第3話 妾をナメるなら、覚悟を見せよ!

第3話 1

 ミィナの話は風呂を出て、食事の間も続いた。


 異世界からやって来た時が十三歳になるかならないかの頃と聞いて、妾は表情には出さんかったものの、ミィナに同情したよ。


 トヨア皇国においては、十三といえば高等教育課程に進む頃合いだ。


 聞けば、ミィナも元の世界では学生で、働いた事などなかったのだと言うではないか。


 それこそもっと幼い時分に転移させられたなら、深く考える事もなくこの世界を受け入れ、そのまま馴染んで行ったのであろう。


 あるいはもっと大人であったなら、身の振り方も様々に考えられたはずだ。


 子供でも大人でもない半端な時分――そんな時期に、それまでとまったく異なる環境に落とされて、よくもひねくれずにいられたものだと、妾は驚かされたわ。


 ミィナの話には出てこなんだが、きっと故郷を想って泣きくれる日もあっただろう。


 だが、そう言った泣き言は一切口にせず、ミィナは陥った環境を幸せだったと笑うのだ。


 それが、妾にはひどく口惜しい。


 ミィナを育んだ環境――『春の彩』と言ったか。


 確かにアーガス王国にしては、まともな部類に入るであろう。


 何処のものとも知れぬ捨て子を保護し、職を与え、知識を身に着けさせて、立派に育んだのだからな。


 それでも悔しく感じるのは、妾がこのトヨア皇国の帝だからだろう。


 ――十三歳。


 我が国の子供であれば、親と国の庇護の元、なんの不安も抱かずにただ、学び、遊ぶ事が許される年頃だ。


 働き始めるには、あまりにも早すぎる。


 ミィナはアーガス王国の庶民の子は十二でもう働き始めるから、遅かったくらいだと笑っておったがな。


 初めからそう育てられた者とおまえとでは――違うだろうに……


 ――玉座に腰を下ろし、妾は盃に並々と注いだ清酒を一息に呑み干す。


 キツイ辛みが喉を焼き、妾はわずかに呻く。


 そこに溢れ出しそうな憤りが混じってしまって、思わず自嘲気味に鼻を鳴らした。


 久々に腹が膨れて眠くなったのか、ミィナはリーシャに連れられて客間に向かった。


 今頃はベッドでぐっすり眠っている事だろう。


 せめて幸せな夢を観られていたら良いのだが……


 そんな事を考えながら、盃を傾けていると、広間のドアがノックされた。


「おう、待っとったぞ」


 そう応じれば、ドアが開いてまずアリアが入室し、ドアを押さえて続く二人を通す。


 全員が入室すると、三人は妾の前で跪く。


 その頭上にホロウィンドウが開いて、ホーム時代のアニメムービーにでも出てくるようなデフォルメキャラが映し出された。


 当時は架空の存在と思われとった、ドラゴンを模した姿だ。


 真ん丸な身体から生えた指のない右手を胸に当て、そやつ――妾の家臣筆頭であるケイはペコリと効果音付きで頭を下げる。


『――四公、揃いました』


 舌っ足らずな子供のような声でヤツが告げると、残る三人も頭を下げる。


「うむ」


 妾は盃をサイドテーブルに乗せて、腹心達を見下ろす。


「――話はアリアから聞いておるな?」


 妾の問に、右端に跪いた大柄な獣属ビーストロイドが顔を上げる。


「……ああ、記録映像を観させてもらった……」


 トラ型の因子を持つこやつは、赤毛に黒の縞が走っておる髪を逆立たせて、怒りに震えておった。


 ヒトならば三十代半ば頃の、男臭い風貌。


「――こんな人道にもとる事が赦されて良いのかっ!!」


 このトヨア皇国の総大将を勤めるハヤセは、牙を剥き出しにして咆えた。


 謁見の間の左右の窓がビリビリと鳴いて、ヤツの声が木霊する。


『――落ち着け、ハヤセ。赦されないからこそ、主は我らを集めたんだ』


 ホロウィンドウが下降し、中のケイがハヤセの顔の前で手を振る。


「あ? 陛下、そうなんで?」


 ポカンと間抜けな表情を浮かべたハヤセは、やはり二、三度死んだ程度では治らない類のバカなのだろう。


 なにせおツムのネジが外れた連中の集まりであった、強襲揚陸部隊アサルト・ダイバーズの部隊長だった男だ。


 こと荒事に関しては神がかり的な勘の良さを見せるのだが、それ以外に関してはヤツの頭は飾りのようなもの。


 妾はハヤセに頷いて見せる。


「ああ、そなたも知っているように、魔道器官ローカル・スフィアへの魔道干渉は人類連合、全艦共通の禁則事項だ。

 そして妾が知る限りでは、この星には存在しておらん技術のはず……」


 そもそもその法が定められた時点で、徹底的にその知識、技術がグローバル・スフィアから削除されたはずなのだ。


「……新たな来訪者という事でしょうか?」


 顔をあげて訊ねて来るのは、このトヨア皇国の宰相を任せておるヤシマだ。


 後に流した長い黒髪を朱紐で束ね、切れ長な赤い目で妾に問うてくる。


 見た目こそ三十代後半だが、この場にいる誰よりも若い。


 長く――数えるのも忘れるほどに長く政に携わり、クソ真面目になんでも背負い込むもんだから、ストレスで老けて見えるんだろうな。


 とはいえ、トヨア皇国ウチの貴族の娘っ子共に言わせれば、そこが渋みがあって良いそうなんだが。


 ヤシマの問いに妾は首を振る。


「ならば、我らがこの星に流れ着いた時のように、防衛機構による迎撃があったはずだ。

 ――ケイ、ここ一〇〇年で月が稼働状態になった記録はあるか?」


 妾が顔を向けると、ケイはホロウィンドウの中で手帳を取り出してペラペラとめくる。


『ん~……一〇〇年どころか、稼働を確認できたの二三七年前――近傍を小天体が掠めた際に警戒態勢に入った時が最後ですね』


 ああ、確か天文局が、この世の終わりだとか大袈裟に騒いどった記憶があるな。


「……まあ、我らの知らぬうちに、外界でこの星の防衛機構を掻い潜る発明があった可能性もあるが、そこまで考えとったらキリがない。

 妾はどちらかというと、この星で新たに生み出された線が強いんじゃないかと思っとる」


 妾の言葉にヤシマは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「退化し、この地から逃げ出した者達の子孫が?」


「子孫だからこそという可能性もあるだろう?

 おまえ自身がそうであるように、人類という種は時折、特異な進化を果たすからな」


 ヤシマめ。図体ばかりでかくなっても、こういうところは幼い頃のままだ。


 なまじ自身が頭が回るから、劣った者を甘く見積もるのよ。


 妾がやんわりたしなめると、ヤシマは素直に頭を下げる。


「浅慮でした。確かにヒト属だからと、初めから推測の外に置くのはミスを招きかねませんね」


 そう認めて反省できる程度には、ヤシマも成長したのかの。


「まあ、その辺りに関しては、現在、<影>達に探らせておる。いずれ知識の出処もわかるであろうよ。

 ――とはいえ、だ……」


 妾は肘掛けに両手を置いて、上体を前のめりに四公達を見回す。


「禁忌に手を出し、それによって異世界の娘を勇者なんぞに仕立て上げ、妾の暗殺まで企てた連中に対して、なんの意思も示さんのはナメられると思わんか?」


 妾は歯を剥き出しにして問いかける。

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