第15話

「目星ついた?」

「ああ」

 ヒーロさんの元に戻ってすぐ、クロさんは作戦について説明を始めた。

 わざと罠に引っ掛かる、しかも命の危険を感じるまでに自分を追い込むと先程クロさんは言っていたのだ。ヒーロさんはどんな話が飛び出してくるのかと身を乗り出すようにしていた。

 実際、私も気になる。

 そして、明かされた方法は度肝を抜くようなものだった。

「少し歩いた場所に、ワイヤートラップ式の起爆装置がある。おれがわざと引っ掛かる。さらに、すぐそばにトラバサミもある。おれがわざと引っ掛かる。確認に来た後、相手は発砲するだろう。おれはわざと、数発は撃たれる」

「し、死ぬでしょ…」

 ヒーロさんがドン引きしていた。

 私だってもちろんドン引きした。

 ヒーロさんの感想と全く同じ感想だ。クロさん、それ死んじゃう。

「相手が完全に逃げる体勢を取るまで、姿を見せるなよ。おれが死んでもだ」

 クロさんとヒーロさんが大事な会話をしているのはわかっているけれど、私はクロさんの袖を引っ張った。

「死なないでください」

 流石に言わずにはいられない。

「…努力する」

 クロさんは私から目を逸らしながら言った。


 少し移動した場所で、私とヒーロさんは瓦礫に身を隠していた。離れたところにクロさんが一人で立っている。

 クロさんの前方には、ピンと張られたピアノ線くらいの細いワイヤーが膝下付近に、闇夜に紛れるよう見えにくく設置されている。

 後少しもすれば陽が満ちる。だが、クロさんは明るくなる前でないとどう反応されるかわからないということでこの時刻の決行を選んだ。クロさんにとっても、暗闇の方が得意なのは間違いない。

 クロさんが勢い良く走り出す。そして、膝下にあるピアノ線を飛び越えると同時、左足の爪先で器用に掠め、わざと起爆させた。元々、忍んできた相手を知らせる為の小規模爆発。まともに引っ掛かれば足が使い物にならなくなる威力らしいが、自分が既に起爆地点を飛び越えていることで爆破のダメージは出来る限り減らし、かつ自ら爆風に逆らうことなく吹き飛んでいくから大丈夫、と言っていた。見た感じは全然無事には見えない。確かに起爆させた足はくっついてるし、綺麗に、地面と水平に身体は勢い良く飛んで行ってる。空中を舞ってる。でもやばい。すごい速さです。クロさんが弾丸みたいになってぶっ飛んでいってます。そのまま地面に何度か跳ねた後、瓦礫に衝突して止まった。流石にコンクリートをぶち抜くような漫画みたいな勢いとかはなかったけれども、相当なぶつかり具合いに見えた。絶対大丈夫じゃない。そんなクロさんがふらふらと立ち上がったかと思うと、よろめいて二歩目で近くのトラバサミを右足で踏んだ。これまた元気良く歯が閉じられる。宵闇に金属音が響いた。絶対大丈夫じゃない。

