第6話 Lv.1と人気配信者の共通点

 駅の喧騒から離れ、店を出て歩くこと数分。やってきたのはやや新しめのマンションだった。


 最上階の5階までエレベーターまで昇り、エリィが向かったドアの隣には『503』という鉄プレートが壁に嵌め込まれている。


「お邪魔します……」

「どうぞどうぞー」


 少し緊張してしまう壱郎に対し、エリィは気軽そうだ。


「おぉっ……」


 廊下を抜け、部屋に入ると……思わず感嘆の声を上げてしまう。


 まず目に飛び込んできたのは本棚に敷き詰められた大量の本。比較的新しい本もあれば古く分厚い背表紙の本など、様々な本が不揃いに並んでいる。本棚の目の前にはL字のソファー、そして壁際に大きなテレビディスプレイ。

 そして余ったスペースに置かれた大きなテーブルの上には、様々な資料が散乱している。


 部屋の大きさは15帖ほど。壱郎が住んでいるワンルームの3倍以上は確実に広い。


 だが、配信者には必需品とも言えるPC環境が全く見当たらない。テーブルの上に小さなノートパソコンがあるのみ。


「あぁ、配信部屋はあっち」


 不思議そうにキョロキョロと見回す壱郎に気が付き、エリィが奥を指さす。

 カウンターキッチンの隣、左奥には更に小さな部屋があった。


「基本的にこのマンションは防音製が高く、あっちの部屋は窓がないからほぼほぼ完全防音。結構大きな音を立てても響かないようになってるの」


 得意げな顔をして説明をするエリィ。どうやら、このマンションは配信者にうってつけの環境らしい。


「どう? 感想は?」


 と訊かれたので、壱郎は少し考えてから率直な意見を述べることにした。


「なんか……生活感ない部屋だな」


 そう、違和感があったのはPC環境のみではない。確かに部屋は広いのだが生活に必須と言える家具が全く見当たらず、ここで住んでいる様子がないのだ。


 壱郎の一言に、エリィは頷く。


「当然、だってここは冒険者エリィとしての拠点だもの。ソファーでもなんでも寝れればそれでいいの」

「えっ、じゃあ君の家は……」

「うん、別のとこだよ?」

「……すごいな。金持ちじゃん」


 まさかこの部屋を配信の為だけに買ってるだなんて、お金のない壱郎には想像できない。これが登録者数8万人の配信者の力なのだろうか。


「いや、このマンション自体は結構安いよ? 私だけじゃなくて、他の配信者や冒険者も仕事用として買ってると思うけど」

「え、そうなの? この広さで安いの? マジ?」

「知りたい? 安い理由」


 エリィは部屋の奥まで行き、「こっちこっち」と窓の方で手招きする。

 言われるがままにふと窓を見てみると……もう薄暗くて見えにくいが、近くにあるのはぽっかりと空いている大穴。


「『ふじみ野ダンジョン』。ここってほぼ危険区域内だから、普通の人は住みたがらないの。で、冒険者を職業としてる人向けに安くなっているってわけ」

「あ、そういうこと」


 おそらくダンジョンが出現するより前にこのマンションは建てられたのだろう。でないと、こんな売れない環境下で建設なんてしないはずだ。


「とりあえずソファー座ってて。んーと……ココアでいい? インスタントだけど」

「え、別にいいよ。そんなお気遣いなく」

「そういう様式美いいから。私は今、飲めるのかって訊いてるの」

「……まぁうん、飲める」


 やはり壱郎がエリィに抱く印象は間違ってなかった。何が何でも自分の意見を通すような強い意志を彼女から感じる。


「お待たせ―、どうぞー」


 程なくしてココアが運ばれてくる。


「……うま。超うま」

「え、そんなに……? これ、インスタントなんだけどな……?」


 一晩でハンバーガーもココアも口にできるなんて、壱郎にとっては贅沢そのものである。なんなら明日死ぬのではないかと若干不安になってくるくらいだ。


「さてと――」


 閑話休題。エリィはカップを小さな丸テーブルに置くと……突然、壱郎に向かって頭を下げてきた。


「さっきはごめん。私の配慮が足りなかった」

「へっ……?」

「あなたが周りからどんな風に見られてるのか、考えてみればわかるのに。なんでもレベルで判断しちゃう人って、どこにでもいるよね……」

「えと、ごめん、ちょっとストップ」


 まさか謝罪されるとは思わず、困惑する壱郎は手を挙げる。


「謝ってくれるのは嬉しいけど……別に仕方ないことだし、謝らなくてもいいけど」

「? 仕方ないって?」

「いやだって、俺って実際Lv.1だし。ああ言われるのが普通じゃない?」


 なんて言い出す彼の顔をエリィがびっくりしたように見た。


「なに言ってんの、普通なわけないじゃない。そりゃ、戦闘面は人のレベル数値で向き不向きっていうのはあるから仕方ないけど……他のことでも優劣を決めるだなんて、道徳観のない最低な人がすることだよ」

