転生者管理局のお仕事 ~その男、女神にチートスキルを付与された転生者たちを素手で殴ることにした模様~

志緒津 朔

File 01 転生者を狩る転移者

 金曜日の夜は賑やかだ。ひと仕事終えた者たちが、晴れやかな顔で歓楽街をそぞろ歩く。心底楽しそうに、まるでこの世に憂いなど何一つありはしない、とでも言いたげに。――これは現代日本でもこのでも変わらないようだ。


 赤、青、緑、金、銀、黒――様々な髪色をした人間や亜人種たちが行き交う中を歩く。歓楽街の街並みは、かつて平成からやって来たたちの手による現代風の建物に、この世界本来の固有の建築様式が入り混じって、独特の混沌とした様相を呈する。

 途中、派手な極彩色の割に生地の薄っぺらい安物のドレスに身を包んだ女たち(無論、春をひさぐことを生業なりわいとする女たちだ)に片言の日本語で声をかけられれば、「悪いが、今は勤務中でね」と現地語で言ってかわす。実際、そうだからだ。


 大勢の人でごった返す大通りから脇道に逸れ、一軒の酒場へ。戸を押すと、カラリとドアベルが鳴った。


 ――いらっしゃい、好きな席に座りな。


 忙しく酒や料理を運ぶ給仕の女が、フロアの喧騒にも負けぬ大声で怒鳴るように言う。天井近くに据えられた魔導式のラヂオも、大音量で俗悪な娯楽番組をひっきりなしに流している。


 店内をぐるりと見回す。なかなか繁盛しているようで、満席に近い。歓楽街同様、さまざまな人種や職種の客が入り交じって酒杯を傾けている。――剣士や魔術師の出で立ちをした冒険者や、その冒険者に武器や防具を売る商人、そして商人に品物を納める鍛冶屋――さながら小さな経済圏の縮図のようだ。


 さて。先にも言った通り、俺は仕事でここへ来た。酒や料理に舌鼓を打つためでも、ましてや社会科見学に来たわけでもない。

 店の最奥、カウンター席にひとりの男の姿を認める。……ターゲット、確認。


「隣、いいかい?」


 何気ない風を装って尋ねると、男は黙って頷いた。……肉体年齢で言えば二十代半ばぐらいのはずだが、背中を丸め草臥くたびれ果てた様子で安酒を呷る姿は、三十代にも四十代にも見える。

 ――あるいは、この男が現代日本で順当に年を重ねていればそうなっていたであろう姿に。


 注文は? と訊かれ、ギムレット、と答えた。

 無論、この異世界にギムレットなど存在しない。これはただの暗号だ。――悪いがこれから少々店を騒がせるぞ、という意味の。

 酒場の主人はすべてを理解した様子で、店の奥へと引っ込んだ。


「いやはや、世知辛い世の中だねえ」


 隣の男に声をかける。やはり男は黙ったままだった。全身から「話しかけるな」と言いたげな雰囲気を漂わせていたが、俺は構わず言葉を続ける。


「どっちを向いても転生者サマ、転生者サマだ。モノ作りにせよ魔物退治にせよ、現地人の出番なんてありゃしない」


 男の表情が歪む。さも不快げに。今にも椅子を蹴って立ち上がりかねない剣幕で。

 その男の顔を見ずに、前を向いたまま俺は言った。



「――なあ、あんた、だろ」



 活気にあふれていた酒場が、一瞬で静まり返った。大声で喋っていた酔客たちも一気に酔いが醒めたようで、一斉に口をつぐむ。そして、息を潜めてこちらの一挙手一投足を見守り始める。……魔導ラヂオだけが、場違いに明るい声をフロアに流している。

「管理局のイヌ野郎が」と忌々しげに罵る声もあったが、すぐに仲間の男に「おいやめろ、聞こえるぞ」と制止されていた。……安心するといい。俺はその程度で公務執行妨害罪を適用するつもりはない。


「――なあ、あんた、違法転生者、だろ」


 返事がなかったので、もう一度同じ言葉を繰り返した。今度はゆっくりと、一語一語を区切るように。


 ターゲットの男はグラスを手にしたまま硬直している。だがその手は小刻みに震え、琥珀色をした液体(現代日本でウィスキーと呼ばれていたものによく似た穀物原料の蒸留酒だ)が波紋を立て揺れている。

 男に見えるよう、カウンターテーブルに身分証を置いた。


「俺は転生者管理局の人間だ。できれば手荒な真似はしたくない。任意で同行してくれないか?」


 沈黙。返事はない。……ハイでもイイエでも、あるいはイエスでもノーでもウィでもノンでも言ってくれれば話は簡単なのだが。

 仕方がないので、俺は続けることにする。何十回、何百回と繰り返してきた定型句を。


「第一に、には黙秘権がある」


 沈黙。やはり返事はない。

 ……些細なことではあるが、違法転生者の身柄を確保するときは、必ずという二人称代名詞を使うことにしている。男であっても女であっても。あるいは大人であっても子どもあってもだ。そこに例外は一切ない。


