第10話 Lv.1による世界一ためにならない講座

 壱郎の(全く役に立たない)豆知識コーナーも終わり、最奥部へと到着する。

 彼の索敵は正しかったらしく、二人の目の前には円形状の空間が広がっていた。


 そしてその中に静かに佇む巨大な二つの影……Cランクモンスターのゴーレムである。


:でっか

:ゴーレム初めて見たわ

:こいつ厄介なんだよな。剣だけじゃどうにもならんし

:ワイのトラウマモンスやん


「……動いてないみたいだね」

「あぁ。多分俺たちがこの円形内に入ったら、作動するんだろうな」


 今エリィたちがいるのは空間から少し下がった通路内。侵入する前にフィールド内を目視しているが、どうやら宝らしきものは見当たらない。壁には何やら奇妙な文字が書かれてるが……。


「うーん、色々調べたいところだけど……とりあえずゴーレムが厄介だね。あれをまずどうにかしよう」

「了解、じゃあ――」

「はいストップ」


 早速対処しようとする壱郎をエリィは手で制し、小声で囁いてきた。


「……配信者の掟! 『コメントは定期的に拾うべし』! 今リアタイしてくれてる人たちは、私たちに読み上げられることを期待してコメントしてくれてるの。つまり、定期的に拾ってあげなきゃ!」

「おぉ、なるほど」


 戦闘力は一級品でも配信者としてはまったくの素人。彼女のアドバイスを素直に聴きいれる。


「今、『剣だけじゃどうにもならない』ってコメントあったよね。通常、ゴーレムは物理が利きにくいから魔法を使うんだけど……魔法が使えない壱郎くんは、いつもどうやって対処してるのかな?」


 若干説明口調みたいな言い回しをするエリィ。その意図をすぐさま察した壱郎は続けた。


「別に魔法がなくたってゴーレムは倒せるよ」

「そうなの?」

「あぁ。誰にだってできる、ごく簡単な方法だ」


 『簡単』という言葉を強調する彼に対し、エリィが満足そうに笑みを浮かべる。

 口には出してないが、『そうそう、そういうことだよ』と言ってるかのようだった。


 つまりこの場は壱郎の見せ所。

 配信を飽きさせないよう、配信映えする戦闘シーンやためになる話を見せる場面なのだ。


:kwsk

:魔法使わなくてもいい?マ?

:ゴーレムは任せてばっかだから、知りたいな

:剣士のワイにも出番がある…ってコト!?


 壱郎のワードチョイスにより、コメント欄も素早く反応していく。


 百点満点の解答できた彼は、根っからの配信者に向いてるのかも――なんて考えてると、いくつかのコメントがエリィの目に入った。


:簡単?ほんとに~?

:簡単(大嘘)

:大丈夫?空気の震動でモンスター倒すような人だよ?


「…………」


 思い返されるのは先程の光景。

 シンプルと宣言しつつ、風圧で倒すといった異次元の攻撃方法をしてみせた壱郎。


 そんな彼の『簡単』という言葉を、はたして信じていいのだろうか?


「あ、あの、壱郎くん? 風圧とか震動とか、そういったとんでもパワーに頼った戦法じゃないよね……?」


 だんだん不安になってきたエリィに対し、壱郎は「あぁ」と頷く。


「今回は震動とかじゃない。ちゃんと科学的根拠のある方法さ」

「…………」


 イマイチ信用できない目で見る。

 そんな視線に気づかず、壱郎は淡々と説明を始めた。


「ゴーレムは物理に強い、という情報は少し間違ってる。こいつらが強いのは斬撃であって、打撃には弱いんだ」


:ほう

:打撃……つまりパワー!

:エリィの【インパクト】みたいなもんか

:やはりパワーは全てを解決する


 解説を始める壱郎に、リスナーたちも次々と反応していく。


「だが相手は岩でできた存在。相手が物体である以上、衝撃は吸収されてしまう」


 ――あれ……なんか意外とまともだな。


 パワープレイではなさそうな彼の言い回しに、エリィも期待が湧いてくる。


「なら、吸収しきれないレベルの衝撃を与えればいいって話だ。実際にやってみよう」


 壱郎が部屋の中に入り込み、1体の眠ってるゴーレムへと歩み寄っていく。

 部屋に入った瞬間、静かに佇んでいたゴーレムの目が赤く光り、ゆっくりと動き出した。


「そもそもゴーレムっていうのは、元々一つの物体から形成されてるわけじゃない。岩と岩をくっつけている状態の身体……つまり繋ぎ目が存在している」

「あっ……繋ぎ目が吸収できる衝撃は、胴体より脆いってこと?」


 とエリィが気が付いたように声を上げると、彼は大きく頷いた。


「そういうこと。つまり、ゴーレムで狙うべきは繋ぎ目……人間でいう関節部だ」

「ほうほう!」


 ――さっきよりいい感じ!


