第3章 ふじみ野深層攻略

第15話 Lv.1でも違和感に気が付く

「時刻は午後6時――はーい、集合! エリィが配信する時間だよ!」


:きたああああああああ!

:きたああああああああ!

:配信の時間だあああああああ!

:山田!山田!

:きたああああああああ!

:集合!!

:待ってたぞ

:コメントえっぐいw

:山田!山田!

:MY HEROOOOOOOOOOOO!!

:集合~

:[\50,000]待ってたぞ山田ぁ!

:壱郎ニキ!壱郎ニキじゃあないか!

:山田きたああああああああああああ!

:山田ああああああああ!

:YAMADAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!


「えぇ、こわっ……」


 開始1秒でこのコメント量。あまりの多さに壱郎はドン引きする。そしていきなり5万円のスパチャが飛んできたことを知り、更にドン引き。

 火曜日に泣きついてきたエリィの気持ちが、彼にもようやく実感できた。


 土曜日。リスナーが待ちに待った、壱郎が出てくる日である。


「はいはーい、スパチャありがとだけどお金は大事にね? 今日はみんなお待ちかね! ふじみ野ダンジョン攻略の時間だよっ!」


 いつも通り振舞ってるエリィだが……少し声が震えるように聞こえるのは、決して気のせいではないだろう。


「ほら、壱郎くんも挨拶挨拶っ」

「あ、うん、ども。コメント速すぎて読めないけど、山田壱郎です」


:山田ぁ!

:きたああああああああああああ!

:[\20,000]もっと自信持て山田ぁ!

:今日もやらかしてくれることを期待してるぞい

:相変わらず普通のおっさんだな山田ぁ!

:壱郎ニキ、明らかにビビってて草

:あれ、なんか今日は赤いネクタイしてるな?

:YMD!YMD!

:爆速コメントw

:ネクタイしてる?

:同接2万wwwww


「いや、そういうとこ。読めんて」


 コメントの勢いは止まらない。配信者は完全素人の壱郎にとって、プレッシャー以外何物でもないのだが。


「えーっと、私が代わりに拾うね? そう、今日の壱郎くん、ちょっとイメチェン! ネクタイは私からのプレゼントです!」


 エリィが「ばばーん!」と自分で効果音を出しながら、壱郎をカメラの中央まで連れてこさせた。


 いつもネクタイしてない壱郎だが、今日は真っ赤なネクタイをしている。これは「壱郎くん、普通のサラリーマンっぽいのはいいんだけど……色味が少なすぎるね」という理由で、エリィが用意してきたものだ。


:割と似合ってて草

:ネクタイしてて大丈夫なんか?

:戦闘で支障ない?


「あ、ネクタイに関しては大丈夫です。特に支障ないですので」


 爆速の中、辛うじて自力で拾えたコメントに返答する壱郎。


「さ、今日の雑談はここまでっ。みんな攻略してほしいだろうし、さっさと入っちゃおう!」

「え……今日は早いな? いいのか?」

「いいのいいのっ」


 と横で口を出してくる壱郎の肩を掴み、エリィがくるりと入り口へ回転させる。


「配信者の掟! リスナーに求められていることを感じ取るべし! みんな深層攻略を期待してるんだから、変にダレたらブラバされちゃうかもしれないでしょ!」

「おぉ、確かに」


 マイクが拾わない小声で囁くエリィの言葉に、彼も納得した。


 というわけで早速ふじみ野ダンジョンの攻略を始める二人だが……配信を始める前から、少し違和感がある。


「……今日はなんか同業者とすれ違うな?」


 そう……ついこの間までエリィと壱郎以外誰もいないふじみ野ダンジョンだったが、今日は既に何人かの冒険者とすれ違っているのだ。それにチラチラとした視線も感じる。


「そりゃ壱郎くんの影響だって。品川ダンジョンも攻略者多いみたいだし」

「え、なんで?」

「ほら、『反転の秘宝』。アレを探してる冒険者が続出してるんだよ」

「あ、そういうことか」


 前回の文字に刻まれていたアイテム。『反転の秘宝』がないとふじみ野ダンジョンの深層に入ることが出来ないのだ。


「ん、あれ? じゃあ俺たちも品川ダンジョンに向かった方がいいんじゃないのか?」

「いや、その必要性を無くした張本人がなに言ってんの。壱郎くんが前みたいに蓋を持ち上げればいいだけの話じゃない」

「……あぁー」


:草

:草

:忘れてて草


 その点、エリィたちには関係ない。なんてったって、隣にいるのはなんでも物理で解決してしまう男。特定のアイテムがなくても問題ないのだ。


 ちなみに……ごく普通に会話してる二人だが、ごく普通にモンスターから襲われている。呑気に会話できているのは、壱郎が見かけた瞬間から即討伐しているからだ。


:ダンジョンお散歩してて草

:え、勝手にモンスターやられてね?

:呑気だなおいw

:この異常な光景に誰もツッコまない件について

:ツッコミ不在の恐怖

:壱郎ニキを見るのは初めてか?これが日常だ


「……早めにこの非常識さには慣れておかないとね、私は」


 まるで自動照準で敵がやられていく光景に、エリィは苦笑いするのみ。


 エリィの地図を頼りに第3階層の横道へ。例の大広間まで一気に向かう。


「ん……あれ?」


 その途中、コメント欄をチラ見したエリィが怪訝そうに顔をしかめた。


「どうした?」

「いや、なんか画面が……」


:グルってる?

:グルグル

:グルってるよー


「……『グルってる』ってなんだ?」

「配信画面がローディング……つまり、映像が動いてないってこと。要するに機材トラブルだね」

「あぁ、なるほど」

「でもおっかしいなぁ……この前はちゃんと映ってたはずなんだけどなぁ……?」

「今日は他に冒険者グループが潜ってるからじゃないのか? ほら」


 と壱郎の視線の先にいるのは男三人組のグループ。壱郎たちと目が合うと、無言でペコリと頭だけ下げてくる。

 冒険者同士はすれ違ったら挨拶するのがマナー。壱郎とエリィも「どうも」と軽く会釈した。


「うーん、でも大勢でダンジョン攻略することだってあるんだよ? それだけでグルったりするかなぁ……もしかしてドローンの故障なんじゃ……」


:お

:おっ

:戻った

:おかえりー

:おかえり

:戻ったよー


「あ、戻った? 映ってる?」


 機材の不調を疑い始めたエリィだったが、数秒もしないうちにコメントが変わる。どうやら映像がきちんと動き始めたようだ。


「あぁ、よかったー。ドローンの修理費って結構高いんだよ。あとカメラ一つしかないからさ、故障は勘弁してほしいなって――」


 とりあえず配信が続けられそうな現状にほっと胸を撫で下ろす。ここまで期待されてる配信なのだ、機材トラブルで台無しにしたくないのも当然だろう。


 ――あれ、そういえば……。


 トラブルが無事解決し、壱郎も安堵するが……ふと疑問に思うことがあった。


 ――さっき会った三人組の近くにモンスターの気配なんてなかったんだが……あんなところで何やってたんだろう?

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