第13話

「確かに、ボクが追ってたのは人身売買をやってる三人組だよ。今日はボクを囮にして現場を押さえようとしたんだよね」

 クロさんと目が覚めた女性との騒ぎを何とか私が割って入って抑え、今は各々ベッドや椅子に座っている。彼女は非常に明るい性格なのか、すぐに打ち解けた雰囲気で話し始めてくれた。

 意外にも、この女性はクロさんのことを最初こそ警戒したものの、私達は味方ですと説明しているうちにどんどん受け入れていった。

 クロさんの格好が気に入ったらしい。あと私の狐面スタイルも気に入ったらしい。

 普通とは違う変わったファッション…全身真っ黒でハットを深く被り、顔も覆面で真っ黒に覆われた男とそれに付き従う狐面の女の子の謎に包まれた二人組。

 厨二心とやらが全力マッハで走り出し、こんなん真面目にやってるやつらと現実で会えたの最高でしょ、ボクも仲間に入りたいとのことだった。

 顔から火を出して狐面を焦がしてしまう勢いだった。

 そんな風に言われるのは恥ずかしすぎる。

「よくやつらと取引出来たな」

「そりゃもう、かなり前から取引の交渉はしてたからね。取引が延期になるかって話も出てたんだけど、そこは強引に話通してやらせてもらった。なんでかやたら機嫌悪かったけど」

 私はその話を聞いて苦笑した。その原因、あなたが今喋っている人だと思いますよ。

「お前は警察ではないのか」

「ボクまだ17だよ。刑事になるには早すぎ。まだ警察に就職も出来ないよ。警察とはちょっとした協力関係で、特例の助っ人なんだよね。この街ならではって感じ。意外と有名人だと思うんだけど」

 有名度合いでは、多分目の前の人も負けてないと思うんです。私が聞いた話では、警察や裏の人には煙たがられて、特別な場所も長居出来ないくらいらしいですけど。

 さて、彼女の説明をまとめるとこうだ。

 彼女は、桃李一彩(とうり ひいろ)という名で、現在は花の女子高生。成績優秀でありながら、武道の腕が立ち、文武両道を体現するのみならず、美も兼ねるスーパー何でもありお嬢様。

 実際、短いながらもサラフワとした髪からは良い匂いがするし、大きな瞳にくっきりとした高い鼻、輪郭もシュッとしていて美人、と思いきや愛嬌ある笑顔が可愛さを加える。

 スタイルだって抜群で、服越しでもわかるその引き締まった健康的な体に大きすぎない綺麗なお山には、同じ女性として一発退場を示すレッドカードを与えたい。世の男性は釘付けだろう。ドクターとは違うタイプの男性殺し。

 持ち前の正義感であちこちの揉め事に顔を出しては解決し、風のように去る美少女。ついたあだ名が、通り魔ならぬ通りヒーロー。

 顔が広い、頭も賢しく、実力も十分。ほっといてもほっとかなくても人命救助の感謝状を紙吹雪を作れる程に貰い受けるので警察から特例の捜査顔出し権利を得たくらい。

 もう面倒だから首輪をつけておきたかったというところだろう。

 数ヶ月前、いつもの如く大小構わず悪事に立ち向かっていたところ、一彩さんが昔通っていた中学校の子が行方不明になる事件が起きた。一彩さんのファンでもある後輩からその事を聞いて色々調べて行くと、人身売買なんて恐ろしい事をしている可能性がある情報を警察とともに入手した。これは許せんと危険を顧みず、警察の反対を押し切って無理矢理一彩さん自身を売りつける話を流し、嗅ぎつけたグループから取引しようという連絡をもぎ取った。もうここまで進んでしまっては仕方ないと警察も全面的に協力し、今日まで何とか交渉を続けて遂に、変装をした警察官二人と一彩さんが取引の現場へ。その他大勢の警察官が隠れながら周りを囲んで待機。万全の状態で臨んだ。