「そしてゴーレムは巨体である故にバランスが取りにくい身体となってる。なので――」


 ゴーレムは攻撃力があるものの、速度は遅い。ゆっくりとした動作で壱郎に向かって拳を振り下ろす。

 壱郎もその動作に呼吸を合わせて、拳を繰り出した。




「なので――まず、腕を破壊します」


 ――ゴキンッ!


「おうちょっと待てや脳筋」


 バラバラになったゴーレムの腕を指さして得意げに語ろうとする壱郎に、エリィが思わず荒い口調でストップをかける。


「? どうした……っとと」


 彼女の言葉に反応しつつも今は戦闘中。素早く蹴りを繰り出し、相手の片足もバラバラにした。

 片方ずつの手足を失ったゴーレムはバランス感覚を失い、そのまま地面へ倒れてしまう。



:知 っ て た

:結局馬鹿力じゃねーか!

:簡単(難易度SS)

:それができたら苦労しねえんだわ

:ゴーレム「!?」

:ゴーレムくん、かわいそう…

:殴って腕ぶっ壊したぞおいwww

:ワイ初見、ゴーレムの腕破壊という頭おかシーン見せられる

:常識がバグる…やめてくれぇ…


「……あのねぇ」


 予想通りというか、期待通りというか。

 あまりの脳筋っぷりの彼を見てコメント欄が大いに盛り上がる中、エリィは思わず頭を抱える。


「途中まで……途中までいい感じだったのに、どうして最後はそうなるのかな……!?」

「え?」

「そもそもゴーレムと正面衝突なんかしたら、衝撃でこっちの腕がイカれるわ!」

「あぁ、別に殴って壊せじゃないんだよ? 例えば鈍器を使用して」

「一緒だわ!」


 まるで「みんなもできるでしょ」と言わんばかりの壱郎だが、エリィのツッコミは止まらない。


「ねぇ、みんなも思うよね!? こんなのできるわけないよね!?」

「いやいや、そんなわけ。Lv.1の俺なんかがやれるんだから、同じくできる奴が一人や二人くらい――」


:できねえよ!

:できねえわ!

:できるか!

:無理w

:無茶言うな

:冒険者職10年のワイ、全力拒否

:よかった、俺だけじゃないんだ…


「あれ……?」

「ほら見たことかっ!」

「でも、ためにはなっただろ?」


:ネーヨ

:ネーヨ

:ならねえよ!

:なってたまるか

:ためにならんわw

:ためになるわけなくて草

:俺らが人外にお見えで?


「あ、あれぇ……?」

「全然ためにならないよ! 壱郎くんのは世界一ためにならない講座だよ!」


 エリィ及び多くのリスナーからの盛大なツッコミにより、ようやく世間とのズレに気がついたようだ。


「うーん……なら、エリィさんも試してみる?」

「試してみる、って……」

「うん、ほら、後ろ」


 この時、エリィはすっかり忘れていた。

 壱郎があまりにも常識はずれな行動をとるものだから、頭から抜け落ちていたのだ。


 ゴーレムが2体いるということを。


「うっ……うぎゃぁぁぁあああっ!?」


 見上げるまで近づいたゴーレムが、エリィたちに向かって両腕を振り下ろすまで秒読み!


 考える暇もなく彼女は背中の大剣を振り抜く。


 ――出力100%!


「――【インパクト】っっっ!!」


 エリィの渾身の一撃がゴーレムの腕を捉えた。

 巨体は大きく吹き飛び、天井に激しくぶつかるとバラバラになっていく。


「はぁっ……はぁっ……!」

「おぉー。ほら、やれるじゃん」


 なんて軽く褒める壱郎だが、息を乱してるエリィはそれどころじゃない。


「こ、これはっ……【インパクト】っていう衝撃波スキル持ちの私だから、できたのであって! そもそも、今のは、全力の一撃必殺だから、連発できないし!」

「だとしてもすごいと思うぞ? 一撃でゴーレムをバラバラにするのは、かなりのパワーが必要だから」

「い、いやいや……そんなの、ねぇ? 私の配信見てくれてるみんななら、こんなの別に――」


:ヒエッ

:こっわ

:推しの怪力がやばい

:壱郎ニキとさほど変わらんくて草

:エリィも十分化物じゃないか…

:流石ごり押し戦法のエリィ

:二人とも一緒のタイプじゃんwww


「おいお前ら? 後で覚えておけよ?」

「エリィさん、口調口調」


 まさかのリスナーからの裏切りによって、エリィの口元がひくついた。

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