「また、あなたの発言は何であれ、法廷の場においてあなたに対して不利に用いられる可能性がある」


 沈黙。返事はないが、目が見開かれ、頬を汗が伝い、口唇がわなわなと震えている。


「そしてあなたは尋問の間、弁護士の立ち会いを――」


 そのときだった。

 それまで微動だにしなかった男が咄嗟にグラスを放り捨てると、手近な酒瓶を鷲掴みにして振り上げ、振り下ろす。――俺の頭めがけて。


 派手な音を立てて硝子の破片が飛散した。アルコールの刺激臭が鼻につんと来る。……ああ、これは安酒だな。前髪からぽたぽたと垂れる雫が目に入りそうになって、俺は思わず顔をしかめた。

 酒場の客たちがざわめき立つ。


 ――うわやべえ、管理局のヤツ殴っちまったよアイツ。

 ――あーあ、もう終わりだな。

 ――殺されるぞ、あいつ。


 失敬な。確かに俺は転生者であれば即刻殺害する権限を持っているが、この程度で行使はしない。常時発動している防御魔法のおかげでダメージもゼロだ。……服は汚れたが。


「なあ、あんた」


 俺はまだ割れた酒瓶の首を握ったままの男の手首を掴む。


「今のはただ、――だよな?」


 これは俺なりの“善意”という奴だ。もしここで男が故意の暴行でないと言えば、その通りにしてやるつもりだった。

 ――だったのだが。


 男は俺の手を振り払うと、胸ポケットに手を入れ何かを取り出す。それを目にした酒場の客たちがいよいよ悲鳴を上げる。


 ――魔導銃だ!! 魔導銃出しやがったぞアイツ!!

 ――逃げろ、何が飛び出すかわかりゃしねえ!!


 俺は小さく溜息を吐く。こうなってしまった以上、交渉は決裂だ。客たちが互いに互いを突き飛ばし合いながら我先にと店の出入り口に走る。


 魔導銃。弾丸はなく、使用者の魔力を充填して発射する遠距離武器だ。魔導ラヂオ同様、かつて平成の転移者たちが作り出したもので、今は製造法も喪失うしなわれてしまった。

 現代日本――の一般社会に銃火器は流通していないので例えようもないのだが、あえて言うなら安っぽい玩具オモチャの水鉄砲に似た見た目をしている。だが威力は正真正銘、本物だ。使い手の魔力量次第で対象を射殺するどころか、建物ひとつ吹っ飛ばすことすら可能。酒場の客たちが騒ぐのも無理はない。


「う、うぅ、う、動くな!! 誰も動くんじゃない!! 動くと撃つぞ!!」


 男は天井に向けて発砲する。悲鳴が上がる。魔導照明に当たって硝子が散る。ラヂオも壊れて吹っ飛ぶ。ああ、高級品なのに勿体ない。

 今度は銃口を俺に向ける。……銃の扱いに慣れていないことは一目瞭然だった。構えがなっていない。そのままトリガーを引けば反動で腕が逝くぞ。


「悪いことは言わん。――やめておけ」


 軽く両手を挙げて掌を見せ、刺激しないようなだめる。半ば親切心から忠告するが、残念ながら通じている様子はない。


「お、おお、お前たち管理局の連中はいつもそうだ。俺たち転生者を目の敵にしやがって!! いったい俺が何をしたって言うんだ!!」


 やれやれ。盗人猛々しい、とはこのことか。

 ……まあこいつの場合、ただの盗人どころではないのだが。


 俺は違法転生者の罪状を告げる。


「強盗および殺人未遂。――なあ、あんた、他人ひとから奪ったカネで飲む酒は旨かったか?」


「な、何を根拠に――」


 あからさまな動揺。泳ぐ視線。しどろもどろになる口調。これでは自白しているも同然だ。

 俺は続ける。


「あんたの前世の名前はサカガミ・タダオ。大学卒業後、定職に就かずコンビニエンスストア店員やパチンコ屋スタッフを転々とした後、賭け事で複数の借金をこさえる。いい加減首が回らなくなり、当時懇意にしていた女性に金を無心しようと狂言自殺を試みるも、図らずも成功してしまい、そのまま死亡」


「なぜ――それを――」


 なぜかって? 調べたからに決まってんだろ。


「死亡後、この異世界に転生。転生に際して付与されたスキルは【鑑定】。当初こそ真面目にアイテム鑑定士として働こうとするが、すぐにまたギャンブルに手を出し、金を借りていた相手と口論の末、殴打。現金を奪って逃亡。名前を変え、この街まで流れてきた。――違うか?」


