第4話 Lv.1は連れられる

 季節はすっかり春を告げる桜が満開になる頃。


「おい山田! 早く仕事やれや!」

「はい!」


 世間は新入社員やらフレッシュな気分の中、今日も壱郎はこき使われていた。

 部長の黒崎が苛立った表情で睨みつけてくる。


「新人が入ってきても使えねーなーお前はよー! 真面目に仕事しろってんだよ!」

「はい、すみません!」


 恒例の壱郎いびり。

 こんな態度を取られて十年目。すっかり慣れてしまった壱郎は即座に謝罪する。……ただし、彼は無感情を徹底している。


 この程度のことで喜怒哀楽しては疲れるだけ――レベル格差社会の最底辺にいる壱郎はどんなに嫌味な態度を取られても「仕方ないこと」として認知し、他人の言葉にはなんの感情も揺れないレベルの境地まで達していた。


「チッ……わかったら、さっさとゴミ拾いしろや役立たず!」

「はい!」


 そんな壱郎の態度が気に食わないのか、黒崎は舌打ちと共に指示を出す。壱郎の脛を蹴ることも忘れてない。

 立派なハラスメント行為だが……スライムの身体となった壱郎にとっては全く痛くないので特に何も言わずにいる。


 壱郎の扱いを見て不安げな表情を浮かべる新入社員に、他の社員が手をひらひらさせる。


「あぁ、気にしなくていいよ。あの人、君たちより全然使えないから」


 なんて軽く言ってるのは三年目の社員。一応、壱郎の後輩だ。


 彼も最初の頃はゴミ扱いされる壱郎を見て心を痛ませていたが、二年目にはすっかり周囲と同じ態度を取るようになっていた。

 今まで出会ってきた人たちも同じように変貌していく。彼だけが例外というわけでなく、むしろ壱郎を普通の人として見てくれる方が珍しすぎるくらいだ。


 多分一年後にはこの子も同じようになってるんだろうな――なんて考える壱郎。


 時代はレベルこそが全ての世界。Lv.1の壱郎が迫害されることなんて、今に始まったことじゃないのだから。

 これは信用してないというわけじゃない。必ずそうなるということを受け入れているのだ。


 ――それにしても……今日の黒崎部長、一段と機嫌が悪いな。


 チラリとヅラを着けている後頭部を見つめる。

 いつもより罵倒が多い、暴力が多い、苛立ってる仕草が多い。いつも4月になると、「お前ら、こんな風になっちゃダメだぞ?」と壱郎を指さして新人に上機嫌で語りかけるのだが……そんなことも言わない。


 ……そして。


 ――ミスが多い。


 壱郎は気づかれない距離から隠し持っていた砂利を指で弾く。

 部長の背後まで差し迫っていたハイゴブリンの目に見事命中し、ハイゴブリンは思わず後退した。


「部長!」


 ――いや、遅いって。


 ワンテンポ遅れて別の社員が対処に当たる。怯んだハイゴブリンに向かって剣を突き立てた。


 これで17回目。危ない場面がある度、壱郎が隠れてフォローするのはいつものことだが……それにしても今日は多すぎる。


 相手は腐っても部長。それなりの実力があるはずなのに……壱郎の目からして、明らかに集中できてなかった。


 何かあったんだろうかと首を横に傾げつつ、黙って業務をこなす。余計な口を開こうものなら、更に激怒させてしまうことなんて経験済みだ。


 今日の仕事内容は川越ダンジョンの第1~3層の掃討。Lv.60推奨のダンジョンだが、3層までならLv.40でも十分である。


「――よし、今日はここまでだ!」


 3層を終え、1層まで上がってくると黒崎が声を上げた。

 壱郎の所属する会社『株式会社BlackLuck』は指定されたダンジョンの掃討。正社員ではあるのだが派遣のように各所を回るため、いちいち本社に戻ったりしない。よって現地解散が基本だ。


 時刻は17時45分。定時の時間となり、各々が部長の一言により帰り支度を始める。

 壱郎もそれに倣うが……あくまで倣うふり。帰ろうとした間際黒崎からなんて言われるかなんて、目に見えてわかっているからだ。


 ――今日は終電逃したくないな……。


 強いられるサビ残に小さなため息をついていると、予想通りポンと肩を叩かれた。


「お疲れ様」

「……?」


 だが……その声は黒崎にしてはやけに可愛かった。

 というか女性の声である。


 不思議そうに壱郎が振り返ると……そこにいたのは見知らぬ女性だった。


 右は黒髪、左は白髪と随分目立つ髪色。髪型はツーサイドアップ、結び目は花型になるように纏められて葉っぱのアクセサリーがついたヘアゴム、白を基調としたセーラーワンピースを着こなしている。


 一般的よりやや太い眉だが、それさえもチャームポイントになってしまう程の整った顔立ち。


 ――え、誰この人?


「仕事はもう終わった?」

「えっ……あ、はい」


 とりあえず返答する。これからサビ残として残される予定だが……一応仕事は終わっていることになっているのだから、間違ってはない。


「すみませーん、この人お借りしますねー」


 と白黒髪の少女が他の社員にも声をかけた。


「あれ、エリィじゃね……?」

「誰それ?」

「最近話題になってる個人配信者。知らない?」

「あー……俺、企業勢の男性配信者しか見てないからな。よくわからん」


 彼女のことを知っているのか、他の社員たちが小声で話し合っている。


 なかでも面白いのが黒崎部長。今まで見たことがないポカンとした顔で彼女と壱郎のことを見つめているではないか。


「さ、行こっか!」


 腕をがっしり組まれ、パッチリとした青い瞳で壱郎をじっと見つめる。その目は「もう逃がさない」と訴えかけているかのようだ。


「んじゃ、お疲れ様でーす」

「あ、お疲れ様です……」


 わけがわからないまま、壱郎は彼女に連れられていく。その際、チラリと彼女の頭上に表記されているステータスが目に入った。


【エリィ Lv.51】


 山田壱郎、社会人歴10年目。

 この日、彼は初めて定時に上がることができた。

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