第4話 7
「――待て待て待て!」
ヒノエ様がこめかみを抑えながら、もう一方の手をわたしに向ける。
「おまえ、王女をぶん投げたの?
てか騎士より強い姫? ナンそれ?
あー、アレか! 騎士が忖度して負けてやってたとか……」
「いえ、姫様は実際、騎士より強いですよ。
わたしに魔法や兵騎の扱いを教えてくれたのも姫様ですし」
姫様が訓練に参加したばかりの頃は、そういう事が続いたと聞いている。
第一騎士団――高位貴族家出身の騎士達が相手をして、かかり稽古や決闘形式の訓練で、彼らはそれこそわざと負けたフリをしていたそうだ。
それに憤慨した姫様は自首鍛錬で自身を鍛え、彼らをボコボコに叩きのめしたらしい。
その時になって、姫様の本気が伝わったのか第二騎士団――地方出身者が集められた騎士達が、姫様の訓練を手伝うようになったそうだ。
第二騎士団は各領主が保有する騎士団から、年期で出向して来ている人達だ。
各領から派遣された彼らは領を背負って王都に来ているから、訓練で手を抜いたりしない。
高位の者で騎士爵。大半が庶民で構成されている彼らは、頼れるものが自分の能力だけだとよく理解していて、常に誠実さと規則正しさを重視して行動していた。
それが自分だけじゃなく、領地の評価に繋がっていると知っているから。
よく言えば実直。悪く言うなら……単純な脳筋である彼らは、本気の相手にはいつだって本気で返す、気持ちの良い人達だ。
姫様が本気で自身を鍛え上げようとしていたから、第二騎士団のみんなも本気で姫様の訓練に付き合うようになったんだって。
わたしが姫様と出会った時に仰っていた「騎士より強い」っていうのは、彼ら第二騎士団の騎士達を指しての言葉だったみたい。
「ふぅむ。なんでまた、王女はそんな武にのめり込んだんだ?
元々は大人しい性格だったのだろう?」
デザートの果物を口に運びながら、ヒノエ様が訊ねる。
「わたしもドロレス様から聞いた話なので、実際に姫様がどうお考えだったのかはわからないのですが……
アーリネイア様――アイラ
ティア様が後宮入りしてすぐの頃、彼女が侍女をひどく叱責している場面にアイラ
「ティア様が主催したお茶会だったと聞いています」
当時の後宮には、貴族達が王様の後添え候補として送り出した多くの愛妾方がいて、その親睦という名目で開かれたお茶会だったらしい。
「姫様も誘われていたようなのですが、ご公務があって予定が合わず、代わりに専属侍女のアイラ
アイラ
姫様の専属侍女――腹心でもあるのだから、姫様の名代を務めたとしてもなんら問題ない。
「はじめは愛妾の皆様方は、和やかにお話されていたと聞いています」
姫様の侍女になってから、ご令嬢のお茶会に何度か付き添ったから知っているけど、貴族のお嬢様方は外から見るだけなら、それはもう仲良しなように振る舞う。
――内心では、なにを考えているかわかったものじゃないけどね……
というのは、姫様のお言葉で。
言葉の端々に忍ばせた嫌味や牽制を笑顔に乗せて、和やかな雰囲気の下で表に出ない言葉の応酬――一種の戦いをしているのだと気づいたのは、姫様に付き従って半年も経った頃だっただろうか。
「そんなお茶会の場で、突然ティア様が悲鳴をあげられたそうで……」
お茶を運んだ侍女が、カップを揺らしてティア様にかけたのだという。
ドロレス様が居合わせた他の侍女から聞き取った限りでは、それはお茶をこぼしたとかわざと被せたとかいうわけじゃなく、なにかにつまづいてしまってカップが揺れて、その拍子にほんの飛沫が飛んで、それがティア様の手を濡らしたんだとか。
普通なら――まともに令嬢としての教育を受けた人なら、手袋を濡らしただけと笑って済ませる場面。
後宮の――それも陛下の愛妾が集まるお茶会なのだから、給仕する侍女だって、それなりに家格のあるお家の出の令嬢か、あるいは確かな実績がある者が担う事になる。
些細な事で咎めていては、家同士の諍いに発展する恐れがあるのだから、普通はそれくらいの事態は何事もなかったように努めるものだ。
けれど、ティア様は声を荒げた。
「……ティア様はオーランド子爵家の後見を受けて養子となり、魔道士として王城に出仕されていた方です」
他の愛妾の皆様方と違い、初めから愛妾として後宮に送り出されたわけじゃなく、王様に見初められて、王様自身が直接後宮に求めた方だった。
……だから。
「ティア様はご自身の出自が平民にも関わらず、王様に気に入られているのが気に食わなくて――だから侍女が嫌がらせしたのだと、そう主張したそうです」
そしてその場で魔法を喚起して、粗相した侍女の髪を焼いて。
「侍女の悲鳴に気づいたアイラ
姫様の代わりとしてお茶会に出席していたアイラ
「ティア様はアイラ
そして報復とばかりにティア様は、アイラ
後宮という場所柄、騎士達はすぐに立ち入れず、報告に向かった侍女のひとりがドロレス様と王様を連れてくるまで、ふたりは激しい魔法戦を繰り広げていたのだという。
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