 取引相手の三人が姿を見せ、ある程度話したところで作戦開始。一彩さんも警察官二人も相手を捕えようとしたが、相手もしっかり準備していた。近くの建物に誰か潜むくらいの警戒はしていたが、マンホールや転がってたゴミ袋にも隠れていた男が出て来て不意を突かれた。非常に劣勢。すぐに周囲の警官隊が押し寄せてくるも、相手達は下水道に即座に逃げて行った。一人二人と入って行き、一彩さんも追いかけようとしたところ、まだ残っている他の相手に後ろから頭を殴られて倒れてしまう。

 そこから記憶は無い。で、目が覚めたらここだった。

「なんか、数は少なかったのに隠れてたやつらが結構やり手でさ。不覚取っちゃった」

 それは多分、裏の人達が相手だったからだろう。そしてクロさんよりというよりかはオーナーに近いビジネス型の人間。

 オーナーにとっては不戦の交渉場所であるバーが手札の一つであるように、人身売買のグループ達は下水などの入り組んだ、確立した逃げ道こそが手札の一つなのだろう。

 だからとどめを刺すような追撃は行わず、逃げることに集中して特化している。奇襲や出し抜くことなどもお手のもの、と私は勝手に思料した。

 私の推量はさておき、クロさんは深く突っ込まず話を先に進めた。

「誰も捕らえられていないか。まぁ良い、取引場所を教えろ。乱戦になった相手の特徴もだ。何か手掛かりになるかもしれん」

「へへん、あんた何者か知らないけど、その変な格好から自警団の一員ってところでしょ。色々知ってるみたいだし、道案内役に雇ってあげるよ」

「…道案内だと?」

「実は、乱戦になってすぐ、発信器付けてやったんだよね。まだ付けて、ボクが寝込んで何時間?今すぐなら追えるかもよ」

「やるな。決まりだ」

 クロさんが立ち上がり、立ち上がってから少し止まって、また座り直した。

「起き抜けだぞ、お前は動けるのか」

「んなこと言ってる場合じゃないよ。そっちこそ、道案内って言っても危険な場所だよ。やれるの?」

「誰に言っている」

 その答えを聞くと、今度は一彩さんが立ち上がった。クロさんも続けて立ち上がる。

 私も立つと、クロさんは私の方を向いて、今度はドクターの方を見た。

「預けていいか」

「ダメ、自分で守りなさい」

「緊急で、依頼だ」

「君が自分から敵地に突っ込むんだから。守れないくらいなら、最初から拾ってこないこと」

 ドクターは全く取り合わない。クロさんは俯いて少し思案した後、短く息を吐いて私の方を向いた。

「…行くぞ」

「は、はい!」

 私の声を聞いて、今度は一彩さんが振り返る。少し驚き気味に。

「えっ、狐面の子も連れてくの?」

「そうなった」

「えぇ〜…まぁ、ボクがいるっていっても危険だよ〜…?」

 クロさんと一彩さんは話しながらドアに向かった。

 一彩さんの心配はもっともだ。私に戦闘技術は無い。そんな説明はしていないけれど、何か感じ取れるものでもあったのかもしれない。

 私自身も、有事の際にはクロさんに頼ることになってしまうのが確定しているので不安、というよりかは、迷惑をかけてしまうだろうなという罪悪感が拭えない。

 そんな私に、ドクターは声をかけた。

「ねぇねぇシロちゃん。ちなみにあの女の子にあだ名を付けるなら、どう?」

 全然関係ない質問だった。

 ドクターは、私にはクロさんがついているというだけで一切の心配事や不安が無いようだ。

 逆に、ドクターのその考えが見えたので、私ももう全幅の信頼を置いてただ必死についていこうと心に決められた。

「…そうですね。普通に、ヒーロさんで良いんじゃないでしょうか」

「あぁ、まんまヒーローだもんね。あの子は大体の事は何でもなんとかしそうだ」

 ドクターは納得したのか、いってらっしゃーいとゆるく手を振った。

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