第1話 2

「……失礼しました」


 泣きじゃくる勇者――ミィナをなんとかなだめすかして歩かせ、妾達は応接室へと場を移した。


 ローテーブルを挟んで向かい合うソファに座ると、侍女のアリアがお茶の用意を始める。


 気の利くアリアは、ミィナの状況を考えてか、やや香りの強いハーブティを選んだようだ。


 薄荷はっかじみた匂いが室内に広がる中、手早く準備を整えたアリアはミィナの前にカップを置く。


 茶請けの焼き菓子も一緒だ。


 どうしたら良いのかわからないというような表情を見せたミィナに、妾は飲むよう勧める。


 散々泣きじゃくったからか、ミィナはカップを一息で飲み干し。


 それから涙を拭って、洟を啜り、短くそう切り出したのだった。


「良い。ヒトならば生きていれば色々あるだろう。おまえの場合、それがちと重すぎて……おまえ自身も気づかぬうちに、負担となっておったのだろうよ」


 そう応えると、ミィナは再びその青い目を涙で潤ませる。


 腰まである銀髪は、紐でくくられて一本網みにされているのだが、本来は艷やかな輝きを放つのであろうに、今は脂や砂埃に塗れてくすんでいた。


 身につけている装備――聖剣や甲冑にしてもそうだ。


 小娘にとっては、武具の手入れなどやり方がわからんのだろう。


 特にこやつの武具は、古代遺跡で入手した遺物なのだと部下から報告を受けている。


 恐らくは専門の職に依頼しようにも、手入れできる者などおらんかったのだろうよ。


 断られ続けて――だからここまでボロボロになっているのだろうな。


 アリアが気を利かせて、カップにおかわりを注ぐ。


「茶請けもご一緒にどうぞ」


 と、アリアにそう勧められ、遠慮がちに焼き菓子に手を伸ばしたミィナは、小動物を思わせる仕草で、焼き菓子の端を噛り、一口一口を噛みしめるようにして食べていく。


「なんだ? いまさら遠慮などするな」


 そう。妾はその行動を、遠慮ゆえにと思ったのよ。


 ……だが。


「い、いえ……その、お菓子なんて、次はいつ食べられるかわからないから……大切に味わいたくて……」


 視界の隅で、アリアが口元を手で覆って顔を逸らすのが見えた。


「次はいつ食べられるかって、おまえ、勇者だろう?

 ここに来るまでにあちこちで事件を解決して、領主やらから報奨金を受け取っていたと報告を受けとるぞ? 買えば良いではないか」


 妾の言葉で、ミィナも監視されていた事に気づいただろうが……いまさらこやつにそれを隠しても仕方あるまい。


「……その、わたし、弱いから……」


 ミィナは困ったような、ひどく自嘲的な笑みを浮かべて、そう応える。


「おまえが弱い? 笑わせる話だな。単身で魔境<深森ディープフォレスト>に発生した侵災の調伏成し遂げ、アーガス王国が暴走させた遺物――狂化機獣バーサーカーさえも討ち倒して見せたおまえが弱いなら、王国騎士なんぞ、ゴミの集まりだろうに」


 目の前に座る小娘は、今でこそひどく儚げで、今にも壊れてしまいそうな雰囲気をしているが……成した功績は現代の人類が成しうるそれを遥かに凌駕しておるのよ。


 謁見の間において、妾が放った威圧に対して、こやつが反応して剣を抜いた瞬間、妾、マジでビビったもん!


 魔道器官ローカル・スフィアが放つ波動が膨れ上がって、潰されるかと思ったわ!


 とっさに魔法喚起しそうになっても、仕方ないだろう?


 そんな気持ちを努めて表情に出ないようにしながら、妾はアリアが淹れてくれたお茶を口に運ぶ。


 さすがアリアはわかっとるの。


 妾のは苦手なハーブティじゃなく、ちゃんと緑茶だ。


 一息。


「……それは……わたしが失敗しても、やり直せるからで……」


 相も変わらず、ミィナは自信なさげに応える。


「そう、それよ!」


 妾は湯呑をテーブルに置いて、ミィナに指を突きつける。


「妾がおまえを一番の脅威に感じたのは、だ。報告で知る限り、おまえは少なくとも十回以上、致命傷を負っているはずだ!」


 死亡の報告を受けた数日後には、ミィナ発見の報告を受けるのだ。


 おおよその推測ができる妾と違って、ミィナを監視しとる部下達は初めの頃はそりゃあ慌てふためいておったよ。


 一部では亡霊勇者だの、アンデットなどという架空の存在なのではないかとまで言われだしておる。


 妾はミィナを見据えて問いかける。


「おまえのその不死性は、おまえ自身の特性か?」


「……いいえ。いえ……勇者だからと言えばそうなのかもしれませんが……」


 ミィナは困ったように首を捻りながら言葉を濁す。


「む? なんだ? 言いづらい事か? いまさらアーガスへの義理立てか?」


「そんなつもりはないのですが、わたし自身もよくわかってないって言うか……」


 そう言って、ミィナは甲冑の首元に触れた。


 途端、金属が軋む甲高い音を立てて、ゆっくりと甲冑が割れ開き、折り畳まれて黒色の手の平に乗るほどの四角い物質に変化する。


 やはり……下士官用強化スーツだったか。


 しかも男性用だ。


 魔道によらず、機械的、生理反応的に筋力補助をする為、本来ならば使用者ごとに調整して用いる代物。


 それを調整もなしに女の身で使っていたのだから、恐らく鎧の稼働時は、常に激痛に苛まれていたはずだ。


 ……なにより。


 鎧の下のミィナの衣装を見て、妾は思わず目を見開き、アリアなどついには泣き出してしまったほどだ。


「……陛下、少々、失礼致します」


 目元を拭ったアリアは、震える声で妾にそう断りを入れて退室して行く。


 ミィナの衣装は、アーガス王国の貧民街にいる者達が着ているような麻の貫頭衣で。


 しかも長期間着潰して来たのか、あちこちがほつれて穴まで空いている。


 とてもではないが、アーガスが誇る勇者の出で立ちではなかった。


 なぜゆえにミィナは、ここまで苛まれておるのか。


 思わず妾は唇を噛み締めておった。


 けれど、当人はそんな妾の内情など露知らず、相変わらず困ったように眉尻を下げて、薄い笑いを浮かべたまま、妾に首元を指し示して見せる。


「これ、お城を旅立つ時に、王様から渡されたもので――勇者の首輪っていう神器なんだそうです」


 それは少女が身につけるには、ひどく不似合いな――黒色をした太い首輪だった。

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