第2章 初配信

第7話 Lv.1、配信者デビュー

「時刻は午後6時――はーい、集合! みんな、エリィが配信する時間だよ!」


:集合!

:集合!

:集合~

:配信の時間だあああああ!


 ――おぉ、始まった……。


 元気に挨拶を始めるエリィ、その顔をバッチリ補足するドローンカメラ、そしてドローンの上から立体映像ホログラムで映し出されるコメント欄。

 配信が始まったことを知り、壱郎は身体を強張らせた。


「さてさて、今日はいつも通りふじみ野ダンジョンの完全攻略目指していくよ! まだ川口ダンジョンは制限が解かれてないからねー」


 今回の配信の趣旨を軽く説明すると、「その前に」とエリィがポンと手を打った。


「今回から土日限定のレギュラーメンバー、紹介するよ! はい、どうぞ!」


 と、ここでエリィが壱郎に向かって手招きする。

 少し……いやかなり緊張気味に壱郎はエリィの横まで歩くと、カメラに向かって軽く頭を下げた。


「あ、ども。山田壱郎です」


:え

:出たwww

:!?

:!?

:ワンパン男!?


 壱郎がカメラに映るや否や、コメント欄が更に加速していく。どうやら川口ダンジョンの出来事をみんな覚えているらしく、どれも壱郎を知っているかのような反応ばかりだ。


 ――さて……どうしてこうなったんだろう。


 この前までまったく想像してなかった世界へ踏み込むことになった壱郎。その経緯をふと振り返る――。



***



「――はあ!? スライム食べてたらそうなっただけ!?」

「いや、その……うん」


 愕然とするエリィを見て、壱郎はなんだか申し訳なく思いつつ頷いた。


「え、じゃあ、呪いじゃなくて……」

「自業自得ってやつかな、はっはっは」

「はっはっはって……」


 全然笑いごとじゃない。

 だが事実である。ここで嘘を言うわけにもいかず、彼は自身の特異体質の原因を洗いざらい喋ったのだ。


「……なるほど、それであんなオーバーリアクションだったのか」


 ハンバーガーやココアを心底美味しそうに食べていた理由がわかり、エリィは納得したように腕を組む。


「にしても……よく生きてこれたね? モンスターを食べるだなんて、自殺行為にも等しいよ?」

「いやいや、Fランクモンスターなら大した害はないって」

「限度があるでしょうが。毎日食べてたら害が出るに決まってるじゃない」

「えっ……?」


 とツッコミを入れてくるエリィに壱郎は数秒固まった。


「…………。…………。………………あぁー! 確かにー!」

「…………」


 長い沈黙の後、壱郎はポンと手を叩く。エリィは呆れた目で彼を見つめる。

 だが彼女の言う通りだ。現に彼の体質はスライムそのものに変異してしまい、バレたら困る身体になってしまっているのだから。


「そんなことより……いや、そんな軽い話じゃないけど。てっきり私と一緒で、モンスターの呪いだと思ってたのになぁ……はぁあー……」


 大きなため息をつくエリィ。

 仲間だと思って打ち明けた相手が全然違っていた。彼女が落胆するのも仕方ないだろう。


「えっ……なんか、ごめん?」


 エリィの深いため息に思わず謝ってしまう。

 向こうが勝手に気を許したのはあるが、どうやら壱郎は人気配信者のとんでもない秘密を知ってしまったらしい。


「うーん……俺、君の秘密は誰にも言わないよ。だから、この話はなかったことにしても――」

「いや待って」


 だがしかし。

 配信の話を流そうとする壱郎に、エリィが待ったをかけた。


「確かに壱郎くんは私と経緯が全然違う。でも、お互い人に言えないような秘密を持ってることは間違いないよね?」

「? そうだな」


 頷く壱郎。


「そして壱郎くんはスライムを食べちゃうくらいに貧乏。つまり、お金がないことに困ってるんだよね?」

「まぁ、そうだな」


 またしても頷く壱郎。


「そして、スライムになった身体を習慣的に鍛えている。いつか誰かの役に立ちたいと考えてるんだよね?」

「………………そう、だな」


 この問いには少し考えながらも、ゆっくりと頷いた。

 全ての質問に頷いたのを確認したエリィはポンと手を叩く。


「なら、話は早いよ。私と一緒に配信者やらない? というかお願い、一緒にやってほしいんだ」

「えっと……俺は構わないんだけど、理由は?」


 Lv.1の壱郎にそこまで一緒に出てほしい理由がわからず、彼は首を捻りつつ訊いてみる。


「簡単だよ、壱郎くんが一緒に出てくれるならきっと視聴率が上がる。会社からは不当な扱いを受けてるあなたも、配信では最高のパフォーマンスができる――どう? ウィンウィンの関係でしょ?」