「……えーっと、君は俺のことをバカにしないの? Lv.1なのに?」


 恐る恐る訊き出す壱郎に、エリィは大きく頷いた。


「当然。Lv.1って以前に――あなたは等しく人間。私となんの違いもないじゃん」

「…………」


 壱郎が驚いたのは謝罪してきた内容じゃない。

 Lv.1である彼に対して、頭を下げてきたことに驚いたのだ。


 壱郎は思い出す。

 どんなに相手が悪いことをしてきても、今まで何度も言われてきたことを。


『Lv.1なんかに頭下げられるかよ』


 その言葉に、周囲は誰も否定してこなかった。


 レベル数値こそ正義。レベル数値こそ人間的価値。最底辺の壱郎が同等に見られるわけがない――今までそう思ってきた。


 だが、目の前にいるエリィは違う。

 彼女は壱郎をレベルで判断しない。等しく扱ってくれる人である。


 そんな人――彼は今まで出会うことがなかった。


「それにね――他にも共通点はあるの、私たち」

「……?」

「右腕の肌、見せてくれない?」

「え、うん、いいけど」


 エリィの不思議なお願いに疑問を抱きつつも、ワイシャツを捲くって見せる。ごく普通の腕だ。


 別になんの面白みもない腕なのだが……エリィはふと壱郎の腕を触ってきた。

 急なスキンシップに思わず身が硬直する。


 ――女性って、腕触るのに抵抗ないの?


 確か女性というのはスキンシップが多いということをよく聞く。だが、異性にも同じことができるのだろうか。


 ドギマギしてしまっている壱郎の気持ちを知らないエリィは、少し触った後ふと呟いた。


「ふぅん……いつもは普通なのね。戦う時のみスライムになるのかな?」

「――!」


 その彼女の言葉に――壱郎は別の意味で身を硬直させた。


「見たのか?」

「この前、助けてもらう時にちらっとね。一瞬だったけど」

「……そう、か」


 こっちの方が壱郎にとってはショックだった。


 自分がLv.1であり、みんなから蔑まされてきていることにはもう動じないが……このスライムの身体は異常そのもの。誰にも教えることなく、今まで隠してきたものだったのだから。


「あぁ、安心して。この前の配信確認したけど、カメラの角度のおかげで全然映ってなかったから。私以外の誰にもバレてないよ」

「……君は驚かないの? 俺、モンスターみたいな身体してんだよ?」


 これは先程のレベル格差とは全く違う問題。壱郎の身体そのものがモンスターと遜色変わりないという、傍から見れば化け物だ。


 それでもエリィは頷いた。


「うん、だから一緒なんだって」

「……?」


 と。

 彼女は急にくるりと背を向けたかと思うと――不意に背中ファスナーを下ろし始めた。


「ちょっ――!?」


 山田壱郎、彼女いない歴イコール年齢。

 故に、突如背中を見せてくる女性に動揺を隠し切れなかった。

 ……いや、もし仮に彼女がいた経験があったとしても、誰だってエリィの行動に動揺するとは思うが。


 ――女性って、背中見せるのに抵抗ないの?


 だが、その考えも一瞬で吹き飛ぶ。


 何故なら――小さな彼女の背中に、普通生えないものが生えていたのだから。


 バサリと右の肩甲骨から漆黒の羽が広がる。

 だが羽毛はなく、コウモリの翼膜のような翼。


 今の彼女を見たとしたら、ほとんどがこう答えるだろう。


 『片翼の悪魔』――と。


「私はね、を捜してるの――この身体の呪いを解くために」


 チラリと壱郎を見る。

 その流し目のような視線と今の背中を晒しているポーズが相まって、彼は鼓動がドキリと高鳴った。



「山田壱郎くん――私と一緒に配信者、やらない?」



――――――


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