第5話 Lv.1はジャンクフードの味を知らない

「ハンバーガー2つで」

「かしこまりました!」


 壱郎が連れられてきたのはファーストフード店だった。

 日はすっかり沈んでいるが、店内と店員の笑顔は明るく二人を出迎えてくれる。


「あ、私が出すよ。無理矢理連れてきたわけだし」


 慌てて財布を取り出した壱郎を見てエリィが手で制す。

 女性に奢ってもらうというのは男としてどうかと思っているが……彼女の芯の強そうな態度からして絶対折れなさそうだなと判断し、それ以上は何も言わないでおいた。


 ド平日の水曜日ということもあり、店内はガランとしている。駅チカという立地なのに学生たちの姿も少なめ、家族でのグループやカップルなどなど……指で数えられる程度の人数だ。


「さて」


 席に着いたエリィは改めて壱郎を真正面から見つめると……深々と頭を下げてきた。


「あの時はありがとう」

「……え?」

「あの後、バタバタしてて言えなかったからさ。お礼はちゃんと言っておきたかったんだ」

「あ、うん……」


 曖昧な返事をする壱郎。彼女は少し怪訝そうな顔をするが、すぐに笑みを浮かべる。


「早速本題に入りたいところだけど……その様子だと、なにか私に質問があるみたいね?」

「うん、まあ……三つくらい」

「はい、どうぞどうぞ」

「俺たち、会ったことあったっけ?」

「顔すら覚えられてなかった!」


 まさかの初歩的な質問に思わずツッコミを入れてしまうエリィ。


「え、本当に覚えてない!? ガチで!?」

「……えーっとぉ」

「あ、マジの反応ねそれは! ほら、川口ダンジョンで助けてくれたじゃない! Sランクモンスターから!」

「………………あぁー」


 ダンジョン名を言われ、ようやく壱郎が手をポンと打つ。


「あの時のファンキーな見た目の子か。うん、一度見たら忘れないよ、その見た目」

「……今さっきまで忘れてたじゃん」

「うんうん、忘れない」


 ジトっとした目で見られ、それっぽく誤魔化す。……誤魔化せているかどうかはさておき。


「じゃあ二つ目の質問。俺に会いに来てくれたみたいだけど、君に会社名や個人情報を教えた覚えはない。どうして場所がわかったんだ?」


 これ以上深堀りされても困るので話題を変えると、彼女は得意げな顔をした。


「あなた、ちょっとした有名人みたいだね。私の動画を観て、SNSであなたを特定してた書き込みを見つけたの」

「有名人……?」


 はて、と首を傾げる。

 確かにLv.1という人は壱郎以外に見たことがないが……自分が有名人になった覚えはない。誰かに噂されるようなことなんてなかったような気がするのだが……。


 と、それより気になる発言が今飛び出した。


「三つ目の質問、変更。今動画って言った? あれ、動画サイトに乗せたの?」

「乗せた、というより配信中だったの。私も途中まで忘れてたけど」

「あぁ……なるほど。君は配信者なのか」


 言われてみれば……あの時、ドローンカメラが周りを浮遊していたことを思い出す。

 意図的に壱郎を撮ったものではなく、配信中に壱郎が割り込んできた――そうなれば、彼女に悪意なんてないことは明白だろう。


 彼女の身分が明かされたところで、それ以上壱郎から質問することはなくなった。


「まずはハンバーガーが冷めないうちに食べよっか。ほら、私が奢った理由はわかったでしょ? あなたもそう警戒しないで」

「あぁ、うん……」


 壱郎は別に警戒してるわけじゃない。


 ――ハンバーガーって、どうやって食べるんだっけ?


 ハンバーガーなんて数年近く食べることができなかったので、食べ方がわからないだけだ。


包み紙を半分だけ開けてもう半分を持ち手にして頬張るエリィを見てから、壱郎もそれに倣う。


「……え、うま。なにこれ、超うまっ」


 一口頬張った瞬間、壱郎から出た感想。あまりの美味しさに衝撃が走ったような感覚を覚える。


「え、普通のハンバーガーじゃない……? いや、美味しいは美味しいんだけどさ」

「いや、久しぶりに食べたら美味しく感じるってよく言わない?」

「まあ確かにそうは言うけど……随分とオーバーリアクションね……」


 エリィは知らない。彼が言う『久しぶり』とは10年以上も前の話ということを。


 味がしっかりついている、油がある、肉がある――普通に生活していれば多少なり得られるものが、壱郎にとってなにより貴重なものだった。


「私としては味が濃いビッグバーガー派なんだけど……あなた、普段の料理は味薄めな感じ?」

「えぇと……まあ、そんな感じ」


 味がないというか、ほぼ無味というか。


 壱郎がスライムの身体となってから食べてるものと言えば……ダンジョンに生えてる正体不明の草やキノコ、木の実。以上。


 正直味は超薄い。スライムがあまりにも食べた気がしないから食感目的で食べてるもので、そもそも人が安全に食べられるものかどうかすら不明だ。


 そんな正体不明の食物を問題なく消化できる今の身体に、壱郎は静かに感謝した。


 とはいえ、こんなドン引きエピソードを素直に話すわけにもいかない。彼は曖昧な返事で誤魔化しておくことにする。


「あぁいや、こういう味があるのも好きだよ勿論。これなんか味濃くてすごく美味しいもん。うん」

「……もし今度食事する機会あったら、焼肉いこっか」


 ハンバーガー一つでここまで感動できる壱郎を見て、謎に母性本能をくすぐられてしまったエリィ。彼にはもっと美味しいものを食べさせてあげたいという気持ちが溢れてきてしまう。


