第41話 sideアルバートの思惑(苦悩)

「は?絶縁状⁈」

 毎日、必ず時間を作って、クリスの部屋を訪問する。今日も忙しい時間をやり繰りしてやっと訪問できたのに、いきなりクリスに手渡された紙を見て、私は思考が停止するほどの衝撃を受けた。


 アルバート・ディラン王太子殿下

 本日を以って、絶縁いたしますので通知申し上げます。

 長い間の関係を振り返りながら、今回の考えに至りました。このまま何も教えていただけず、不安な感情を持ったまま関係を続けることは不可能です。

 私自身の心の平和を守るため、絶縁させていただき、新たなスタートを切らせていただきたく、お願い申し上げます。

 

 クリスはぷくっと頬を膨らませて、私を睨んでいるが、はっきり言って可愛すぎる。私の目には頬袋に餌を溜めこんだ愛らしい子リスにしか見えない。可愛すぎる姿と、絶縁状のショックでどうにかなりそうだ…

「クリス…」

 クリスはぷいっとそっぽを向いて、一層不機嫌です、という態度を取った。懐かない可愛い子猫なのか⁈しばらく思考を巡らせたが、この状況を打開するには、素直に気持ちと事情を話さなければならないだろう…


 ミリアンナ妃が予測した通り、10年後の私の誕生日にクリスは無事目覚めた。

 10年間、婚約者が不在な理由を説明しないままにするのは、流石に無理があり、事件から半年後、聖女クリスティーヌは眠りについたと正式に発表した。

 呪いということは隠して、あくまで神の元へ訪問している、という微妙な嘘を、貴族や国民に発表した。半信半疑ながら、大きな混乱もなく騒ぎにもならなかった。   新たな婚約者をという声も、その度に天変地異並みに天候が荒れるのを繰り返している内に、その声を上げる者もいなくなった。

 私は寂しさを紛らわすように、国政に邁進した。施行した一夫一妻制度を国に広め、混乱のないようにマッタン王国から指南してくれる人材を派遣してもらった。さらに、ミリアンナ妃が隣国で進めていた、平民の子供が無料で通える学校を、ディラン国でも作ることにした。孤児院訪問でクリスが字を教えながら、この国にも平民の子供が通える学校があればいいと言っていたのを思い出したためだ。

 忙しくしていれば、クリスがいない現実を感じずに済むし、国は安定して一石二鳥だった。疲れて部屋に戻る前に、クリスが眠る部屋を訪れるのが日課だった。眠るクリスに一日の報告をして、彼女の頬に触れる。冷たい体にドキリとして、心音を確認してホッとして、短い休息をとるために部屋へ戻る。

 眠れば悪夢にうなされた。クリスが目覚めず亡くなる夢、目覚めたクリスが私を嫌う夢、若い男と恋に落ちて逃げられる夢、数えきれない悪夢が私を不安にさせた。眠り続ける可憐なクリスを誰にも見せたくなくて、家族以外の人の出入りを禁じた。ミリアンナ妃が平民の学校作りの指南の為、ディラン国を訪れた時ですら、クリスには会わせなかった。

「酷いですわ。私はクリスの友人ですわ。会わせていただけないなんて…」

 ミリアンナ妃は大丈夫だと分かっていたが、それでも決まりだと面会を断った。丁度昨晩、クリスが女性と駆け落ちする夢を見たところで、冷静な判断が出来なかったのだ。


 待ち続けた10年後、クリスは無事に目覚めた。目を開けたクリスは、私の記憶するクリスより更に幼く見えた。10年経った私と時間の止まった彼女の歳の差は12歳になってしまった。

「10年、待っていてくれたの、ですか?」

 可愛いクリスが驚いたように聞いてきた。

「ああ、当たり前だ。私の唯一、愛する婚約者はクリスだけだ」

 左手の薬指に契約の指輪が嵌まっているのを見て、クリスが驚いている。やはり、彼女が自ら指輪を外したのだ……分かっていたが、やはりショックだった。クリスは目覚めた時、私が違う妃を娶っていても平気だったのかと。

 目覚めたばかりで混乱するクリスに、仄暗い気持ちを持った。一生このまま囲い込んで、私以外の人間に会わせたくない。彼女が見つめるのは私だけでいい。

 キャサリンが突然ドアを開け、クリスの家族が入室してきた。嬉しそうな、そして不安そうな顔で泣くクリスを見て、私は自分の中の気持ちに蓋をした。そんなことをしたら、クリスから嫌われることも分かっていた。


 少し、ほんの少しの間、クリスを独占したくて、部屋から出ることを禁止した。聖女が目覚めたと分かれば、危険な思想で動く輩もいるだろう。こんな可愛いクリスを危険な世界に出すのが心配だったのだ。

 ほんの少しと思っていたのに、想像以上にクリスを狙う輩は多かったようで、その対応に注力している間に日にちが経っていた。心配をかけまいと、その事を伏せたまま警護を増やし、監禁するようなことをしていたのは認めるが、安全の為仕方なかったのだ。


「クリス、どうして、こんなものを?」

「……」

 ぷくっとした頬をしたまま、クリスは今も無言でこちらを見ている。可愛い、可愛い、かわ……

「こ、ここから出して下さい。このまま説明もなく閉じ込めるなら、わ、私は、アルバート様を、き、き、嫌いになってしまいます!」

 がーんっと頭が何かで殴られたような衝撃が私を襲った。クリスが私を嫌いになる、だと?そんなこと耐えられない。もし本当にそんなことになったら、私は自分で何をするか分からない。

「分かった、ちゃんと説明するから、そんな悲しいこと言わないで欲しい」

「分かりました。では、話してください」

 仕方なく、私は現在神殿が不穏な動きをしていること。そして、それ以外にも気になる動きがあることをクリスに知らせた。

「ギルフォード殿下が失踪ですか?」

「失踪なのか、誘拐なのかはまだ分かっていない。最近体調が優れないと聞いていたが、クリスが目覚めたタイミングで失踪となると、警戒はしておいた方がいいだろうと……君を監禁する結果になったのは申し訳なかった。クリスが望むなら、スコット侯爵家へ帰ることも検討するから、絶縁だけは考え直して欲しい」

「それは、私もいきなり事情も分からなくて、極端なことをしてすみませんでした。でも、これからは閉じ込めて守るのではなくて、ちゃんと説明して欲しいです」

「それは、こちらも余裕がなくて、すまなかった。これからはちゃんと説明する。それで、この紙は…」

「なしでいいです。事情はわかりましたから」

 絶縁状をクリスが破って捨てたのを見て、ホッと息を吐いた。このまま絶縁するとクリスが言ったなら、説得するために監禁してしまおうと思ったことは、クリスには内緒だ。

「兄上の問題もあるが、神殿が聖女を一度でいいから神殿にという要請が来ている。一度だけ神殿に行くことになってもいいか?二度目は認めないが、あちらの言っていることも否定し続けられないんだ」

 クリスが眠った理由を「神の元へ訪問している」と言ってしまったため、目覚めた聖女を神殿が求めるのを否定し辛くなってしまった。咄嗟に嘘はつくべきではなかったと苦々しく思いながら、クリスの返事を待った。

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