第9話 Lv.1を1万人が見ている

 さて、今回の配信目的である未開拓エリアへ到着した二人。

 本当はここに到達するまでに、早くても2~3時間はかかる予定だったのだが……思いもよらぬ楽々道中のせいもあり、僅か30分ほどで着いてしまった。


 時間をかけて壱郎の凄さをカメラに映すつもりだったエリィだが……もうその必要はないだろう。壱郎の規格外な強さは、この短い時間で嫌と言うほどわかってしまったのだから。


「ここからは未開拓エリアだから慎重に行こう。ヤバいと思ったら、即退避だ」

「いや、壱郎くんに言われても説得力がなぁ……」


 呆れた目でエリィが壱郎の横顔を見つめる。

 だが警戒するのは間違いではない。ここはダンジョン。推奨Lv.35だろうが、未知の存在が襲い掛かってくる場所なのだ。


 エリィが見つけた横穴は確かに周りから見えづらいものだった。ちょうど岩の陰に隠れるように掘られていて、3mほどの幅の道が真っ直ぐ進んでいる。


「じゃあ出発する前に……」

「?」


 壱郎がその場にしゃがみ込むと、地面にそっと手を当てた。


 ――【探知】。


 瞬間、壱郎を中心とした半径1km内の生物反応が彼の脳内に流れてこんでくる。


「……うん、よし」


 【探知】を終えた壱郎がくるりとエリィへ振り返った。


「今【探知】したんだけど、ここから1km以内に敵の集団はいないようだ」

「ちょっ……!」

「本当は単体で動いてる反応を排除したいところだけど、できるだけ接敵しないように――むぐっ?」


 スラスラと状況説明し始める壱郎だが、その口は途中でエリィによって抑えられてしまう。


「はい待った。ちょーっと待とうか、【超パワー】くん?」


 ニコニコと笑みを浮かべるエリィ。が、その目が笑ってない。


:探知?

:Lv.1で探知使えるの?

:1km探知したってマジ?

:なんだそのぶっ飛んだスキル


「ほら、壱郎くんがいきなり隠し玉出してきたから、みんな困ってるー。それも【超パワー】の一種、なのかな? ……かなぁ?」


 コメント欄を見せつつ、何か合図を送るようにわざとらしくウインク。

 ここで壱郎は自分の失態に気がついた。


「あぁ……そうそう、【超パワー】の一種。神経を研ぎ澄ませば、僅かな振動……つまり相手のパワーを探知できるんだ」


 壱郎はスライムバレするわけにはいかない。故に嘘のユニークスキルの適当な言い訳で誤魔化しておかねばならないのだ。


:ユニークなら仕方ない

:ユニークは変異していくからな

:はえー便利

:超パワーってすげー()


 壱郎の一言で流れていく納得のコメントを見て、彼はほっと胸を撫で下ろす。

 そして攻撃的なコメントが極端に少なくなってることにも気が付いた。おそらくさっきの戦闘を見せられ、何も言えなくなってしまったのだろう。


「んで、1km以内に敵が複数で固まってるのは見当たらないんだよね? マッピングとかもできる?」

「まあ……簡単になら」


 と、壱郎が胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出して簡素な地図を描いていく。


「最奥部は……おそらくここ。円形の大広間みたいになってて、二体のモンスターがいる。ただ、さっきから動いてる気配がないんだよな」

「うーん……もしかしたら、動かないんじゃなくて守ってるのかも? ほら、ゴーレム系統は守護する目的に作られたモンスターじゃん?」


:ゴーレムの可能性はあり得る

:最奥部に何かアイテムがあるのかもしれない

:動かないのなら既にタヒんでるのでは?

:なんかダンジョンっぽくない地図だな


 コメント欄も交えて作戦会議していく。こうしてエリィやリスナーたちと共に攻略をしていくことに、壱郎は何処か新鮮味を感じていた。


 未知の領域という恐怖はあるが……全てが自己責任になるのがダンジョンの掟。なにより配信主であるエリィが行きたくて仕方なさそうだった為、二人は細心の注意を払いつつ最奥部を目指すことにした。



「……えっ」


 その最中……エリィがコメント欄を見ると、ピタリと足を止めてしまう。


「? どうした?」


 壱郎も首を捻りつつコメント欄を見てみると……。


:同接1万!

:1万越えた!おめでとう!

:[\3,000]うおおおおおおおおお!エリィ最強!エリィ最強!

:やべー配信がされてると聞いて、飛んできました

:初コメ。なんで隣の男はLv.1なの?