「っていうか、本当に私が誰かわかんなかったの? あ、いや、エリィって名前と容姿で。自分でも言うのもなんだけど個人勢の冒険配信者の中で登録者数8万人っていう、結構上位に入るくらいなんだけど……」


 そっと周囲を見回しながらエリィが再確認する。白黒髪の彼女はその場にいるだけで目立っているのだろう、さっきからチラチラとした視線を感じているのだ。

 対して壱郎は何も感じてない風に顎に手を当てて記憶を辿る。


「エリィ、エリィ……うーん、動画サイトは基本的に観ないからなぁ……名前だけ知ってるとしたら『淡色の魔女パステルウィッチの魔里奈』くらいしか……」

「思いっきり企業勢のトップじゃん、彼女。そうか、動画サイトを観ない人からしたらそんくらい目立たないといけないのね……参考にさせてもらおっと」

「でも、キミも負けないくらい目立ってると思うよ? 横半分が白髪の子なんて初めて見たもん」

「いやこれ、染めてるから! 地毛なわけないでしょ!」

「あ、そうなのか」


 ボケなのか、それとも天然なのか。イマイチ掴みづらい壱郎の印象は、エリィから見ると『変わった人』だった。


「で、話っていうのは?」

「あぁ、えーと……」


 と。


「――ねぇ、あれ見て」


 ペースを乱されながらも本題に入ろうとすると、後ろからコソコソとカップルの話す声が聞こえてくる。


「あの人、Lv.1だって」

「え、マジじゃん。ある意味レアじゃね?」


 ひっそりと聞こえてくる会話に、エリィはドキリとして壱郎の頭上を見る。


【山田壱郎 Lv.1】


 後ろの二人の言う通り、彼の頭上にはステータスが表記されていた。


「や、山田さん!」

「? 名前でいいよ、さん付けもいらない」

「じゃあ、壱郎くんっ! ステータス、ステータス!」

「? ……ステータスが、どうした?」

「消し忘れてるよっ! 早く隠さなくちゃっ!」


 ダンジョン内では必ず表記されるステータスだが、街中では非表示にすることができる。

 というか、非表示にしておかないと個人情報を晒してるようなものだ。


 慌てて教えるエリィだが……壱郎は特に気にせず、「あぁ」と相槌をうつ。


「俺はできないんだ。非表示」

「………………へ?」

「前に調べてみたんだけどさ、ある程度のレベルに達しないと非表示機能が解放されないらしいんだよ」

「なっ……!?」


 知らなかった。

 エリィがステータスが表記されるようになってから、念じれば普通に非表示できていたので誰でもできるものだと思っていた。


 だが……壱郎はできない。

 永遠にレベルが上がらないLv.1では――非表示ができないのだ。


 ――そんなの……そんなの、まるで晒し者みたいじゃない……!


 深刻なシステムの欠陥に愕然としていると、後ろのカップルの会話が続く。


「でも私、Lv.1はゴメンかなー。社会的価値なさそうだし」

「確かに。一桁台のレベルだったら、俺、会社クビになってるもん」

「可哀想……あの人の見た目からして、私たちの年上じゃない? もう将来も明るくないかも……」

「俺たち、レベル低めだけど結構幸せなんだな……明日からも頑張れそうだわ」


「…………」


 聞こえてくる内容に、エリィの口は自然と噤んでいた。


 よくよく見てみれば……視線はエリィというより壱郎の方に向いている。彼が有名だというより、彼のステータスが目に付くのだろう。


 ――Lv.1という、今の時代において最底辺を象徴する数値が。


「うん? どした?」

「……場所」

「ん?」

「場所、変えよっか」

「へっ? 変えるの?」


 予期せぬエリィの提案に壱郎は目を丸くする。

 そんな彼に構わず、残っていたハンバーガーを丁寧に包み直したエリィは席を立ちあがった。


「ここから少し歩くけど、いい?」

「いや、俺は別にいいけど……ここじゃダメなん?」

「うん、ダメになったの。たった今」


 そう言って店内をぐるりと見回す。

 彼女の視線を感じた周囲がさっと目を逸らした。


「急にごめんね。今更だけど予定とかない?」

「あー……特にないから大丈夫大丈夫」


 本当はサビ残する予定があったのだが、彼女が連れ出してくれたおかげでそれもなくなってしまった……サビ残を予定に入れてる時点で、彼は社畜にすっかり染められてしまっているわけだが。


「でも行くって、どこに?」


 と訊いてくる壱郎に、エリィは笑みを浮かべた。


「決まってるじゃない――私の拠点だよ」

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