「最高のパフォーマンスって……俺、Lv.1だよ? 視聴率が上がる可能性なんて低いと思うんだが」

「いいや、あるね。むしろLv.1だからこそいいんだよ」

「……?」


 よくわかってない顔をする壱郎に、エリィは「いい?」と指を一本立てる。


「視聴者が求めてるのはね――インパクトだよ」

「ほう、インパクト……」

「壱郎くんの実力はもう間近で見てる。Lv.1なのにSランクモンスターを倒せるだなんて、騒がれてもおかしくないレベルなんだから」

「えっ……あいつ、Sランクモンスターだったの? どうりで強そうだったわけだ。こわぁっ」

「知らないで倒していたんだ……」


 そしてその強敵相手をワンパンした壱郎が、『強そう』と言ったところで煽りにしか聞こえない――と感じるのはきっとエリィだけじゃないだろう。


「インパクトはわかった。でも俺、自分で言うのもなんだけど、社会不適合者だよ? 配信者なんて向いてないんじゃないかな?」

「ふっ……甘いね、壱郎くん。配信界隈ではね、こういう格言があるんだよ」


 とエリィは指をチッチッと振り、はっきりと口に出す。


「『配信者はみな社会不適合者』――ってね」

「ねぇ大丈夫? そんなこと言っちゃって大丈夫?」


 SNSにでも上げたら炎上しかねない発言に、壱郎は冷や汗をかいてしまう。


「大丈夫大丈夫、つまり社会不適合者のレッテルを貼られてる人は配信者の才能があるよって意味だし。何事も前向きに捉えなくちゃ」


 ――後ろ向きにも捉えられるって意味なんじゃないかな、それ。


「つまりね、壱郎くん。あなたはLv.1でありながらSランクモンスターをソロで倒せる……配信者たちからしたら、喉から手が出るくらいの逸材なんだよ」

「逸材……俺が……」


 信じられない話だった。

 誰からも見向きされない壱郎が、配信者としては金の卵だなんて。


「視聴率が上がれば、壱郎くんには二ついいことが起こる」

「二つ……?」

「一つは今言った通り、あなた自身が正当に評価されること。そしてもう一つは少なくとも食に困らなくなるわ」


 と。

 エリィが親指と人差し指で小さな輪っかを作り、ニヤリと笑う。


「わかる? ほんとーに上手くいけば――一攫千金のチャンスがあるってことなんだぜ?」

「……!!」



***


 ……以上の流れがあり、エリィの配信に出ることとなった壱郎。


 ――決して金に惑わされたわけじゃない、惑わされたわけじゃないんだ……!


 なんて心の中で呟いているが、彼の脳内では札束のプールで泳いでるビジョンが脳内からずっと離れない。


 ちなみに名前は本名のまま……というか変更できなかった。

 どうやらこれも名前変更の権限が解放されるレベルに達してないことが原因らしい。


「あんま本名バレしても困らないなら、いっそ本名だけど偽名って感じで通しちゃえば? 壱郎くんのキャラ的にそれっぽいわけだし」


 というエリィのアドバイスもあり、壱郎はそのままの名で通すことにしたのだ。


「えーと……経緯は省きます。エリィさんにスカウトされました、以上です」


 なんて説明すればいいのかわからないので、一言でまとめてカメラから逃れようとする……が。


「はい、質問ターイム。みんな、壱郎くんに訊きたいことあるかなー?」


 エリィが彼の腕を掴んで、逃がさぬうちにリスナーに質問を募集し始めていた。


「……配信業の掟! 『リスナーとはより密接になるべし』――基本的にコメント拾わない配信者なんて今後伸びないから! 絶対!」

「え、いや、なんかめんどいし……」

「一攫千金」

「よーし、答えちゃうぞぉっ」


 なお、上記の会話のほとんどは小声での会話なので、リスナーには聞こえてない。


 壱郎が再びドローンカメラに向き合うと、コメントが次々と流れてくる。


:どうしてLv.1なの?