:同接1万www勢い止まらんぞこれwww


「同接ってなんだ?」

「同時接続者数の略……つまり、今、私たちは1万人から見られてるってことだよ……」

「ふーん……それってすごいことなのか?」

「すごいよ! 十分すごいよ!」


 配信を視聴しないので基準がわからない壱郎が訊いてみると、エリィがやや興奮気味に話し出す。


「だって私の配信って、平均同接が大体1,000から1,500、最高でも同接3,000だよ!? いつもの10倍以上の人が観に来てくれるだなんてすごいよ!」


 トップの企業配信者からしたら、同接1万は大した数字じゃないかもしれないが……エリィは完全個人勢。1万を越えるだなんて、彼女にとっては夢のようなのだ。


「私たち、それほど注目されてるってこと! これは期待に応えないと!」

「……張り切るのはいいことだが、あんま無茶はしないようにだよ?」

「わかってるって。油断はしてないよ」


 歩くこと数分。そろそろ最奥部に近いところまで来ていた時、ふと先頭を歩いていた壱郎が小さく手を挙げた。


「待った……いるな」

「へ?」


 警戒モードとなる彼だが……エリィの視界にはモンスターの影など見当たらない。


:何もいなくね

:いないぞ

:見えないんだが?


 カメラ越しに見ているリスナーも疑問の声が上がる。


 壱郎は黙って小石を拾うと、進行方向に向かって投げてみた。

 カツーンと音を立てながらバウンドした時――天井から降りてきた小さな影が一斉に小石へ群がっていく。


「レッドバットだな。数は計5体」

「えっ……よく気付いたね。レッドバットって、相当見つけにくいモンスターだよ?」

「ん? いや、普通に見えなかったか?」


:普通見えないぞ

:見えねーよ!

:見えるわけなくて草

:目の中に暗視スコープでもつけてんの?

:冒険者歴10年目のワイ、震撼。数メートル先のレッドバットを素で見つけられるとか、頭おかしい。


「うんうん、みんなツッコミありがとう。私も同じ気持ちだよ」

「えぇ……?」


 次々と流れるコメント欄に壱郎が困惑する。自分の能力が異次元に達していることにまだ気が付いてないらしい。


「どうしよっか、突っ切る?」


 レッドバットはEランクモンスター。集団で襲い掛かってくるし、罠は全て躱されるという厄介さはあるのだが、パワーそのものは弱い。普通に走り抜けるだけでも脅威はないのだ。


「いや……せっかくだから倒そう。多分冒険者でもレッドバットの対処法を知らない人がいるだろうから、それを教えようかなと」

「おっ、いいね。私も教えてもらおうかな」


 配信映えしそうなことを始める壱郎にエリィが楽しげな笑みを浮かべる。

 エンターテイナーは楽しませなければならない。こういった豆知識コーナーも、リスナーにとって求めているものの一つだ。


「あっ、魔法とかなしだよ? その対処法なら知ってるし、私みたいに魔法使えない人もいるんだから」

「うん、魔法は使わない。使うのは拳だけ」

「ほほう、殴るの?」

「そうそう。方法も至ってシンプルだ」


 確かに殴るだけなら誰でもできそうだ。


「まず、相手との距離は測らなくていい。『いそうだな』と思うところを把握する」

「うんうん」

「次に狙いを定めた場所に向かって拳を固める」

「うんうん……うん?」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた解説に、エリィは嫌な予感がした。


「そして……一気に打ち抜く!」


 ――【伸縮】+【衝撃波】!


 ドンッと凄まじい音が響き渡り……天井からレッドバットたちが雫のように落ちてきた。ついでに小石もパラパラと落ちてくる。


「はい、これで終わり。空間そのものをぶん殴って、その衝撃波をレッドバットにぶつけるだけ。いくら超音波に長けてるあいつらでも、空間を震動させる攻撃からは逃げられないってことよ」


 と解説する壱郎は『ね、簡単でしょ?』とでも言いそうな口調だが……。


「……うんうん。あのね壱郎くん」

「ん?」


 と、しばらく黙っていたエリィが笑みを浮かべてコメント欄を指さす。


:ヒエッ

:ヒェッ

:ヒイッ

:こっわ

:!?

:なんすか今の

:え

:お前は何を言ってるんだ

:マジで何したのかわからん

:簡単…?

:どういうことだってばよ

:控えてに言って異次元です

:できねぇよwww


 怒涛に流れてくるコメントに便乗し、エリィもありったけの声を張り上げてツッコミを入れた。


「――そんなん、誰もできないからぁぁぁっ!」

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