「ぐあぁああ!!!」

 クロさんの絶叫が、漆黒に轟く。そうして彼はトラバサミを外そうと屈み、痛みに身体を震わせながら蹲るようになった。

 ヒーロさんが立ち上がろうとする。私はヒーロさんの肩を押さえて呟く。

「まだです」

 私の声も手も震えていた。ヒーロさんは私の手の上に手を乗せて、握るようにした後、元の姿勢に直った。

 本当は、私だって駆け寄りたかった。でも、まだだ。

 少し遠くから足音と怒号が聞こえてくる。四人組がクロさんに近付いて行き、クロさんの姿を確認すると怒号は一転、下卑た笑い声に変わった。

 そうして、銃を構えながらクロさんと数歩の位置にまで近付くと、何かを喋った後に数発クロさんに発砲した。

 クロさんは、伏して動かなくなった。



「おいおいおい、『黒い男』オレ達が殺しちまったよ!」

「びびってて損したわ!こいつすげぇ間抜けじゃん!」

 男四人は黒一色を纏う男を足蹴にして笑い合った。

「爆発聞こえて来てみたら、足押さえて呻いてんだぜ。見ろよ、あっこのトラバサミにほんの少し血が滴ってる。典型的な罠にこうも引っ掛かるかね!?」

「あの『黒い男』が、ちくしょう、だってよ!ざまみろって銃向けたら赤ん坊みたいに丸まっちゃってよ」

「んで、頭と腹に向けて撃ったら…はーい、おっちんじまった!」

 ギャハハと男四人で腹を抱えて笑う。先程までの静けさは嘘のように、次第に白みがかる空とともに男達の気持ちも高揚していく。

「はぁーあ…。無線であいつも呼ぶわ。これは見てもらわねーとあいつも可哀想だろ」

 そう言って、一人は無線でどこかの誰かに喋りかけた。

 無線越しに響く、大きな笑い声とすぐ行くという返答。

 誰もが楽しそうだった。

「すぐ来るってよ。マジかよって驚いてたぜ。まぁ、降りてくるだけだし…いやどうする?あいつ来る前にもうちょっと穴でも開けとく?」

「ぶはっ!いいね、片側だけ蜂の巣にしようぜ」

「おれ持つわー」

 そう言って、一人の男が真っ黒な男に近付く。

「へへ…おれに当てんなよ!半身蜂の巣ぅ!」

 そう言って真っ黒な男に触れようと身を屈めた瞬間だった。

「それは困るな」

 真っ黒な男が近付いて来た男の後頭部を掴み、地面に容赦なく叩きつけた。

 人間から出してはいけないんじゃないかというような音が出る。地面に転がっている石やらゴミやらが皮膚にめり込んでいる。

 死んだと思った人間が突然動き出して、尚且つ仲間を地面に叩きつけたことに驚きを隠せない。

「は!?こいつ生きて…!」

 残りの三人が銃を構え直すと同時、真っ黒な男は転がって足下に移動。そのまま一人の片足を蹴り飛ばし、膝をつかせた。同時に所持していた銃が地面に落ちる。

 瞬き一つすれば状況が変わる。

 黒い影を一瞬でも見逃せばもうどこにいて何をしているかわからなくなってしまう。

 真っ黒な男は、膝をつかせた男の顔面を一発殴って怯ませた後、即座に銃を拾って数発、発砲。

 距離を取りつつある一人を仕留めた。

 ドサリと地面に倒れ落ちようとする。それを見届けはしない。

 死んだのなら、もう構わない。

 残りは、地面に顔面を叩きつけられた男と、殴られて呻いている男と、真っ黒な男に銃を構えて発砲寸前の男。

 真っ黒な男は、殴られて呻いている男の首を掴み、強引に引き寄せた。

 間髪入れずに銃を構えていた男に発砲される。真っ黒な男に向けて放たれた弾丸は、引き寄せられた男の体に命中し、体が数度、奇怪に揺れる。

 仲間の手によって、盾にされた男は絶命した。

 役に立ってくれたが、感謝は無い。こんなやつらに何を想う。

 死んだのなら、もう構わない。

 残りは、地面に顔面を叩きつけられた男と、発砲し終えてリロードを焦る男。

 真っ黒な男は死体となった男を盾にしながら、リロード中の男に銃を向けた。

 カチッ。

 弾が出ない。最初に真っ黒な男にも数発発砲していたやつの銃だったために、残数がそうなかったのだ。

 アンラッキー。

 真っ黒な男は舌打ちし、空になった拳銃をリロード中の男に投げつけた。

 弾を込めようとする矢先、投げられた拳銃が肩に当たってリロード中の男は怯む。一瞬のその隙で、真っ黒な男は飛び込み顔面に右手拳をねじ込んだ。リロードを諦め、瞬時に殴り返そうとする男の拳を難なく黒い影は避ける。捌く。