:絶対本名で草

:[\1,000]エリィ、とうとうソロやめたのね。とりあえずおめでとう

:野郎はいらん

:本名?

:ステ偽造してますか?

:社畜の匂いがする


 純粋な質問、冷やかし、エリィへの一言等々……一斉に流れている有様はまさに混沌状態。


「『どうしてLv.1なの?』――うん、これは私も疑問に思ってることかな」


 困っている壱郎を見て、エリィが代わりにコメントを拾って助け舟を出してくれる。


「俺もよくわかりません。なんか上がらないんです」


:ふわっとしてて草

:なんか緩いな

:あの超パワーはなに?

:本人もわからないの草

:ずっとLv.1とか可哀想


「いいよいいよー。そのフラットな感じでどんどん答えていっちゃおー」


 コメントの反応を見るなり、エリィがこっそり褒めてくれる。が、これが本当にいいのか、壱郎には疑問だ。


「じゃあ、次! 『本名ですか?』……って、ちょっとちょっと! それだと私が本名じゃないみたいじゃない!」


 これは『本名を偽名と通す』と事前に打ち合わせていたこと。エリィが上手く誤魔化して、コメントを捌いていく。


「次、『あんなに強い秘密は?』――だってさ、壱郎くん」

「あぁ――あれはです」


 これも想定内の質問。まさか「スライムの体質になってるんです」なんて言うことはできないので、そういう設定だということに二人で決めておいたのだ。


「ユニークスキルは『超パワー』……とりあえずすごい力を出せます」


:ユニーク持ちか

:なるほど

:確かにユニークスキルじゃないとあんなパワーだせんわな

:ユニーク持ちなら恵まれてるなぁ

:内容ふわっとしすぎじゃね?

:パワー…やはりパワーが全てを解決する…!

:そんなふわっふわな内容でSランクワンパンは大草原


 これには意見が少し分かれたが、肯定的な意見の方が多い。というより、そうでないと説明がつかないので、曖昧な内容でも納得しているリスナーが多数なのだろう。


 ――今の同接は1,500人。うん、順調な滑り出しじゃないかな。


「……なんか、思ったより炎上しないな」

「ほら言ったでしょ? いきなり炎上することなんてないって。うちのリスナーはその辺弁えてるんだからっ」


 流れていくコメントが基本的に平穏そのもので、エリィが軽くウインクする。

 こういうのは大抵荒れるものだと思っていたが……どうやらそんなことはないようだ。


「壱郎くんもコメント拾ってみる?」


 とエリィから促され、壱郎もコメント欄を目で追う。

 その中に一つ、彼の目に止まる長文コメントを発見した。



:明らかにエリィの人気にあやかろうとしてる乞食で草。どうせバズ狙いのインチキ冒険者なんだろ。そんなセコい考えしてて、お前の人生虚しくないの?


「――てぃっ!」

「あっ」


 何か言う前に横からエリィの手刀が入り、立体映像ホログラムがオフにされる。


「はいはーい、質問タイム終了~。ずっと雑談してるのも冒険者らしくないし、実際に戦ってみよー!」

「いや最後」

「戦ってみよー!」


 壱郎の言葉を遮り、無理矢理方向転換させたエリィ。



「はい、独裁スイッチ」

「あっ」


 そして、流れるような動作で先程過激なコメントのアカウントを選択し、赤いボタンをタップ――ブロックボタンを躊躇なく押した。


「これでよし。また一人、世界から消えてしまった……」

「あの人、どうなったんだ?」

「私の配信に二度とコメントが表示されなくなります」

「……いいのか、それ? エリィさんのリスナーが一人減ったようなもんだけど……」


 なんて心配する壱郎に、エリィはマイクに拾われないくらいの小声で囁く。


「配信業の掟! 『ネガティブなコメントは身体の毒』――壱郎くんも私も何も見てなかった、いいね?」

「いや、だとしても……やっぱりプチ炎上してるよな?」

「あーあー見えない聞こえなーい、モンスターと戦うことしか今はわからないなー!」

「…………」


 どうやら配信を営む冒険者というのは、思っていたより都合のいいところしか見てないらしい。

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