第14話

 ヒーロさんから教えてもらった場所に向かって歩く。クロさんは、あまり曲がらずに最短の道を行っているようだった。

 どうせドクターの場所や存在はもう知っていたみたいだし、これからもここら辺に犯罪者を追ってくるのなら道を覚えられようが忘れようが関係無いとの結論に至ったんだろう。

 何より、折角のチャンスなのだから、相手に逃げられる前に辿り着くのを優先するべきと判断したんだと思う。

「あの人、全然足音とかしないけど何者?」

 私の隣を歩くヒーロさんは、頻繁に私に話しかけてくれた。クロさんはいつも通り自分から会話をしないので私は慣れてしまっているけれど、ヒーロさんは常に空気を明るくしようとしてくれている感じ。

 なんか、対照的な気がする。

 でも、どちらも深い部分では一緒だ。私にとっては、どちらも良い人だと感じてる。ヒーロさんは根本から表層まで良い人だし、クロさんは…うん、根本は良い人だと思ってる。お仕事内容が少し、いやかなり怖いけれども。

「私にとって、命の恩人で、ヒーローです」

「ふーん?」

 ヒーロさんは、不思議そうにクロさんの背中を眺めた。

「君は、診療所の会話から察するに戦えないんだよね?何であの人と一緒にいるの?惹かれて自警団に入った感じ?」

 ヒーロさん、何だか誤解してるみたい。自警団ってわけでは無いし。でも、私から色々訂正とかするのも気が引ける。クロさんがわざわざ訂正しなかったのには、何か理由があるかもしれないからだ。その方が今のところは都合が良い、とか。

 とりあえず、ヒーロさんには私が助け出された経緯やこれまでのことを簡単に話した。拷問とか裏の世界とかの話は抜きで。

 …だいぶ難しかった。

 本当に簡潔に、攫われたところを綺麗に助け出してくれた王子様という御伽話みたいな感じになってて変な感じ。本当はもっとドロドロしてたけど。

「おぉ〜…かっこいいじゃんあの人!」

 話し終えると、ヒーロさんはキラキラした眼差しをクロさんの背中に向けた。

 あぁ〜、これちょっと違う感じで伝わっちゃったかもぉ。

「悪の為に立ち向かい、たまたま出会った君の為にとにかく全力を尽くしてるって感じ?悪を恐れず戦い続ける、ボクの目指す理想だ!」

 拳を高く掲げて、ヒーロさんはうっとり言葉を紡いだ。それから随分、色々な話をした。

 自分より力が強い者に戦う為にはとか、困った時の対処法とか、失敗談とか。

 それは全て英雄譚のようであった。

 全ての物語がキラキラとしていて、心を躍らせるものになっていた。真っ直ぐに光の道を進み続けたヒーロさんだからこそ語れる話。

 ついつい私は聞き入っていた。

 そうしてそれなりに話を続け、足の裏に感じる圧がだんだん強くなり、体がかなり熱を持ち始めたところでクロさんが止まった。

「もう目の前だ」

 クロさんの言葉に、ヒーロさんは待ってましたと自分の手のひらに拳をべちっと合わせた。

 ヒーロさんは全く汗をかいてない。すごいなぁ。

 廃墟が建ち並び、外でありながら埃臭い場所。閑散としているために、落ちているガラス片やゴミを踏めば大きく響くだろう。クロさんと数日間過ごしたのだ。ここからは慎重さが大事だと私でもよくわかる。

「ようし、行くぜ!」

 でも、ヒーロさんは大きな足音を立てて先頭に立った。堂々としてる…。こういうやり方も、間違いではないのかな…?確かに私がよく見てきた物語の主人公は大抵こうだった。これもまた、一つの強さの秘訣なのだろうか。

 クロさんはヒーロさんの様子を見てから、静かに私の後ろに移動した。

「先頭に立たないんですか…?」

 声を潜めてクロさんに問いかける。明るいヒーロさんが近くにいてくれるのも結構良かったけれど、クロさんはクロさんで、私にとってはやっぱりすごい安心感。

「…真っ直ぐなやつで助かる。おれに後ろから襲われるとは考えもしていないのだろう。反対に、おれはやつをそこまで信用していない。お前を守る必要があるし、罠や奇襲など可能性は幾らでもある。先程までは案内人という役割上、仕方なかったが、本来は状況を把握しやすい後ろが最適だ」

 クロさんの返答を聞いてから、私はヒーロさんの後ろにつく。少しだけ距離をとって。これが恐らく、クロさんの理想の形だからだ。

 クロさんもその隊形を見て何も言わずに周囲を警戒し始めた。

 不遜とすら言えるほどの勢いで進むヒーロさんの足が止まり、腰が少し低くなる。

 クロさんもその様子からすぐに察して、体勢を低くした。私も慌てて同じように身体を落とす。

 遠くに焦点を合わせると、廃墟の一角で言い争いをしている男性が複数名いた。

「四人か」

 クロさんの言葉を聞いてやっと、あぁ、それくらいの数なのかなと私は思った。

 私にはそこまでハッキリ見えない。二人とも、見えているのもすごいし、この距離で気付いたのは異常だ。私の視力は特別良いわけでもないけれど、悪いわけでもない。

 廃墟の埃やごちゃごちゃした物でわかりにくいというのもあるが、普通なら気付かずにもっと接近してしまっていただろうと思う。

「…ボクが確認したのは、加勢に来たやつも合わせて五人だった。一人がどこかで見張りと考えると順当だね。付けられた発信器はあそこにいる内の一人。五人目はどこにいるか確認しようが無いね。どうする?」

