第40話 ヤンデレって、バッドエンドですか?

「……」

 何も言えなくなった私を一瞥して、部屋からアルバート様が出ていった。カチャッと鍵が閉まるような音がして、嫌な予感がした私は確認のため扉を開けようとしたが、やはり鍵がかかっているようで開かなかった。

 監禁エンド、無理心中エンド…ミリアンナ様の声が頭の中に思い浮かんだ。

「まさか、これってバッドエンドに向かっているとか?いや、まさかね…」

 兎に角、今は冷静になって行動しないと…きっとアルバート様は、10年間待っている間に不安になって、それで側に置いておきたくなっただけで、時間が経てば私の希望を聞いて家にも帰らせてくれるはずだ。

 そう思って5日、大人しく部屋で過ごしながら、毎日訪ねて来てくれるアルバート様に言い出せる機会を窺っていた。しかし私が家に帰りたいと言おうとすると、その度にアルバート様は冷気を発するようになった。本人は無意識なのかもしれないが、はっきり言って寒いし、ベスや周りの侍女たちも困惑気味だ。

 ベスは私が眠っている間、暇を取っていたが、私が目覚めるタイミングで侍女として戻って来てくれたそうだ。子供が2人いるが9歳と7歳で、昼間は学校に通っているので、夕方までの時間制で侍女として仕えてくれている。この状況で、幼いころから知っているベスがいてくれるのは心強い。

「ねえ、ベス。この手紙を送ってもらえるかしら?マッタン王国のミリアンナ妃宛てなの」

「はい、かしこまりました。しかし、多分このお手紙もここから出せば検閲される可能性がありますが…」

「そうね、それでもいいから、お願いできるかしら?」

「では自宅へ戻ってから、私からの手紙として届くよう手配いたします。少し時間はかかりますが」

「それでもいいわ。ありがとうベス」

 アルバート様は、目覚めてからずっと、私が逃げ出すのを警戒するようになった。ピリピリとした空気に、王宮に勤める侍女も侍従もビクビクしている。相変わらず部屋に鍵がかかっていて、外出することも許してもらえていない。逃げ出そうと思っていない私としては、どうしたらいいか分からずストレスだけが溜まっていく。

 

 それから5日後、マッタン王国からミリアンナ妃が、突然私を訪ねてやって来た。

「遅くなってごめんなさい。目覚めたと連絡は来ていたのだけれど、丁度息子の4歳の生誕祭があって、バタバタしていたの」

 突然訪問してきたミリアンナ妃を、流石に追い返すことは出来なかったのか、アルバート様は渋い顔のまま来客用の椅子に座っている。正式に申し出があった場合、きっと断られていただろうと想像がついたので、私は何も言わず微笑んだ。

「ミリアンナ妃、10年前は世話になった。あなたの言う通り無事クリスは目覚めた。感謝はしている、だが、いきなりこのように訪問するのは…」

「あら、10年前一度来て以来、クリスの眠る部屋に入ることが叶わなかった私を、まさかすぐに追い返すなんて、そんなことなさいませんわよね」

「そ、それは、10年間安全にクリスを守るためにそうしたのだ。家族以外は面会謝絶で、仕方なかった…」

「今は目覚めて元気そうですわ。ですから暫くこちらに滞在させていただきたいですわ。クリスもそれでいいですよね?」

「ええ、勿論です。お願いします。アルバート様」

 今すぐにでも追い返したいと思っているアルバート様より先に、私は素早く返事をした。

「ぐう…わかった。客室を用意させよう」

「ありがとうございます。今からクリスと二人でお話してもいいでしょうか?ずっと我慢しておりましたのよ、沢山お話したいことがありますの」

 アルバート様は不満を顔に張り付けたまま、部屋を出ていった。ミリアンナ様と二人きりになると、ホッと息を吐きだした。

「お手紙読みました。ベスさんの名前でしたが、よくクリスがベスさんのことを話していたから、わかりましたわ。ヤンデレがかける2って本当なの?」

「はい、そうなんです。今も監禁されている気がします…何故か私がアルバート様から逃げ出すと思われているみたいで、部屋に鍵がかかっていて、自由に外出出来ないんです」

「それはかなり病んでいるわ。やっとクリスが目覚めて、これから愛を深める段階で、アルバート殿下は何をしているのかしら…」

「愛を深める…そんな、私はまだ今の現実に戸惑っていて、それどころではないです」

「そうね、ここにずっといては、殿下がクリスの為にしていたことを感じられないでしょうしね…」

「していたこと?」

「私からは言えないわ。クリスが実際に目で見て、感じるべきだと思うのよ。私も協力はしていたので、ぜひ感想を聞きたいのよ。でも、今の殿下では駄目ね。余裕がないというか、切羽詰まっているというか?」

 大人になったミランダ様は、冷気を発するアルバート様を気にすることなく、滞在を決めてくれた。本当に頼りになる存在だ。

「それにしても、当時はあまり感じなかったけど、クリスは本当に美少女だわ…27歳になったアルバート殿下が、隠してしまいたくなる気持ちは理解できるわ。お肌もぷるぷるツヤツヤで羨ましい~」

 私の頬を触りながら、ミリアンナ様が溜息をつく。前世27歳だった私も、その気持ちはよく分かる。10代のお肌はきめが細かいし張りがある。シミ、シワとは無縁だし透明感も半端ない。

「アルバート様の気持ちが分からないんです。どうして閉じ込められているのか、何かに悩んでいるのなら、ちゃんと話してくれないと分からないのに…」

「そうね、話し合いは大切ね。きっとお互い本音で話し合わないと、きっと小さなすれ違いからバッドエンドになる可能性があるのよね」

 ミリアンナ様が困った様に微笑んだが、その言葉を聞いて私は真っ青になった。

「バッドエンドは嫌です。折角目覚めて、今からアルバート様と一緒に人生を歩んで行こうと思っているのに、何とかしないと」

「そうね。何故監禁されているのか、ヤンデレ×2はどうしてそうなったか、が分かれば対策は出来そうだけれど、兎に角しっかり話し合うのが一番良さそうね。暫くは滞在するので、その間に話し合う機会をつくってみて」


 話し合う決心をして、アルバート様と向き合おうと私は頑張った。でも、肝心の話を切り出す前にアルバート様はスッと退室してしまう。警護の人数も段々増え、侍女のベスですら中々会えなくなった。

「もう、いい加減にストレスで爆発しそうです。家に帰りたい、外に出たいと言おうとすると、アルバート様は用事を思い出すんです。わざとだとしか思えません!」

 ミリアンナ様だけは、私の部屋へ入る許可が下りるようで、今日もミリアンナ様へ盛大に愚痴をこぼしていた。ミリアンナ様がここへきて3日目だ。滞在は7日間だと聞いている。4歳の息子をマッタン王国へ置いてきているのだ。長くは滞在できないのもわかる。

「そうねぇ、どうしてか王宮の方の警護も増えているのよ。王宮内も落ち着かない雰囲気でね、何かあったのかもしれないわ。アルバート殿下は、何があったのか語りたがらない方みたいだから、クリスにも言わない気みたいね。少し作戦を変えましょうか…」

「作戦を変える?」

「15歳の女の子なら、これくらいは許してもらえるでしょう、たぶん…」

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