第4話 4

 ――天間山脈がなくなっていた。


 見間違いかと空を見あげれば、左手から天頂目指して駆け昇っている最中の太陽が見える。


 方角を間違えているわけじゃない。


 今、わたしはちゃんと南を向いてる。


 昨夜と同じく幼女の姿を取って座るヒノエ様の向こうで、朝日を浴びてキラキラと輝くガラスの向こうには、本来ならば天間山脈がそびえていなければならないはずなんだ。


 ……けれど。


 魔属領――トヨア皇国に入ってからずっと目印にしてきた天間山脈は、東西に伸びる連峰を残し、丸く切り取られたかのように消失していた。


「……て、天間山脈がなくなってるーっ!?」


 ようやく追いついた思考が、その現実を声として口に出させる。


 指差しながらのわたしの叫びに。


「ん? ああ、ちょっとガルシアをビビらせてやろうと思ってな!」


 ヒノエ様は腕組みしながら不敵に笑ってみせる。


「あやつのビビり顔、マジおもろかったぞ」


「――お、王様が?」


 いつもわたしに怒鳴り散らかしていた、あの王様が!?


 ちょっと想像できなくて、わたしは思わず聞き返してしまう。


「記録映像があるから見るか?

 ああ、とりあえず座れ。

 ――アリア、メシの用意だ。食いながら見よう」


「あ、はい」


「――畏まりました」


 わたしが応じて、ヒノエ様の正面に用意された椅子に座り、会釈したアリアが部屋の隅に置かれていたカートに向かう。


 アリアは壁際に控えていたリーシャと一緒に、次々とわたし達の前に料理を並べていく。


 まだ湯気が立ち上るほどにほかほかで、バターの香りのする焼き立てのパン。


 水滴が弾けてるサラダに使われてる野菜も新鮮で、フォークを刺したならきっと音がすると思う。


 大切りされた根野菜やお肉が浮かぶクリームシチューから、優しく漂う香りが鼻とお腹を刺激する。


 デザートのフルーツ盛りは、まるで芸術品のように緻密にカットされていて、宝石を盛り合わせているみたいだ。


 思わずお腹が鳴ってしまって、わたしは恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかった。


 ――昨晩、あんなに食べさせてもらったのに!