「五人目は自分から参戦してくるだろう。武器は拳銃だけのようだな。問題は、退路だ」

「逃げることなんて考えてちゃ、ボク達に正義は務まらないよ」

「おれたちのでは無い。警察の包囲網を掻い潜ったやつらだ。戦闘能力はどうでもいいが、逃走経路や計画、対策は常に十全だろう」

「確かに、真正面から行けば、優勢に持ち込んでもまず逃げられるね。となると、そこを押さえることが先決なわけだ」

「ああ」

 クロさんとヒーロさんは迅速に状況を判断して、段取りを立て始めた。二人とも場数や経験が豊富なのだと痛感する。特にクロさん、綿密さに加え、算段が非常に早い。

「この廃墟ならば、下水でも廃墟に身を隠すのでも逃げ放題だ。やつらには、逃走など頭からなくなるほどの相手有利な状況で、戦闘に集中させ、一瞬で決める必要がある」

「移動を待つ?それとも、ド派手に仕掛ける?」

「いいや、ここはやつらの、仮かどうかは知らんが一時的でも拠点だ。ここの、もっと罠が張り巡らされている場所で、命の危機を感じるほどのハンデを背負いながら戦う。やつらが襲っている側なのだと錯覚させる」

「正気…?危険すぎるんだけど。大体この子はどうするの」

 ヒーロさんが私を指差す。確かに、私という足手まといがいる状態で罠にわざとかかるなんて危険だ。

 クロさんは多分、約束を守るために私を助けようとしてくれるだろう。そんな危ない橋を渡ってほしくない。

 私もそれは嫌ですと意思表示をするように首をすこし振った。クロさんはそれに対し、勘違いするなと答えた。

「罠にかかるのはおれ一人だ。お前達には近くにいてもらうが、やつらが逃げないように見張っているだけでいい。五人目がどんな動きをするか、その際の判断はヒーロー、お前に任せる。可能なら後ろから瞬時に倒せ」

「ど、どうかしてるかも…」

「やられるよりも、逃げられる方が耐え難い。お前はやつらを逃げさせないように神経を集中させろ。頼みの綱だ、好きだろうヒーロー」

 それから、クロさんは罠がありそうな場所に目星をつける為、私を連れて少し移動すると言った。ヒーロさんは頷き、そのまま監視を続けると答えた。


 少し離れたところで、クロさんは私の方に向き直り、コートの中に手を突っ込んだ。ポケットから出てきたのは、折り畳み式の小型ナイフと小さなスタンガン。それを私に渡してから、次は反対のポケットに手を突っ込み、催涙スプレーとボタン式の防犯ブザーを渡した。

「常に防犯ブザーのボタンに指を添えておけ。あの女が妙な真似をしそうになったら、顔に向けて鳴らせ。出来れば耳付近だ。デカい音だから一瞬の隙が作れる。その次は、距離が少し空いても効果のあるこのスプレーを構えろ。ナイフとスタンガンは最終手段だ。そもそもお前が相手に食らわせるのは難しい。一瞬で良いから時間稼ぎを心掛けろ。そうすればおれが何とかする」

 クロさんは、あくまでヒーロさんを信用せずに事を進めるつもりのようだ。

 一つ一つの道具の使い方はとてもシンプル。私でもすぐに効果を発揮できる道具をわざわざ用意してくれていたようだ。

 今まで生きてきて、なかなか持つ機会が無かった道具達。見た目よりも重い気がするのは、気持ちの問題だろうか。

 出来れば、使わずに済むことを願う。使い方はわかるけれど、私が咄嗟に使う心持ちになれるか、相手を傷付ける覚悟が本当にあるのかどうかにいまいち自信が持てない。

 だけど一つだけ、私にとって確かなことはある。

「ありがとうございます。でも、きっと大丈夫ですよ」

「…きっと、絶対なんてものはない。全ては、灰色だ」

「わかりました。でも、私は大丈夫なんです」

 何故だ、というクロさんの問いかけに、私は迷わず答えた。

「私は、クロさんを信じてますから」

 そうだ。道具を使えるか、ヒーロさんが裏切るかなんてのは私にとってはわからない。だけど少なくとも、どんな窮地に立たされたとしても、クロさんがいてくれるなら私は絶対、大丈夫だろう。

 ドクターのお墨付きだしね。

 私の答えに、クロさんは一瞬身体を強張らせ、私から目を背けるように身体を翻した。

「おれは、ヒーローではない。ヒーローには、なれない」

 私の信じるという言葉に、クロさんはそんな回答をした。

 その言葉の後、クロさんと私に一切の会話はなく、周辺を少し回ってヒーロさんの元に戻った。

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