32

「話せてますね。よかったですね。それでは」

 

 すたすたとその場を去ろうとしたナユタ先生を呼び止める。

 

「いやいや、待てやコラ」

 

「は?」

 

「すいません」

 

 調子に乗りました。そんな、顔しないでください。恐いです。

 

「すみません。でも、ゾンさんが急に喋れるようになったのってなんでですか?」

 

「貪食竜と戦ったした分、魔力が流れ込んで成長しただけですよ」

 

「でも、倒したのはナユタ先生です」

 

「留めを刺さずとも、多少なり戦えば恩恵はあります。特に生まれたばかりの使い魔なんて、その『多少の恩恵』で成長するには十分すぎますよ」

 

 なるほど。つまり、貪食竜との戦闘は無駄じゃなかったと。

 

「やったな、ルル!」

 

「はい!」

 

「もういいですね。この後も仕事があるので」

 

「あぁ、悪いな呼び止めちゃっ、べ!?」

 

 ナユタ先生に顎を掴まれた!

 そこから、ミシミシと鳴っちゃいけない、音が、聞こえ、やめっ、あぁぁ、バキャキャッッッ!?

 

「ルルさん……」

 

「はいぃっ!」

 

「使い魔の躾は主の役目、そうですね?」

 

「はいっ」

 

「言葉を話せるようになったのなら、そこら辺の躾もするように」

 

「は、はいっ」

 

「以上」

 

「ぶべぇっ!」

 

 地面に投げ倒された。顎はすぐに再生したけど、首ごと持っていかれそうになりなったぞ!?

 なんて馬鹿力だ。

 ナユタ先生を睨み上げれば、凍えるような目つきで睨み返された。また何かされるのかと、警戒するも、そのまま去っていく。

 

「ゾンさん、大丈夫でした?」

 

「あ、あぁ」

 

「ナユタ先生は、礼儀に凄く厳しいので、気をつけてくださいね」

 

「あいよ」

 

 ったく。ピリピリしすぎだろ。

 まぁ、気に止めるくらいはしておこう。また、ペーストにされるのも嫌だし。



 

 学舎の方に戻ったルルが、その足で向かったのは食堂だった。風呂がどうのこうの言ってたが、結局、空腹には勝てなかったらしい。

 

 時間的に生徒の数はピークに達しており、賑やかを通り越してうるさいまであった。

 

「うぅ~、やっぱりお風呂からにするべきでした」

 

「でも、腹減ってたんだろ? ならしょうがないって」

 

 嘆くルルから背を押して、手を洗う列に並ばせる。ついでに俺も洗う。

 今度は配膳の列に並ぶのだが……途方もないな。

 

「なぁ、あれって……」

 

「あぁ黒髪の……」

 

「ッチ、飯が不味くなる」

 

 おぉ、おぉ、聞こえる聞こえる。

 こうして並んでいると、ルルに向けられているであろう視線と陰口の数々。ルルは気づいて無い、わけが無いか。

 というか、言っている奴らも、今までだって毎日のように見ていた癖によく飽きないよな。俺が来る前から、ずっとルルはここを利用していたらしいし、いい加減見慣れているだろうに。

 

 そんな、成長しない先輩方(笑)には目もくれず、ルルは列から沿って緩やかに進む。

 

 時折、横入りしようとした生徒と、それ拒む生徒の口論なども聞こえてくるが、幸いなことに俺達はまだ一回も遭遇したことはない。ルル曰く、「近づきたくもないってことだとおもいますよ」とのこと。

  

「ゾンさん、お願いします」

 

「あいよ」

 

 渡されたお盆を、持って再び進む。

 

 授業で、些細な頼み常日頃から聞かせることで、緊急時に命令は聞いてもらいやすくなると、教わってからルルが実践していた。

 正直、効果があるかは半信半疑だったが、今日の貪食竜との戦いの最中に、俺に冷静さを取り戻させた命令。あれはもしかしたら、この訓練画像実を結んだ結果だったのかもしれない。

 

「……取り過ぎじゃないか?」

 

 お盆を持って進むたびに、増えていく皿の数々。

 

「その、お腹、空いてて……」

 

 まぁ、うん。そうだよな。腹空いてるよな。

 食べられなかったときは……俺が食べれるか挑戦してみよう。

 最後のスープコーナーでは、本日のスープである何かのポタージュを取ったが、お盆には乗り切りそうになかったのでルルが手に持った。

 

 さて、次は座れるかどうかの戦いになる。

 

「場所、ありませんね」

 

「そうだなぁ」

 

「ご飯、冷めちゃいますね」

 

「俺が持つから立ったまま食べるか?」

 

「それは、流石に……」

 

「だよな〜」

 

 お上品なルルにはできないよな。

 しかし、どうしたものか。

 

「そこの! えぇと、黒髪のゾンビ連れの、え? 四年生?」

 

 席を立ち、手を振る少女。片方で結んでいる濃い藍色の髪が、揺れる度に輝いて見えるのは、目の錯覚だろうか。

 そして、明らかにこっちを見ている。

 

「ルル、」

 

 ルルの方を見れば、ルルも不安そうな顔で俺を見上げていた。

 知り合いではないらしい。クラスで見たことが無いし、ほんの少しだけ大人びて見えるから、上級生だろう。

 

「こっちおいで!」

 

 ハツラツとした笑顔からは、悪意は感じられない。周囲の視線を期にする様子は、一切ない。

 

「どうする?」

 

「……行き、ましょう」

 

 だよな。周囲からは既に見られており、ここで無視するようなことはルルにはできないよな。

 何かあれば、そのときは俺が守ろう。

 たくさんの料理が乗ったお盆を持って、俺とルルは少女の方へと向かった。

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