第3話 5

『――今ここで、おまえを討ち倒せば、戦争なんて起こらない!

 僕が……いや、この俺が戦争なんて起こさせない!』


 手にした長剣の切っ先を妾の巨像に向けて、奴はそうのたまいおった。


 立体映像を実体と思っとるようだの。


 あやつはミィナのように、魔道を認識する能力がないのか?


 そんな事を考える間にも、セイヤは胸の前で左手を握り込む。


『――目覚めてもたらせ! <光臨神器アドヴェント・レガリア>ッ!!』


「――なっ!? 神器レガリアだとッ!?」


 妾は思わず驚きの声をあげたわっ!


 なぜ、そんなものをアーガス王国なんぞが保有している!?


 セイヤの背後に虹色の転送陣が開き、周囲にいた騎士達がガルシアを抱えてバルコニーから室内へと逃げ込む。


 開いた転送陣に像が結ばれ、それは実体となってセイヤの背後に降り立った。


 それは重厚な装甲を持った、五メートルほどのデフォルメ体型をした甲冑。


 純白の外装は金の縁取りで飾られている。


 獣の脚を模したような肩甲は物騒にきらめく金の鉤爪。


 兜の意匠は猛禽類を彷彿させ、やはり金の水晶が二つ、眼のように象嵌されていた。


 そこから伸びるたてがみは燃えるような真紅。


 そして胸部装甲に埋め込まれた、特徴的な菱形の青結晶を目にして、妾は思わず呻いた。


「――ロジカル・ウェポンだとぉッ!?」


 それは我が船団において五騎しか配備されとらんかった、次世代主力兵装の試作騎だ。


 なるほど、神器レガリアを謳うわけだ。


 アレが真にロジカル・ウェポンならば、この星に現存する神器レガリアの中でも飛び切りのシロモノ。


『――記録を当たりましたが該当騎なし。由来不明の未登録騎です!』


 ケイがホロウィンドウでそう告げる。


 ――禁忌の技術と言い、あの騎体と言い……どうなっとる!?


 白の騎体の胸部装甲が開き、セイヤが飲み込まれる。


 無貌の仮面に真紅の文様が走ってかおが描き出された。


 その眼が――妾を見据える。


『――喰らえ! 正義の力をっ!』


 腰の鞘から青く透き通った刃を持つ長剣を抜き放ち、セイヤが咆えて跳び上がった。


 重厚な騎体は物理法則を書き換えて、見る見る加速して妾の立体映像に迫る。


輝けうたえぇっ! <源奏光輝アーク・ファンタズム>――ッ!!』


 アーガス王都の夜空に、セイヤの喚起詞が響き渡る。


 まるで砲弾のように夜空を駆け抜けて肉薄した白の騎体は、奥脇構えにした青の晶剣を振り上げる。


『――っ!? 事象干渉場を確認っ!

 主っ! 防御をっ!』


 ケイが切羽詰まった声で警告を発して。


「――むっ!?」


 青い軌跡が弧を描いた。


 咄嗟に身を庇って前に出した右腕が、肘のわずか先から断ち斬られる。


「ぐぅっ……」


 溢れそうになる悲鳴を、唇を噛んで押し殺した。


「――陛下っ!?」


 四公の三人が慌てて妾に駆け寄ろうとしたのを、左手を前に突き出して留めさせた。


 身体の構築素材を制御して、断ち斬られた腕から溢れ出る鮮血を塞ぐ。


 城下町の大路に降り立ったセイヤは、身をひるがえして晶剣を構え直した。


『くっ! 一撃で仕留めきれなかったかっ!』


 歯噛みでもするように悔しげに吐き捨てるセイヤ。


 痛みで脂汗が噴き出しそうになる。


 身体制御――痛覚を遮断。


 妾は薄い笑みを浮かべて見せた。


「ククク……よもや妾に刃を届かせるとはな……

 ――勇者よ、名を聞いておこう」


『……セイヤ・スオウだ』


 と、セイヤは低く押し殺した声で応える。


「ならばセイヤよ。そなたも戦場いくさばに来るが良い。

 この勝負、そこで決してくれようぞ」


 なんせあやつは立体映像を通して、こちらに直接干渉してくるようなバケモノだ。


 一方、妾は奴に干渉する手立てがない。


 いや、<竜咆ドラゴン・ブレス>ぶっぱすれば、なんとかなるのかもしれんけどな。


 今ここでそれを行うと、アーガス王都の無辜の民まで巻き込んでしまう。


 まあ、潮時だ。


 妾はセイヤの騎体から視線を逸し、居室の大窓からこちらに顔を覗かせとるガルシアを見据えた。


「――忘れるな、アーガス王よ。

 一週間後だ。一週間後に、我が軍は貴国に対して侵攻を開始する」


『待てっ! 逃げるのか!?』


 セイヤが叫び、再び跳び上がろうというのか、騎体を低く沈み込ませる。


 妾は深く息を吸い込み。


「――急くな、小童こわっぱが――ッ!!」


 威圧を込めて、そう一喝した。


 ビクリと白の騎体が震え、一歩後退する。


「相応しい場で雌雄を決しようというのだ。

 ……民を巻き込むのは、貴様も本意ではあるまい?」


 ぶっちゃけはったりだ。


 奴は立体映像を妾と思い込んどるようだからな。


 故に――あの巨像に攻撃能力があると、うそぶいて見せる。


「――ここで貴様を逃したら、もっと多くの人々が苦しむ!」


 ――やだ、コイツ! めっちゃヤル気満々じゃん。


 民を巻き込む気マンマンとか、正気マジかヨっ!?


 妾はドン引きしつつ、ケイに視線を向ける。


『あー、ウツロ。あの勇者、頭やべーから投影を即時中断して。また主が傷を負わされる前に、早く!』


 ケイの指示にホロウィンドウが開き、化生を解いたウツロが映し出されて頷いた。


 アーガス王都にそびえていた我の巨像が、ゆっくりと薄れていく。


 妾は高笑いをあげて、雰囲気を演出し――


「では、戦場いくさばまみえようぞ、勇者よ!」


 そう言い残して、立体映像はアーガス王都の夜空から消失した。


 妾は再構築された玉座に腰を下ろす。


「――陛下っ!!」


 深くため息を吐くと、側近達が駆け寄って来た。


「す、すぐに手当を致します!

 ハヤセ、あなたは先生を呼んで来て。ヤシマは地下倉庫から極小素材ナノマテリアルを!」


 アリアが指示を出すと、ふたりとも頷いて謁見の間から駆け出して行く。


 そんな二人の背中を見送って。


「あーもうっ! 疲れたっ!」


 妾は天井を見上げて叫んだ。

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