第11話 Lv.1、深層の入り口を見つける

 無事ゴーレムを討伐したところで、エリィたちは最奥部の部屋を調べ始めた。


「……うーむ」


 調べながらエリィは呻る。

 立派と言っても過言ではない大ホールのような円形状の部屋。だがその中身は空っぽで、宝箱やアイテムなんてものは一つもないのだ。

 あるのは2体の動かなくなったゴーレムと壁に刻まれているルーン文字。ドローンカメラがその壁を映し、翻訳を始める。


『これは最後の警告である』

『先に進んではならない』

『ジャバウォックの涙を求めてはならない』

『辿る運命は死のみ』

『欲しければ反転の秘宝を使え』

『抜け出せない道を探せ』


「すごいな、最新機種はそんな機能もあるのか」

「いやこの翻訳機能は5年前くらいのモデルから実装されてるんだよ、壱郎くん……」


 映し出された和訳に感心している壱郎を見て、エリィの呆れた声。貧乏生活を送っていたから仕方ないとはいえ、彼には色んな意味で常識が抜け落ちている気がする。


「それにしても……よくわからない文だね。ここ行き止まりだし、『抜け出せない道』ってなんだろ。壱郎くん、わかる?」

「さぁ……皆目見当もつかないな」


 翻訳された文の中のキーワードは『ジャバウォックの涙』、『反転の秘宝』、『抜け出せない道』。


「多分、この先に『ジャバウォックの涙』っていうアイテムがある。その為には『反転の秘宝』を使って『抜け出せない道』を見つけること……合ってるかな?」


:多分そう

:そんな感じだと思う

:ワイもそう思います

:『反転の秘宝』って品川ダンジョンにあるらしいマジックアイテムじゃね?


「あぁ、『反転の秘宝』はもう情報があるのね。ありがとっ」


 有識者のコメントを拾い、早速検索してみる。

 するとキーワードはすぐにヒット。どうやら砂時計の形をしているマジックアイテムらしく、対象物の特徴を反転させる効果があるらしい。


「なるほど、名称まんまのアイテムか……じゃあ次は『抜け出せない道』か」


 と、シンキングタイムへ入ったエリィから離れた壱郎は部屋周辺を見回す。


 ――考えるのは苦手だし、俺は俺のやり方で探してみるか。


 カメラの視界に入らない位置まで移動。床に手を当てる。


 ――【探知】。


「うーん。抜け出せない、抜け出せない……一方通行ってことかな?」


:扉があるんじゃね?

:反転が必要ってことは、今こっちからは侵入できないってこと?

:どこか透過する壁があったり?


「あぁ、透過する壁! そうか、透過する壁がこの部屋の何処かにあるんだけど、今はこっちに透過できてない状態。それで『反転の秘宝』が必要ってわけだね!」


 ――ん?


 エリィがリスナーと共に推理していく中、壱郎はとあることに気が付く。

 この部屋の下……円形状となってる床の一部の下に、が存在していることに。


「じゃあ透過する壁を見つけなくちゃなんだけど……それらしい壁なんてあるかなぁ?」


:一つ一つ調べてみるしかないんじゃね

:叩いてみれば?

:どっかに目印があるとか


 ――うん、ここだな。【液状化】。


 床の溝となる部分を見つけ、右手を液状に変化させる。

 溝をなぞっていくと……やはりこの床の一部の円形がくり貫かれていることが判明。


 ――蓋になってる……ってことなのか?


「目印、目印……そんなものあったかな。てか、目印ってどんな目印なんだろ」


:さぁ?

:☆マークがついてるとか?

:そ れ だ

:☆!☆を探すんだエリィ!

:もしかしたら♡かもしれない

:エリィからの♡は欲しい

:すみません、最後の文を英訳にしてもらえませんか?


「……ん? 英訳?」


 一方、エリィサイド。コメント欄がふざけ始めた中、とあるコメントが彼女の目を引いた。

 言われるがままに再び壁を映し出し、英訳に設定する。


「えっと、『Find a go down the rabbit hole』……え、ラビット? うさぎ?」


:お?

:お?

:おっと?

:あ、やっぱり。最近の翻訳機能は進化してますね。

:もしかして有識者きちゃ?


 表記された文章の和訳は『抜け出せない道を探せ』だった。うさぎなんてワードはどこにもなかったはずなのだが、とエリィが首を傾げる。


:"Go down the rabbit hole"というのは『抜け出せない道』って意味があります。童話から得た単語ですね。

:へー

:へー

:これは有能


「そういうことね……ん、あれ? その童話、知ってるぞ?」


 世界的に有名すぎる童話。うさぎの抜け穴に落ちた主人公が不思議の国へ迷い込むという……。



:意訳ではなく直訳すると『うさぎの抜け穴を探せ』。つまり、この部屋の床自体が『抜けない道』なのではないでしょうか?



