木を使ったロープだから、滅多なことがない限り千切れないと思うよ?」

「いや、そうは言ってもな。やっぱり安全性ってものがないと」

「……ふぅん?」


 やけに慎重派の壱郎に、エリィは意地悪な笑みを浮かべる。「弱点、見つけちゃった」とでも言い出しそうだ。


「壱郎くん、もしかして怖いの?」

「うーん、まあそれなりに危機感はあるよ。エリィさんは怖くないのか?」

「もっちろん! だって冒険者だもの、ロープ一本でだって挑んでみせるよ!」

「そうか……俺はやっぱり壁を歩いていきたい派なんだよな」

「あ、ごめん。その発想は怖いわ」


 しかし常識の範疇を軽く超えるのが壱郎。誰も想像してないであろう発想が飛び出し、エリィは真顔で否定した。


「え、そうかな……? いかなる非常事態でも柔軟に対処できる、安全性を考慮した名案だと思うんだが」

「可能性が考慮されてない愚案だね、それ。普通の人は壁走りなんてできないんだよ?」


:どこが名案じゃいwww

:できるわけないんだよなぁ…

:こいつ馬鹿だ!

:お前の普通はおかしい

:超パワーってすげー(白目)

:深層内で暢気に雑談してて草


「……あ、そうだ! ここ深層!」


 壱郎の奇行に気を取られすぎたせいで、コメントを読むまで深層であることを忘れてたエリィ。慌ててぐるりと周囲を見回す。

 しんと静まり返った洞窟内。高さ幅は3mほど、まるで正方形をそのまんまくり貫いたかのような青黒い通路。ピンと張り詰めた冷たい空気がエリィたちの身体にまとわりついているかのよう。


「……っ」


 思わず息を呑んでしまう。

 モンスターの気配はない……いや、気配がなさ過ぎて逆に怖い。いつどこで敵が襲ってくるのか……全ては洞窟の闇に塗りつぶされているかのようで、警戒心を解くことができなくなってしまう。


 冒険者歴5年目。様々な場所を潜ってきたエリィだが、深層はここが初めて。緊張しないわけがない。


「おー、随分と整備されてるんだな」


 それに対し、壱郎はキョロキョロと周囲を見回す。平気そうだ。


「……壱郎くん、怖くないの?」


 さっきとは真逆の立場となり、思わず冷や汗をかくエリィに壱郎は「いや」と首を横に振った。


「怖いは怖いよ。でも、ここで立ち止まってるわけにもいかないだろ?」

「…………」

「それにこの周辺はモンスターがいないみたいだし。せっかくなんだし、楽しもうぜ」

「……そうだね」


 なんだかいつも通りの壱郎を見ていると緊張が解かれていき、エリィもふっと肩の力を抜く。


「壱郎くん、探知できる?」

「試してみるよ。どこを目指せばいい?」

「そうだね、まずは――」



***



「どうもーっ! 好きな学校給食といえば?」

「揚げパン!」

「餃子!」

「カレー! 三人寄れば文殊のウィズドム! ウィズドットコムですー!」


:こんー!

:きたあああああ

:こんばんは!

:醤油ラーメン!

:ウィズドムの配信たすかる


 ドローンカメラが起動し、赤・青・金髪の三人組の男たちを捉える。


【赫川ハルト Lv.57】

【蒼山レイ Lv.50】

【木野ユウキ Lv.42】


「はい、今回の配信はですねー……今、とんでもない場所に来てます! みんなここが何処だかわかんないっしょ?」


:暗くてよく見えないね

:どこここ?

:渋谷ダンジョンかな?


 コメント欄の反応を眺めていた赤髪がニヤリと笑う。


「正解はー……なんとふじみ野ダンジョンの深層! まだ誰も発見してない、完全未開拓地です!」


:え、マジ?

:ふじみ野ダンジョンに深層ってあったの!?

:ガチの大発見じゃん!


 ――よし、掴みは上々!


 リスナーたちの反応、盛り上がるコメント欄を見て赤髪がぐっと拳を固める。


「というわけで、世界最速! ふじみ野ダンジョン深層を攻略していこうと思います! やろうぜレイ、ユウキ!」

「あいよ」

「おっけー。【ライト】」


 冒頭終了。赤髪の掛け声に二人が頷くと、いざ誰も踏み入れたことのないダンジョンへの攻略を開始した。


「……よかったのかな、これで」


 攻略開始と同時に、一番若くて背が低い金髪の男がボソリと呟く。


「だって、見つけたのは僕たちじゃなくて、あの二人でしょ? それをこんな騙すような形で――」

「いいんだよ、これで」


 と金髪の台詞を青髪が遮った。


「俺たちは偶然オーガから逃げて、偶然空いていた穴に飛び込んだら、偶然未開拓の深層だった――カメラに映ってない限り、これが真実だ」

「…………」

「真面目に考えすぎなんだよユウキは。俺たち個人勢が配信業界で生き残るためには、多少汚い手を使ってでも話題になることをしなくちゃならない……それを承知の上で、俺たちはハルトについてきたんだろ?」

「……そうだね」


 青髪の説得にユウキと呼ばれた金髪がふっと優しい笑みを浮かべる。

 先頭の赤髪の男、ハルトは怖いもの知らずという感じでズンズンと深層を歩いていた。


「でもハルトくんはすごいね。深層だってのに、全然怖気づいてないや」

「そりゃな。片方の男のレベルは見ただろ? Lv.1なんかでできることを、俺たちができないわけがない」


 先程見た壱郎を面白おかしそうに笑いだす青髪に、ユウキは「むっ」と眉を潜めた。


「今の、よくない言い方」

「は?」

「あの人だって冒険者としてやってるんだから、なんでもレベル基準にするのはどうかと思うよ」

「ダンジョンだからこそ、レベル基準が最も重視されるんじゃないか。数値が低い奴は――馬鹿にされて当然なんだ」

「……僕、レイくんのそーゆーとこ嫌い」

「……ははっ、そんな怒んなよ。悪かったって」

「――ちょいちょいちょい、二人とも!」


 頬を膨らませるユウキとそれを宥めるレイへ、ハルトがオーバーリアクションをしながら振り返った。


「今配信中! マイクの届かないとこで雑談しない! てか、俺一人で回すのキツいから参加して!?」


:草

:レイくんとユウキくん、仲良しでほんと可愛い

:配信そっちのけで雑談しないでーw


「あぁ、悪かった悪かった」

「ごめんね、今そっちに行くよ」


 まだ言いたいことはあるが……今は配信中。ユウキたちは会話を一旦終了すると、ハルトの方へ走っていった。

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