第2話 7

「今、王城はとにかく人手不足でねぇ……」


 この時、ノリス様は詳しい事情は仰らなかったけど、お城に上がってから、わたしはすぐにその理由を知る事になった。


「……ホント、相変わらず好き放題みたいね……」


 アイラねえさんは事情を知っていたようで、深いため息を吐いていたけれど、この時のわたしにはよくわからなかったのよね。


 言葉を濁すようにノリス様は咳払いして。


「と、とにかく、今、王城では侍女が不足してるんだ」


 本来はお城で働く侍女さんは、学園の卒業シーズンに合わせて行われる試験に合格して、初めてなれる職業らしい。


 でも、数年前から侍女さんはすぐに辞めたり、クビになる人が多いらしくて。


「もう生まれとか試験とか言ってられない状況になっててさ。

 なんせ、つい先日、姫様付きの侍女まで辞めてしまったくらいなんだ。

 そんな時にミィナ嬢。アイラが君を推して来た」


 真っ直ぐな目で、ノリス様はわたしを見つめる。


「本当は姫様のお歳に近い娘が良かったんだけど、そんな贅沢を言ってられないしね。

 ――実際に見せてもらった君の能力とアイラの推薦。

 この二つで、十分に姫様付き侍女としてやっていけると思う」


「……あのね、ミィナ」


 アイラねえさんがわたしの手を両手で握って、すがるような眼差しを向けてくる。


「エレン――エレノーラ様は、あたしの大切な友達なの。

 本当ならあたしが駆けつけて差し上げたい……でも、あたしはもうお城には上がれないから……」


「……ねえさん?」


「アイラはね、侯爵家の娘で僕の婚約者なんだ。姫様とは学生時代の親友同士」


 さらりと告げるノリス様。


「――元、侯爵家令嬢で、婚約者だった、ね」


 目元を指で拭って、アイラねえさんは『元』と『だった』を強調する。


 ノリス様は肩を竦めて。


「僕は諦めるつもりはないけどね

 ――その話は、また別にしよう」


 短くそう応えて、再びわたしに視線を向ける。


「そんなワケで、愛しい婚約者の大切な友人の為にも、僕としては信用できる子を姫様のそばに置きたいんだ。

 どうかな? 侍女になってくれないか?」


 熱い視線を向けてくるノリス様。


「――わ、わたしなんかにできるでしょうか?」


「このあたしが仕込んだのよ? 自覚がないようだから教えたげるけど、学園出たての子なんて、あんたみたいにプラゥス文字を自由に読み書きできないわ!

 仕事にしても、ひどいとお茶ひとつ満足に出せないのよ?」


 貴族令嬢として育てられて来たから、そういう事は教わらないんだって。


 だから、侍女として雇われてからの半年間は、座学でお仕事を勉強して、それからようやく実地研修が始まるんだとか。


 お城勤めの侍女さんのお仕事を思い描くと、だいたいの事がアイラねえさんに教わってたから、問題なくできちゃう事に気づく。


「で、でも……」


 カウンターでお勘定番をしてるマウリおばさんを振り返る。


 マウリおばさんは、いつもの不機嫌そうな顔で、わたしを追い払うみたいな仕草をして。


 声には出さずに、口をパクパクさせる。


「……アンタの為になることを一番に考えな、だとさ。

 相変わらずあねさんはそっけないねえ」


 苦笑したベアおじさんが、マウリおばさんの唇を読んでそう教えてくれて、わたしの頭を優しく撫でてくれた。


「ま、俺もあねさんと同意見だ。

 嫌になったら戻ってくれば良い。おまえはまだ若いんだから、いろんな仕事をしてみるのも良いと思うぞ?」


「うん。合わないと思ったら、僕に言ってくれれば良い。君に嫌な思いをさせたいわけじゃないからね。

 お休みの日には、ここに帰って来ても良いし」


 そっか。


 別にお城に勤めたからと言って、ここに――わたしのお家に、帰って来れなくなるわけじゃないんだ。


 そう思うと、侍女になるのも悪くない気になってくる。


 なにより――


「わたしが侍女になれば、アイラねえさんのお友達の助けになれるんだよね?」


 わたしがアイラねえさんに訊ねると、ねえさんは薄く笑って。


「そうなってくれたら良いとは思うけど。アンタに無理強いするつもりはないのよ?」


 そう言ってくれるアイラねえさんだから。


 いつだってわたしに優しくて、カッコ良くて。


 わたしには兄弟姉妹は居なかったけど、本当の家族よりもよくしてくれたと思う。


 ――だから。


 アイラねえさんがくれた優しさに、ほんの少しでも応えられたら。


 そう思って、わたしはノリス様に顔を向ける。


「ノリス様のご要望にお応えしたいと存じます。

 至らない点もあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します」


 ぺこりと頭をさげると、ノリス様はわたしの手を取って、満面の笑みを浮かべた。


「そうか! ありがとう、ミィナ嬢! 本当に助かる!」


 ノリス様が喜びの声をあげて。


「――ミィナ嬢ちゃんが城の侍女にっ!?」


「や、ミィ坊の賢さなら、いずれそうなるって、おりゃぁ思ってたぜ」


 ホールで呑んでたお客さん達が、聞き耳でも立てていたのか口々に歓声をあげる。


「ミィナ、すごいじゃないっ!」


 お客さんのお相手をしてたねえさん達も駆け寄って来て、わたしを次々と抱擁していく。


「おら、野郎ども! 下町の星、ミィナちゃんを胴上げだ!」


 挙げ句にお客さん達はわたしを担ぎ上げて、掛け声と共に胴上げを始めて。


「……まったく。こんな事で大騒ぎしやがって。

 ほら、バカども! 今日は特別にビール一杯サービスしてやるから、ありがたく味わいな!」


 マウリおばさんはいつもと変わらない顔で、お客さん達にそう怒鳴ったけど。


 その目尻が少しだけ、いつもより下がってたのを、わたしは見逃さなかったんだよ。





 ――こうしてこの日、わたしがお城に上がる事が決まりました。


 ……それがきっかけで、今みたいになるなんて、あの時のわたしは想像もしてなくて。


 わたしを祝福してくれるみんなと、眠くなるまで大騒ぎしたんです。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが2話となります。


 本当はもっと短く――2話で勇者になるトコまで進める予定だったのですが、玲那が「勇者であり続けた」その意思の根底に当たる部分なので、ちょっと長くなってしまいました。


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