「……っ!!」


 エリィの全身に電流が走った。


:有識者きちゃあああああ!

:あれ、これ正解なのでは

:おいおいおいおい

:SUGEEEEEEE!

:そ れ だ

:絶対正解だわそれ

:あぁ、だから『反転の秘宝』で重さを無くすのか

:すげぇ、マジですげぇ


 リスナーからの名推理にコメント欄が加速していく。


「す……すごいすごい! それだ! ありがとうっ!!」


 謎が解けたことでエリィも嬉しくなり、声を弾ませながら後ろを振り向く。



「ねぇ聞いた壱郎くん!? この床に抜け穴が――!」

「よいしょっと……」




 振り返った先で見たのは……涼しげな顔で巨大な床の蓋を持ち上げてる壱郎の姿だった。


:草

:草

:!?

:いや草

:えぇ…

:なにしとんねん

:さっきから姿見えないと思ったらw

:絵面強すぎて草

:草ァ!

:おい推理しろよ

:なんでも物理で解決するな


「……ん? どうした?」


 阿鼻叫喚のコメント欄、及び口をあんぐり開けてしまってるエリィを見て壱郎が首を捻る。


「はぁ………………あのねぇ、壱郎くん」


 深いため息をついたエリィは大きく息を吸うと……盛大なツッコミを入れた。



「――謎解きを無視してっ! 謎を解くなぁぁぁぁぁっ!!」


:草

:正論www

:そうだそうだ!

:俺たちの時間を返せ

:エリィかわいそう

:この文掘った人もかわいそう

:有識者ラビットニキもかわいそう

:頑張って閃いたのに…自分、泣いていいですか…?

:ラビットニキ; ;

:っハンカチ

:( ´・ω・)っハンカチ

:ラビットニキ、涙拭けよ…


「えーっと……なんか、ごめんよ?」


 別の意味で加速しているコメント欄に、壱郎はとりあえず頭を下げる。


「壱郎くんといるとツッコミが止まらないよ……んまあ、いいや。で、どこまで繋がってるの?」


 ひょいっと穴を覗き込むエリィ。底は見えず、どこまでも続いているかのようだ。


「……これ、第4階層じゃないよね? もっと下じゃない?」


 明らかに深すぎる穴にエリィが訊くと、「あぁ」と壱郎が頷く。


「今さっき探知してみたんだが200m

「えっ……200m? 200m下って、今言った? それって……」

「あぁ、ふじみ野ダンジョンの最下層よりも遥か下――ってやつだな」

「………………マジ?」


 深層ダンジョン。

 そこにいるのはAランクモンスターが当たり前のように徘徊している層で、素人冒険者なら即死レベルだろう。


:え

:え、まじ?

:やばくね

:世紀の大発見じゃん

:ガチ?

:これ、ギルド協会に報告した方がいいんじゃね?


 本来、ふじみ野ダンジョンとは推奨Lv.35のダンジョン。初心者向けとも呼ばれてるダンジョンに深層が存在している――それだけで大騒動になりそうな事実を、彼らは今知ってしまったのだ。


 エリィの額に一滴の汗が流れる。


 これ以上はヤバい――本能が彼女の中で警告音を鳴らしていた。


「……閉じよう、壱郎くん。これは準備なしに入っていいもんじゃない」

「だな」


 壱郎も深層のヤバさは実感しているようで、素直に頷くと蓋を閉じる。


「えーっと……みんな、ちょっと早いけど今日の配信はここまで。これ以上の攻略は準備しないとダメだ」


:そうだな

:せやな

:これは賢明な判断


 エリィの言葉にリスナーたちも納得しているかのようだ。『今から入れ』だなんてコメントがないことにほっと胸を撫で下ろした。


「次回は深層攻略するのか、考えとく。それまで待ってて」


:おk

:おk

:よしきた

:無理はしないでくれ

:次の配信、火曜日だっけ?楽しみ!

:火曜日まで待ってる

:これは火曜日が楽しみになってきた


「……あー」


 リスナーたちが盛り上がる中、エリィは少し言いにくそうに口を開く。


「ごめん、確かに私の次の配信は火曜日なんだけど……冒頭で紹介したとおり、壱郎くんは土日限定のメンバーってことだから。次の攻略は来週……かな」


:え

:え

:え

:そんな!?

:一週間も待たなきゃいけないの!?

:壱郎ニキ平日ダメなん!?


「ほんとごめん! それじゃ!」


 コメント欄が悲鳴で埋め尽くされる前にエリィは配信を切った。

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