「ッ!! たかが一人殴ったぐらいで……っ」


 モブ。一部の傲慢な転生者は、異世界に住まう人々をこの蔑称で呼ぶ。

 ――ちなみに、俺がこの世でもっとも嫌いな言葉のひとつだ。


「しっ、仕方ないだろう!! 俺だって真っ当に生きれるなら生きたかった!! でも――でも、あのクソ女神が【鑑定】なんてゴミカススキルを寄越したおかげで……っ。

 そうだ、この世はガチャだ、ぜんぶガチャだ!! 俺は悪くない!! この異世界の能力ガチャの差別社会構造がいけないんだ!!」


 支離滅裂な主張。……否、主張にすらなっていない。おそらく言っている当人も訳が分からないことだろう。


「……………………。言いたいことは、それだけか?」


 俺は男に一歩近づく。


「う、うわあ、来るな、来るなァ……!!」


 男が引き金を引く。魔弾が発射される。避けることも容易かったが、敢えて受ける。流れ弾が酒場の客に当たればだ。


「――……っぐ」


 魔弾が肩に命中し、血が弾けた。いってえ。……ああ、サカガミさん。あんたの【鑑定】スキルは本物だよ。その魔導銃は性能がいい。俺が薄く張ってた防御魔法を貫通するぐらいだからな。

 そのスキルを使って真面目に働いていれば、ちゃんとした“第二の人生”を生きられただろうに。


「ひ、ひィ……っ」


 おそらく人を撃つのは初めてだったんだろう。撃った当人が怯えていた。がくがくと震え、俺の肩とまだ魔煙の上がる銃口とを見比べている。腕も痛めたようだ。……だから警告してやったんだが。


 また、俺は男に一歩近づく。魔弾が発射される。今度は俺の脚に当たる。つい先ほど防御魔法を強めにかけ直していたので、問題はない。

 男は哀れなほど怯えている。涙目で、鼻水を垂らして顔をぐしゃぐしゃにしている。これではどちらが加害者で被害者かわかりゃしない。


 また一歩近づく。もう体が触れ合うほどに近い。

 俺は銃を握った男の手をゆっくりと取ると、まだ熱い銃口を自分の左胸に押し当てた。


「――さあ、撃ってみろよ。この至近距離なら、俺の心臓ぶち抜いて即死させられるぜ?」


 ぐっと顔を寄せ、恋人に甘く囁くように、耳元で言ってやる。

 男は声すら上げられない。一方、逃げなかった客のひとりが物陰に隠れ、「狂ってやがる」と呟いていた。


「あんた、『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』という言葉を聞いたことはないか?」


 気まぐれに、尋ねてみる。男は、涙を流しながらふるふると首を横に振る。――なんだ、令和の転生者はルルーシュも知らんのか。

 ……もっとも、その元ネタはさらに別にあるんだが。


 まあいい。気まぐれもここまでだ。


 俺は引き金を引く。カチリと音が鳴る。魔弾は発射されない。……使用者である男の魔力がとうに尽きていたからだ。


「ぅぁ、あ――っぁ」


 男は白目を剥いて失禁する。ズボンの股間が黒く濡れて小便が漏れ出て、酒場の床に広がり湯気を立てた。あーあー、きったねえな。


「――寝てろ」


 俺は男の首筋に手刀を打ち込む。男は糸の切れた人形のように崩れ落ち、自分で作った水たまりの上に倒れる。手から滑り落ちた魔導銃が床にぶつかって、ゴトリと音を立てた。


 ……違法転生者サカガミ・タダオ、確保。

 相手が殺傷目的で故意に発砲した以上、現場判断で処してしまっても問題なかったが、そうはしなかった。法は法であり、罪は罪であり、罰は罰だ。この世界で罪を犯した人間は、この世界の法に基づいて順当に公正に裁かれるべきだろう。……少なくとも俺はそう考える。


 男の両手に手錠をかけ、魔導銃も拾って回収する。外に向けて合図すると、少し前から店外で控えていた部下の局員たちが入ってくる。

 男の身柄を部下に委ねたところで、カウンター奥から出てきた店主に呼ばれた。


 ――ご注文の酒です。それと、手を拭くならこちらで。


 カウンターテーブルに、透明なカクテルと濡らして絞った手拭き布が置かれた。

 俺は思わず笑う。


 まったく、じゃないか。


 店主の厚意に甘えることにして、俺は血で汚れた手を拭うと、出された酒も一息に呷る。ジンもローズ社のライムジュースもない異世界のカクテルだが、味は悪くなかった。

 礼を述べ、代金代わりにこの世界の金貨が詰まった皮袋をカウンターに置いた。多すぎます、と言われたので、店を荒らした詫びだ、と返す。――いらないならこの場にいる客全員に奢ってやってくれ。あと俺の部下にも。


 短い別れを告げ、俺は店を出る。

 出る折り、客のひとりの前で足を止める。俺を見るなり、「管理局の狗野郎が」と罵った男だ。


「わんっ!」


 そう言っておどけた表情を浮かべてやる。男は椅子から転げ落ち、腰を抜かしたまま後ずさりした。


 背を向けたまま軽く手を振り、ドアを開けて外へ出る。ドアベルがカランと音を立てた。


 喧噪。

 繁華街は相変わらず多くの人々でごった返している。人間、亜人種、男、女――そして、転生者たち。

 一歩踏み出せば、俺もまた雑踏に紛れ込む一人となる。

 ……もっとも、厳密にいえば俺はこの異世界の人間でも、令和時代からやって来た転生者でもなく――


 ――今はもう生き残りも数少ない、平成時代に身体カラダごとこっちの世界にやって来たなのだが。

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