第3話 4
玉座が漆黒の繊維状に
玉座のあった床と四肢を繋ぐ繊維が虹色に輝き始めた。
手にした
城が震動を始めた。
アーガス王都上空に開いたホロウィンドウの中で、フソウ宮が周囲の大地を割って立ち上がる。
『……りゅ、竜だと……』
ガルシアが我が半身の姿を目の当たりにして、呆然と呟いた。
そう、竜だ。
それもこの星に生息する飛びトカゲもどきなどではなく――星の海を渡る真なる竜種の因子が込められたシロモノだ。
地面に露出していた、ガルシアらアーガス人が魔王城と呼ぶ城郭など、この身の一部を擬態させたものに過ぎん。
星界にあった頃の記録を喪失したヒト属であっても、竜に対する畏怖は失われていなかったらしいな。
ガルシアがホロウィンドウを見上げたまま、床にへたり込む。
――フリート級トヨア型戦艦フソウ。
全長1キロを超える生体武装艦だ。
しなやかで強靭な四肢。
全身を覆う漆黒の滑らかな竜鱗は、虹色の輝きを放つ。
十三の角を持つ頭部は、青白のたてがみが月光を浴びてきらめく。
その姿はかつて、我らの船団が遭遇した漆黒の星竜を模してデザインされたものだ。
妾は
そして――目を開く。
久しぶり……本当に久しぶりの感覚だ。
この身は今やフソウで。
目の前に広がるのは謁見の間ではなく、月の輝きが降り注ぐ平原だ。
立ち上がった事で隆起した大地が、周囲を取り囲んで輪となっている。
「……こうして動くのは、いつぶりだったかの?」
妾の問いかけにホロウィンドウが開き、映し出されたケイがペラペラと手帳をめくる。
『――八六三年前、異星起源種文明由来の遺産が暴走した時以来ですね』
言われて思い出す。
あの頃はまだ、未開の異星起源種の遺跡があちこちにあって、版図を拡げつつあったヒト属がうっかり目覚めさせてしまう事態が多発しとった。
そんな中でも、とびきりの事件。
虚神――そう名付けた、時空間干渉を行う巨大人型兵器が大暴れし、この星を呑み込もうとしたのよな。
「おう……千年近く経っとったか」
『それより主、本艦を起動させてまで、なにをしようと言うのです?』
目を細めて、不審げな眼差しを向けてくるケイ。
「まあ見ていろ……」
ホロウィンドウを開き、アーガス王都の様子を再び映し出す。
皆、フソウの威容に顔を青ざめさせ、呆然と空に映し出されたホロウィンドウを見上げる中、ひとりだけ別の反応を見せる者がおった。
そこに浮かぶ表情は……怒りと羨望がない混ぜになったような複雑な表情で。
――あの愛妾の反応、気になるな……
あとで調べさせるべきか。
そう心のメモに書き込みつつ、今は目の前の仕事を片付ける事にする。
四肢に力を込めて大地を掴み、背に翼を広げる。
漆黒の皮膜に虹色の文様が走って刻印を描き出した。
『――
補助動力炉――
出力上昇……三秒後に臨界を迎えます。
って、主、まさか――!?』
ケイが跳び跳ねながら、驚きの声をあげる。
「そのまさかよ!」
『ああもうっ! 国土管理局のみんな、ほんとうにゴメンね!
……竜核臨界!
主の
事象干渉回廊、開きます!』
胸のずっと奥が激しく脈動する。
その感覚は瞬く間に全身を駆け巡り、出口を求めて喉に駆け上がってくる。
――思い出されるのは……大浴場で月に向かって咆えたミィナの姿。
この世界の事など、まったく無関係な身の上にも関わらず、その身に降り掛かったあらゆる理不尽を呑み込み、赦し、そして生まれ変わったのだと笑って見せたあやつの為に。
「ミィナよ! 優しいそなたの為に、妾が代わって怒りを唄おう!」
見据える先はアーガス王国と、我がトヨア皇国とを隔てる魔境――天間山脈だ。
開いた
「――轟けっ! <
漆黒の奔流が、紫電を振り撒いて解き放たれる。
星の海で起こり得るあらゆる脅威に対抗する為、竜種を解析して生み出された我が主砲だ!
宙間戦闘――それも艦隊戦を想定して設計されたその口径は、フリート級戦艦を一撃で沈める事を目的としている為、当然1キロをゆうに超える。
大気を切り裂き、轟音を響かせて瞬く間に駆け抜けた<
『――天間山脈の消失を確認!』
ケイの報告の報告を受けて、妾は首を捻って咆哮を上空へと向ける。
アーガス王国から見たならば、黄金に縁取られた漆黒の柱が、天高く駆け昇っているように見えたはずだ。
妾はゆっくりと、この身を横たわらせる。
『――ああ、もう! 明日は建設省総出で周辺の地均しですよ!』
などとグチグチ言ってくるケイを無視して――目を開く。
視界が謁見の間へと戻り。
「――さっすが陛下の主砲!
いやあ、俺はいつもあのクソ山が邪魔で仕方ねえと思ってたんだ!」
ハヤセが両手を頭上で打ち合わせて喝采を叫び。
「……ふむ。戦後の流通網が通しやすくなりますね。さすが陛下っ!」
手帳になにやら書き付けながら、ヤシマが呟く。
「ああ、久しぶりに見る陛下の咆哮……やっぱり綺麗ですねぇ」
アリアは胸の前で両手を組み合わせて、目を蕩けさせとる。
ちょっぴしドン引くくらいに陶酔してる側近らから視線を逸して。
妾はホロウィンドウに映るガルシアを見据える。
「――戦場は用意した。
一週間後、軍を率いて天間山脈跡地に来るが良い。
来ぬのならば、我が軍はアーガスの地を蹂躙するであろう!」
『――ぐっ! ぐうぅぅぅ……』
ガルシアが呻く。
と、床にへたり込んだままのガルシアの前に進み出る者がおった。
『それよりも――もっと早い方法がある……』
そう呟いたのは、金髪の青年――セイヤとか呼ばれとった、もう一人の勇者だった。
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