 そして、真っ黒な男は蹴りを相手の脇腹に深く差し込んだ。

「け、蹴り…?」

 胃液を吐きながら男は蹲る。

 三日月蹴り。

 強烈な蹴りを内臓に、ダメージを与えるように蹴り上げる。非常に危険な蹴り技を容赦なく放った。

 その蹴りの威力もさることながら、相手が信じられなかったのは蹴りを放ったという事実そのもの。

 トラバサミで片足は痛みがあるはずなのに。軸にしても振るにしても蹴りを放てるはずがないと、どちらか片方の足は使い物にならないはずだと、つい言葉に出したのだろう。

 もはや痛みで顔も上げられない相手の絞り出すようなその問いかけに、真っ黒な男は何でもないように答えた。

「フェイクだ」

 そのまま真っ黒な男は跳び上がり、両膝を使って男の頭を地面に叩き潰した。

 全体重を乗せられて、視界が急激に地面に近付く。

 相手が地面とキスした時、言わずもがな絶命した。

 残りは、最初に地面に顔面を叩きつけた男。

 真っ黒な男がトラバサミの方向を向くと、眼前に銃口を突きつけて残りの一人が立っていた。

「くそっ…!くそめ…っ!てめぇ、動くなよ…!」

 顔面に石やガラスの破片が食い込んでいる。鼻は潰れ、血はダラダラと流れ落ちている。

 見るも痛々しい顔から荒い息を吐き、突きつける銃口は震えている。それでも、真っ黒な男と銃口の距離は僅か数センチ。震えていようが外す筈も無い。

 だと言うのに。

「お前は、下らん感情に流されず、とにかく撃っておくべきだった」

 真っ黒な男は臆する事無くそう告げた。

「はぁ!?てめぇ、わかってんのか…!妙な真似すると撃つぞ…!聞く事聞いて、いじめ抜いてやんよ…!」

 真っ黒な男はその言葉を聞いて深くため息を吐く。

「…離すなよ」

 瞬転、真っ黒な男は銃身の横を凄まじい速度で握り、照準をずらした。

 慌てて引き金を絞るも間に合わず、真っ黒な男の顔横数センチを弾丸が通過した。

 そのまま銃身を捻り、用心金に突っ込んでいた指が小気味良い音を立てる。

「がぁああ!!!」

 指が折れた事により響く悲鳴。

 相手に向けて銃を構えるのは良い。だが、相手の身体に押し付けたり、手の届く範囲で銃を構えるのはよろしくない。

 もちろん真っ黒な男の技量あってこそだが、あまりにも不用心すぎた。

 真っ黒な男は気にする事無く相手の金的を蹴り上げ、失神させた。

 そうして、場を完全に制圧した。

 あたりに静けさが戻る。風の音だけが聞こえる中、立っていた勝者は、最終的に真っ黒な男のみだ。



 同刻、無線を聞いて喜び勇んでやってくる五人目の背後を、ヒーロさんは不意打ちで襲い掛かり、綺麗な投げ技で昏倒させる。

 私は後ろからヒーロさんについていただけだったが、あまりにもあっさりと、自分より大きな男を投げ飛ばして意識を奪ったヒーロさんにびっくりした。

 流麗な動きは強さの証。武術に心得なんて無い私には、一つの舞いのようにすら見えた。

 軽く事を成したヒーロさんは私の方に振り返って、ピースサインすらする余裕。

 少し前、離れた位置で銃声が幾つか聞こえた。すぐに私が目を向けたが、そこには既に突っ伏す四人と真ん中で毅然と立つクロさんが視界に映った。

 あちらもあちらで、苦戦したかどうかは定かではないが、一瞬の決着となったようだ。

「すごいねあの人…。マジで生きて、勝ってんじゃん…!」

 ヒーロさんは男を抑えながら、感嘆の声を上げる。

 私もヒーロさんも、罠にかかったばかりのクロさんを見た時は青ざめるくらい怖かった。特にヒーロさんなんか立ち上がって助けに行こうとしたくらいだし。

 私も震えるくらい心配したけれども。

 でも、勝ってくれている。だから、ヒーロさんの言葉にはこう言っておこう。

「私の、ヒーローですから」

 空は暗闇から次第に明るくなっていく。どこからか聞こえ始める鳥の声に、私はひと段落の気配を感じた。

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