第14話 Lv.1がバズった影響

「――い、いいい壱郎くんっ!!」

「あ、お疲れ」

「お疲れ、じゃないよぅっ!」


 案の定、予想通り。

 火曜日にて日付が変わるギリギリの時間、仕事を終えひと段落してる壱郎にエリィが詰め寄ってきた。


「大変、大変なんだって!」

「なにが?」

「通知が止まらないんだよぅ!」


 ――あぁ、やっぱり。


「登録者数10万人突破した! 二日で2万人登録!」

「おぉ、おめでとう」

「ありがとー! でも早すぎてあんま実感湧かない!」


 二年以上かけてようやく8万人に達したエリィにとって、二日で2万も増えるなど意味がわからないレベルである。まるで時間が一気に加速したような気分だ。



「あと今日の雑談枠、超大変だったんだよ!? 見てない!?」

「いや、仕事中だったから……」


 なんて言う壱郎にエリィが自分のスマホで動画を見せる。

 そこにはエリィの配信部屋らしきものが映っていて、とんでもない速さでコメント欄が流れてきていた。


 しばらく眺めていた壱郎がふとあることに気が付く。


「……この赤い枠のコメントはなに?」


 よく見てみると、赤枠に囲われたコメントの隣に数字が書かれている。10,000やら20,000やら、大きいので100,000……。


「赤スパだよぅっ!」

「赤スパ……? なにそれ?」

「スーパーチャット! ほら、配信でお金送れるやつ!」

「あぁー……なんか聞いたことある。というかこの前一緒にやった配信にもあったな」


 百合葉が過去に説明していた記憶が蘇る。確かチップみたいなものだ。


「で、これがどうかしたのか?」

「赤スパが! 赤スパがぜんっぜん止まらないの!」

「いいことじゃないか」

「金額が多すぎて困ってるんだよぅ!」

「……なるほど」


 大金の落とし物を発見した時、人というのは案外ビビるという話がある。壱郎はエリィが焦ってる理由がなんとなく見えてきた。


「今日は壱郎くん来ないよって何度も言ってるのに、質問内容は壱郎くんのことばっかだし、知らない言語のリスナーも見てたみたいだし!」

「エリィさんの知ってる言語って?」

「日本語、以上!」

「じゃあ海外コメント全部じゃないか」


 彼女の言う通り、英語やらハングル文字がコメントに流れていく。これが百合葉から事前に聞いていた海外勢だろう。


「それだけじゃないんだよ……『切り抜きから来ました』って人も多くて……!」

「あぁ、切り抜き。tweetterでも上がってたな」

「中でもワンツー連携が一番伸びてるんだって……」


 壱郎とエリィが行おうとした連携の場面をふと思い返してみる。


 ――確かにあれは伸びそうだ。


「でも、いい滑り出しなんじゃないか? ほら、狙うは一攫千金だって」

「滑りが良すぎる! 速度出過ぎてむしろ怖いんだって! 下手したら炎上しそうなくらいに!」


 本当ならこんな予定ではなかった。

 じわじわと話題性を呼び、早ければ三ヶ月くらいで10万人突破を考えていたのだ。

 それが二日。たった二日で目標達成してしまった。


 話題性は十分あるのだろう。十分過ぎるくらいに。

 だが、この爆発力は不安要素にもなってしまう。それが炎上だ。

 個人冒険配信者の利点は自由なところにこそあるが、この勢いは企業並み。つまり、不用意な発言や行動は注目の的になってしまうだろう。


「ねぇ壱郎くん、やっぱ平日も出てみない!? 私、一人でこの圧力に耐えられないよっ!」

「いや平日はちょっと厳しいかな……ほら、仕事だってあるし」

「そんなん、今日のスパチャ額で賄えるっ!」

「なんというギャンブル」

「大体――!」


 と、ここまでノンストップで話していたエリィがふと気が付く。


 壱郎以外の社員が――誰もいないという現状に。


「……大体、なんで壱郎くん以外いないの? 他の人は?」

「他の人はもう帰ったよ。残業してるのは俺だけ」

「……残業代は、もちろん出るんだよね?」

「いや、出ないんじゃないかな。うちの会社、『残業ゼロ』って転職サイトに記載してるわけだし」

「それ、サビ残なんじゃ……」

「だな」

「いやいやいや」


 さらりととんでもない発言をする壱郎。どうやら彼の現状は、エリィが思っているより深刻らしい。


「壱郎くん、ヤバいってそれ。ブラックもブラック、今時珍しすぎる超ブラックだよ。伝説の退職届出ちゃうよ」

「なんだ伝説の退職届って?」

「会社のブラックな部分を物的証拠で残して辞めるってことだよ」

「……それ、普通にあるあるなのでは?」

「ううん、伝説なの。伝説ったら伝説なの」

「そうなのか」


 世間には疎い壱郎なので、エリィの言葉に疑問を抱かず素直に納得する。


「でもそれを言うなら、君もじゃないのか?」

「え、私?」

「うん、だってもう深夜だよ? 俺は目を瞑るが、高校生が外にいていい時間じゃないって」

「……あの、22歳です。とっくに成人してます」

「えっ、マジ……?」


 驚くべき事実に壱郎は目を見開く。彼にとってこっちの方が信じられない事実だ。


 背丈は妹の百合葉より低く、幼さが残る童顔はどう見ても成人しているようには見えない。普通に少女だ。


「高校生……いや、中学生って言われても違和感ないんだが……?」

「あー……若く見てくれるのはすごく嬉しいんだけど、成人してから『面倒だな』って思うようになったんだよね。いちいち年齢確認されるし、同性からは目の仇にされることも多いし」


 確かに彼女の若さを羨む女性は多いだろう。少しばかり大人の魅力がない未熟な身体とはいえ、いつまでも青春時代と変わらない風貌なのは、どう反応してもよくない印象を抱かれるのも頷ける。


「ってなわけで、アルコールとか全然オッケーなんだよ。全然イケる口なんだよ」

「え、そうは見えないな」

「あっ、言ったね!? 今言ったね!? 私を子供だとはっきり言っちゃったね!?」

「いや、そこまでは言ってないが……」

「というか、壱郎くんの方が弱そうに見えるけどね! 今から飲みに行ってみる!?」

「あー……まあ空いてるし、別に構わないが……え、ホントにやんの?」

「やるよ、ホントだよ、本気だよ! こうなったら今夜はエリィお姉さんがとことん付き合っちゃうんだから! 今夜は帰れると思うない方がいいね!」

「いや、明日仕事」


 (何故か)完全に乗ってしまったエリィが壱郎の腕を掴むと、夜の繫華街へと勇み足で向かっていった。



***



 ……次の日。


「山田ぁ! サボってんじゃねぇぞっ!」

「……っ、はい!」


 ――うぇぇ、気持ち悪ぅ……近くで怒鳴らないでほしいわ……。


 ガンガンする頭を抑えながらも、壱郎は黒崎の通常通りの怒鳴り声にしっかり返答する。


 業務内容は楽勝なので支障をきたすことはなかったが……スライムの身体になってから、アルコールに弱くなったのを実感した壱郎であった。



 昨夜、飲み屋を一緒に回った壱郎は10年間貯めていた貯金の半分(2万円)を失った。

 そしてエリィは店ごとにしっかり年齢確認されていた。



――――――


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

少しでも『面白い』と思っていただけたら、よろしければ♡や☆☆☆などで評価していただけると嬉しいです!

作者的には応援コメントをもらえることがすごく嬉しいです……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る