第1話 4

 アリアさん達に手を引かれて何度か階段を上り。


「さあ、こちらです!」


 ひどく懐かしい感じの、カラカラ鳴る入り口を潜って通されたのは、やっぱり懐かしい感じのする脱衣所だった。


 ロッカーがいくつも並んでいる感じが、小さな頃――まだお父さんが居た頃に家族で一緒に行った温浴施設に似ている。


「さあ、みんな。まずはミィナ様を磨き上げますよ!」


 と、アリアさんが手を打ち合わせると、一緒に来たメイドさん達の手によって、瞬く間に裸に剥かれてしまう。


「あ、ああ、あのっ!? あのっ!」


 痩せっぽっちで傷だらけの身体が恥ずかしくて、わたしは両手で身体を隠したのだけれど、アリアさん達は気にした様子はない。


「まあまあ、ミィナ様は楽になさっててください。私達に身を任せてくだされば良いのです」


 戸惑うわたしに、優しげな声でそう告げる間にも、アリアさんを始めとしてメイドさん達も裸になり、湯着なのか、前掛けのようなものを手早く身につけていた。


 そうしてわたしはメイドさん達に連れられて、脱衣所の奥にある大きなガラス扉を潜った。


 そこに広がっていたのは――


「……露天風呂?」


 たぶんここは魔王城の屋上で。


 遮るもののない空を見上げると、すっかり暮れたそこには、右端が欠け崩れた白い月が周囲の輪と共に輝いていた。


 視線を再び周囲に降ろせば、白い玉砂利が敷かれ、渡石で道が通された先はいくつかに別れ、いくつもの大きな岩風呂に通じている。


 それらの道を照らすように植えられた深曜樹が、ほのかな光を放っていて、立ち上る湯気と相まってすごく幻想的。


 向こうに見える、洗い場らしい木製の東屋には蛇口やシャワーがいくつも並んでいた。


 どうみても和風の露天風呂の風景。


「ええ、我がトヨア城自慢の大浴場ですわ。

 さあ、ミィナ様。こちらへ」


 再びアリアさんに手を引かれ、わたしは洗い場のある東屋へと向かう。


 と、そこに――


「あ、ちょーど良かったみたいっスね。

 侍女長、言われた通り持って来たっスよ~」


 可愛らしい声に振り返れば、そこには見上げるほどの巨体の魔属が浴槽を担いで歩いてくる。


 黒色で筋肉の発達した四肢に、獣の毛皮じみた体毛を生やした胴。大きなアゴからは太い牙が覗き、額からは二本の角が生えている。


 その姿は、天間山脈を抜けてこの魔属領に来てから、何度も戦ったオーガの特徴だ。


「――ッ!? みんな、下がって!」


 と、わたしは咄嗟に身構えて、アリアさん達メイドのみんなの前に出た。


 けれど。


「ああ、ミィナ様。大丈夫ですよ」


 アリアさんは後からわたしの肩を叩き、優しく微笑む。


「リーシャ。頼んでおいてなんだけど、あなたがその格好で来ちゃったから、ミィナ様が驚かれているわ。一度、化生けしょうを解いて、ご挨拶なさい」


 そうアリアさんが目の前のオーガに呼びかけると。


「ああ、そっか。そっスよね。勇者サマにしてみれば、この格好だとおっかないっスよね」


 オーガは担いでいた浴槽を地面に下ろし、そう呟いた。


 と、その目が赤く輝き、オーガの巨体は繊維状にほどけて、螺旋を描き、その中から現れた赤毛の女の子のメイド服へと変貌していく。


 その姿はわたしと変わらないくらいの年頃で、背丈もわたしより少しだけ小さいくらいだ。


「侍女のリーシャっス。よろしくおねがいします、勇者サマ!」


「――え? ええ!?」


 目の前で起きた光景が信じられなくて、わたしは女の子を指差し、彼女とアリアさんの間で視線を往復させる。


「ふふ。これが私達、魔属の秘密のひとつです。

 ヒノエ陛下が我らにもたらしてくれた魔道技術のひとつで、化生と言います」


 口元に人差し指を立てながら、アリアさんはそう告げて片目をつむって見せた。


 ――アリアさんが言うには。


 わたしがこれまで戦って来た、ゴブリンやオーク、オーガなどとアーガス王国で呼ばれていた怪物達は、魔属がこの化生をした姿なのだそうで。


「――まあ、量産型バイオスーツの一種なんだがな。こう言って、おまえわかるか?」


 そう声をかけて視線を下ろせば、そこには十歳くらいの小さな女の子が立っていた。


 おかっぱに切りそろえられた白い髪の左右から小振りな角が覗いていて、可愛らしいお尻からは彼女の脚くらいある太く長い、白い鱗に覆われた尻尾が生えている。


「あら、陛下もいらしたんですね?」


 ……へ?


 アリアさんの言葉に、わたしは隣に立つ女の子をまじまじと見る。


 白い髪に紅い瞳。今はふっくらした印象の輪郭だけれど、成長した姿を想像すると、確かに――


 わたしの視線に気づいたのか、女の子はへらりと笑って犬歯を覗かせる。


「驚いたかの? 妾はこの通り自在に見た目を変えられるのよ。バイオスーツ――化生はその技術の応用よ!」


「陛下、泳ぐならちゃんと身体を洗ってからですよ?」


 ため息交じりにアリアさんがそう告げると、ヒノエ様の両腕をメイドさん二人ががっちり抱え込んだ。


「わ、わかっておる! だが、自分でっ! 自分でやるからっ! おまえらに任せるとあれこれ塗りたくられてのぼせてしまう!

 ――あ、こら! 抱えあげるな! 待て! 降ろせ!」


 あれほどスラリとしていた手足が見る影もなく、短くふっくらとしてしまっている手足を振り回して暴れながら、ヒノエ様は洗い場へと連行されて行く。


「な、なんであの姿に?」


 目の前で繰り広げられた騒動に感情が追いつかず、浮かんだ疑問をそのまま声に出してしまっていたみたいで。


 わたしの疑問に、アリアさんは一番奥にある、大きな岩風呂を指差した。


 胸壁のない屋上ギリギリに設けられた、この大浴場半分を占める大岩風呂だ。


「あのお姿だと、あそこが適度な深さになるようで、泳ぐのに良いそうなのです」


 真面目なアリアさんは、そう恥ずかしげに教えてくれる。


 と、そんな間にも、リーシャさんは再びオーガの姿となって、運んできた浴槽にお湯を組み上げ、東屋のすぐそばに設置していた。


 アゴに手を当てながら浴槽の設置具合を周囲から確認していたリーシャさんは、満足したのかメイド服に戻り、エプロンから小瓶を取り出して浴槽に中身を注ぎ込んでいく。


 風に乗って、ふわりと柔らかな花の香りがここまで届いた。


「侍女長、準備おっけーっス!」


 リーシャさんが手を振ると、アリアさんはわたしの手を引いて東屋横の浴槽に向かう。


「さあ、ミィナ様。旅の疲れを癒やしましょうか」

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