第1話 3

「……ふむ?」


 神器ってか、アレ……揚陸部隊員用のマーカーじゃね?


 連中、頭のネジがぶっ飛んでるから、指令無視して突っ込みまくるもんで、技術部が生体モニターと称して配布したもののはずだ。


 確かにそういう機能もあるのだが、アレの主たる役割は、装着者の生体反応が消失した際の登録拠点への遺体転送――なるほど、見えてきたぞ。


「……死ぬと、王城へ転移するのか?」


「ご存知だったのですか!?」


 妾の言葉に、ミィナが目を見開く。


「いや、長く生きておるからな。似たようなものを見知っておるだけだ。

 妾が知っている通りならば、転移した先で蘇生処理を受けるはずだが……」


「はい。王城の地下に、首輪と対になる大型神器――聖櫃と呼ばれるものがありまして。

 わたしは死ぬたびに、そこで蘇りました。

 それが……わたしがお金を持ってない事に繋がるのですが……」


 ミィナが言う聖櫃とは――妾の推測が正しいなら、高度医療ポッド、あるいは再生装置だろう。


 アーガス王国がそんなものを入手していたとは、<影>達からも報告を受けていない。


 正直いつの間に、という気持ちだ。


 あとで確認に向かわせるのを心のメモに記入して、妾はまだなにか言いたそうなミィナの言葉を待つ。


「……宮廷魔道士長様が言うには、聖櫃を動かすのには膨大な魔道が必要なのだそうで……わたしが死ぬたびに、お城に蓄えた銀晶が消費されるんだそうです。

 だから、その費用を賄う為に、わたしは蘇るたびに手持ちの半分が徴収されてまして」


 それで金がない、というワケか……


 中々にふざけた話だ。


「――その聖櫃とやら、妾が知ってるものと同一なら、ユニバーサル・スフィア――霊脈に接続して稼働するモンだぞ? そこから魔道を汲み上げるんだから、銀晶など使うワケがない……ちゅか、銀晶程度の微々たる魔道で動くわけがないシロモノだ」


 ……恐らくは……


「ミィナ、おまえ、騙されとるぞ……」


 妾の一言に、ミィナはビクリと身体を震わせると、膝の上で拳を握り締めて俯いた。


「……やっぱり、そうだったんですかね……」


 アーガス王ガルシアの指示によるものか、それとも宮廷魔道士長の独断かはわからんが。


「そうとしか、妾には思えん」


 ミィナ自身も薄々、不審に思っていたのかもしれんな。


 ミィナの握り締められた拳に、ぽつりぽつりと大粒の涙が零れ落ちる。


「……頑張って……来たんだけどなぁ……

 わたし、あの人達にとっては、都合の良い道具、だった……のかなぁ……」


 嗚咽を含んだ悲痛な独り言に、妾の胸が締め付けられる。


 それは妾にも覚えのある感情だ。


 それこそ数え切れない程に、味わってきた苦い感覚。


 最近ならば、アーガス王国が妾を魔王として勇者派遣を決定したと聞いた時か。


 長く生きた妾は、諦めにも似た気持ちを抱き――正直、もう幕引きにしても良い頃合いかとも考えられたのだが……


 まだ若い――いや、幼いと言っても良いミィナは、努力によって状況を覆そうと足掻いていたのだろう。


 それこそたった独りで、妾の前に立つほどに。


 それを成したなら、認められると信じて……


 ……ふむ、気に食わんな……


 心の内で独りごちる。


 国を与る者達が、寄ってたかってこんな小娘を食い物にして。


「……まずは情報収集か」


 <影>共に調査させるのと並行して、ミィナ自身からも聞いておきたい。


「……のう、ミィナや」


 妾が声をかけると、ミィナは目元を拳で拭って顔をあげる。


 年頃の娘だというのに、その手は分厚い皮に覆われ、傷だらけでボロボロだ。


 憐れむのはこの者の努力に対する侮辱だとわかってはいても、憐れまずにはいられない。


 表情に出ないように努めて、妾はミィナの青い瞳を見つめる。


「差し支えなければ、訊かせてくれんか?

 そもそもおまえ、なんで勇者に選ばれた?」


 権威主義で王侯貴族の力の強いアーガス王国において、平民が勇者に選ばれることなどありえない。


 ――ある例外を除けば。


 半ば確信ともいえる推測だが……恐らくミィナは――


 と、その時だ。


 応接室のドアが勢い良く開け放たれ、部下の侍女達を引き連れたアリアが戻って来た。


「――陛下、突然申し訳ありませんが、ミィナ様をお借りしても?」


「はぁ? なんだ突然。妾達、これから大事な話をだな――」


「――お・か・り・しても、よろしいですね?」


 普段は妾の言葉を遮るような真似、決してしないアリアだったが、今は有無を言わせぬ剣幕でそれをしおった。


 ずずいと寄せられたアリアの顔は、表情こそ笑顔だったが……


「ア、アリア、ひょっとして怒ってんじゃね? 怒ってるよね? あたし、なんかやっちった?」


 思わず素の口調が出てしまう。


「いいえ! 陛下には怒ってません。私が怒りを覚えているのだとすれば……」


 溢れ出る魔道で、アリアの周囲に風が緩やかに渦巻き、紫電が瞬き始める。


「――アーガス王国のクソ共に対してですっ!」


 アリアの怒号と共に閃光が室内を青白く照らし出し、生木を裂くような音が木霊する。


 いや、怒ってんじゃん!


 めっちゃ怒ってんじゃん!


 得意の雷精魔法を暴発喚起しちゃうくらい怒ってるよね!?


 ほとばしった稲妻によって、アリアの足元の絨毯、焦げちゃってるよ。


 アリアが連れて来た侍女達は、慣れた様子で焦げた絨毯を切り取り、同じ生地をはめ込んで修復し始める。


「あ……あうあう……」


 ほらぁ……ミィナがビビっちゃってるし……


 それに気づいたアリアは、ミィナに歩み寄って、深々と頭を下げる。


「――失礼致しました。少々、取り乱してしまいましたわ」


「え、えっと、メイドさん。わたしに用が?」


 おずおずと訊ねるミィナに、アリアはうなずきを返す。


「どうぞ、私の事はアリアとお呼びください」


 アリアはそう前置きすると、ミィナの手を取る。


「拝見するに、ミィナ様はお疲れのご様子。

 大事なお話もありましょうが、まずは旅の疲れを癒やすべきだと思いますの」


 ……ふむ。


 妾はミィナの頭の先から爪先までを見下ろす。


 確かに出で立ちだけではなく……長い旅路だったのだから仕方ないのだろうが、今のミィナはぶっちゃけトヨア皇国ウチの低所得層よりひどい有り様だ。


「よろしいですね? 陛下」


 そう訊ねてくるアリアに、妾は鷹揚に頷いて見せる。


「そうだな。妾とした事が、客人への気遣いができとらんかったな。

 まずは風呂にても入れてやれ。

 ――ミィナ、こう言っちゃなんだが、おまえ、少々臭うぞ」


 ずっと気を張っていたようだからな。


 少々和ませてやろうと、あえて軽口を言ってみたのだが。


「あぅ……すみません。もうずっと野宿ばかりだったので……」


 ミィナは顔を真っ赤に染めて、俯いてしまう。


「――陛下っ!!」


 アリアの叫びが室内に響き渡り。


「あぎゃああああぁぁぁ――――ッ!!」


 文字通り、妾の身にアリアの雷が落ちおった……

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