 しっかり聞きつけていたらしいヒノエ様は笑みを浮かべて。


「よいよい。たんと食うが良い。そなたの好みがわからんかったから、とりあえずアーガス風の朝食を用意させてみたが、お気に召したようでなによりだ。

 ――そもそもおまえ、昨日、風呂でも思ったが痩せすぎだ。しっかり食って肉をつけろ!」


 うぅ……恥ずかしい……


 俯きながらうなずき、わたしはヒノエ様に促されるままに、朝食を取る。


 美味しかった。


 昨日の夕飯でも思ったけど、魔属の食事は日本の味付けに近くて、すごく美味しく感じられた。


 朝からお腹いっぱい食べられるなんて久しぶりすぎて、罪悪感がすごい。


「んで、これがさっき言ってたやつな!」


 と、ヒノエ様が指を鳴らすと、空中に立体映像の枠が投影される。


 古代遺跡なんかで時々見かけるやつだ。


 考古学者の先生や宮廷魔道士さんは、ホロウィンドウって呼んでたっけ。


 記録映像と言っていたから、ヒノエ様はそれを自由に使いこなせるという事なのだろう。





 そうして昨夜あったという出来事を、映像として見せつけられて。


「――と、いう事があったのだ!」


「………………っ!?」


 どうしよう、理解が追いつかない……


 フソウ宮の地下からドラゴンみたいな怪獣が現れて、天間山脈を吹き飛ばしたのもそうだし、が、ヒノエ様の腕を斬り飛ばしたのもそう。


 いや、天間山脈を吹き飛ばしたのは、ヒノエ様がそれだけの力があったのだと言われれば、納得できそうなんだけど……


「……セイヤくんに、あんな力が?」


 思わず呟いてしまう。


 わたしの知ってるセイヤくんは、確かに正義感の強い人だったけど――こういう言い方はアレだけど、あまり好きになれない人だった。


 勇者である事を誇って、いつも他の人に高圧的で。


 けれど剣技も魔法も騎士さんに比べても劣っていて、いつもチートがないとか、わたしだけズルいとか愚痴ってる人だった。


 だからこそ、そんな彼がヒノエ様を傷つけられた事が信じられない。


 だって彼は、からこそ、勇者として活動をせずにお城に留め置かれていたのだから。


 ――けれど。


 記録映像で見た彼と同じことを、今、わたしにやれと言われてできるとは思えない。


 ヒノエ様の立体映像を斬りつけて、その攻撃をヒノエ様に届かせるなんて……


 ……力を隠していた?


 でも、訓練の掛り稽古でわたしに負けた時、彼は本気で怒っていた。


 ということは、わたしが城を離れてから手に入れた力?


「ちなみにミィナは、セイヤの神器について、なにか心当たりはあるか?」


 ヒノエ様にそう訊ねられて、わたしは首を横に振る。


「あの人とは、城での訓練で何度か兵騎を使っての稽古をした事もありますが、その時はあんな騎体は使ってませんでした。

 アーガス王国の騎士団制式騎体を使ってたはずです」


「……ふむ。制式騎体ってことは、量産型のユニバーサル・アームか……」


 ヒノエ様はアゴに手を当てて呟いた。


 そこでふと、最後にした稽古を思い出す。


 確か狂化機獣バーサーカーを退治した直後の訓練の時の事だ。


 あの時セイヤさんは、騎士さん達に称賛されるわたしに腹を立てて、自分だって同じ事ができると言い出したんだ。


 そして強引に決闘に持ち込まれて。


 あの頃にはもう、わたしも兵騎の扱いに慣れてきてたから、圧勝しちゃったんだよね。


 それですごい目で、「覚えてろ」って睨まれて。


「――ひょっとしたら、あの後にティア様に泣きついたのかも……」


 ティア様は王様の愛妾としての立場とは別に、王宮魔道士の次席って立場もあったから――


「わたしに負けたのが悔しくて、兵騎工房で特別騎を造ってもらったのかもしれません」


 セイヤくんはティア様に気に入られてたから、たぶんそうだと思う。


 そういった事をヒノエ様に説明して。


「……ふぅむ。ここでもまた、あのめかけの名前が出てくるか……」


 低く呻いたヒノエ様は、わたしを見つめて問いかけてくる。


「――ちゅかおまえ、あの女と面識があったんだな?」


「ええ、直接お話したのは数えるほどですが……」


 その数回が強烈すぎて、はっきりと覚えている。


「わたしが侍女として仕えていた姫様――エレノーラ様の事をあの方は目の敵にしていましたから……」


「自身が身籠れば、王女は継承権争いにおける目の上のたんこぶ……わからんでもないな」


 うなずくヒノエ様に、わたしは首を振る。


「――あ、そういうのではなく……」


 事実として、ティア様はそういう事には興味がないように、わたしには見えていた。


 これは姫様も同じ意見だったから、間違いないと思う。


「あの方が王様になさるおねだりを、姫様が王様に申し入れて却下してたのが気に食わなかったようでして……」


「――なんったる……ガルシアのやつ、ほとほと呆れるのう。娘に尻拭いされてんじゃねえか……」


「姫様も同じことを仰って、常々嘆かれてました……」


 わたしの説明に、ヒノエ様は深々とため息を吐く。


「まあいい。とりあえずおまえの知ってるあの女の事……いや、この際だ。

 昨日の続き――アーガス王城の後宮について、話して聞かせてくれ」


 そう頼まれて。


 わたしは当時を思い出しながら、語り始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る