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「皆さん、今回の合宿で各々が課題を再認識できたと思います」

 

 全員の前で、巨木を背に話すナユタ先生。昨日、ここから森に出発するときは、こんな木は無かった。

 生やしたのか? ルルの符術の蔓を操作していたし、植物を操れるたりするのだろう。


 俺とルルは干からびた貪食竜を残して、出発地点に戻ってきていた。

 

 ルルも戦闘で気を張りすぎて、疲れていたようで、帰ってくる道中では歩きながら船をこぎ始めていた。そのまま歩かせるわけにもいかなさそうだったから、方向だけ聞いて背負ってやったのだが……森から出る前には、降ろしたはずなのに、ナユタ先生に「使い魔に甘えすぎないように」とルルが怒られてしまった。マジで、全部見えているんだな。


 いやぁ、でも無事に帰ってこれてよかった、よかった。いろいろあったけど、終わってみればあっという間だったな。

 ルルもきっと、同じ気持ちで清々しい気持ちでいるに違いな……い?

 

(顔、青いぞ。大丈夫か?)

 

 真っ青だった。

 血の気が引いているというか、何かまずいことに気づいてしまったような。

 

「これから、現時点での合宿の課題未達成者の名前を呼びあげます。まず、帰還未達者から。クウェルさん、リンナさん、ギークさん、ディールさん……」

 

 淡々と名前を呼びあげ始めた。それが進むにつれて、ルルの顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「わ、わた、わたし……あぁ……」

 

(お、おい、ルル。本当に大丈夫か? ヨウクさんのところに行くか)

 

 俺たちの背後にいるはずのヨウクさんをちらりと見ると、太い腕を組んで夕日が後光のように差していた。見るんじゃなかった。

 

「いえ、だい、じょうぶ、です」

 

 どう見ても、大丈夫じゃない。

 

(無理するなって。早めに、ヨウクさんに見てもらっておいたほうが、)

 

「次に探索未達者。ルルさん」

 

 え? 探索? ………………………………⁉

 

(あっ⁉)

 

「ぞ、ゾンさん⁉」

 

 ナユタ先生からルルが、ジロリと睨みつけられたが、俺がペコペコしておいた。

 

(そうだったぁ~。完全に、忘れてたぁー)

 

 貪食竜と遭遇したせいで、頭からすっぽ抜けていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ダメな主人でごめんなさい……」

 

(いやいや、俺も忘れていた訳だし)

 

 そのまま地に埋まってしまいそうなほどに、落ち込むルル。

 普段通りのルルならこんなことないだろうけど、最後は完全に気力が限界を向かえていたからな。忘れていても無理はない。

 

「今、呼ばれた10名は明々後日から、放課後に補修を受けてもらいます。また、それ以外の方もレポートの提出が遅れれば、ホシュがありますので、そのつもりで。

 明日、明後日はよく休むように。以上、解散ッ」

 

 ナユタ先生は、パンッと手を叩いた。



  

 全員がわらわらと去っていく中、一人の少女が話かけてきた。目つきがやや悪く、狡猾そうに見える。

 

「ルルちゃん、その、えと、大丈夫だった?」

 

 えぇと、だれだっけ?

 

「キャウ!」

 

 お、足元にいるのは子狼じゃないか。どうした? また、撫でてほしいのか?

 

「うん。わたしは大丈夫だったよ。ムンナちゃんは怪我してない?」

 

 ムンナ? なんか聞いた気がするけど、誰だっけ? お前のご主人か?

 

 子狼を転がして、腹を撫でると舌を出して喜んでいた。

 最近はヨウクさんの手伝いで、厩舎にいないことも多かったから、撫でてやれない日が多かったから、久しぶりな気がする。

 

「……してない。おかげさまで」

 

 おいおい、こんなんでお前は合宿大丈夫だったのかよ。

 ちゃんとご主人様にも、あとでたくさん撫でてもらえよ~。

 

「よかったぁ」

 

「なんで……」

 

「え? なんて?」

 

「なんで、あんな、おかしい魔物に立ち向かえたの?」

 

 ちょっと呼吸が怪しくなってきたけど……あぁ、はいはい辞めないでほしいのな。分かってるから、そんな目するなって。

 ほ~れ、わしゃわしゃ。

 

「立ち向かったのは、わたしじゃないよ。ゾンさんだよ」

 

「ゾンさんって、その……何してんの⁉」

 

 ビクン! ビクン‼ と痙攣している、子狼を俺から奪い取りながらムンナが叫んできた。

 

「そ、がぁ、なあ、ろっがぁ」(そいつが、撫でろって言うから)

 

「えぇと、撫でろって言われたから撫でた、って言ってます」

 

「嘘⁉ アタシには十分も撫でさせてくれないのに⁉」

 

 若干、涙目になってるが、俺の所為じゃないよな?

 正気に戻った子狼は、再び俺に熱視線を向けている。

 そして、くぅーん、と鳴く。

 

「なんで、そんなこと言うの⁉」

 

 あ、なんかショックなこと言われたらしい。

 ダメだぞ、小狼。ご主人様には優しくしないと。

 

「ゾンさん、なんかしたんですか?」

 

(いや、撫でただけ)

 

「そう、ですか……」

 

 なんで、ルルもルルで複雑そうな顔してんの?

 胸に抱えた小狼に、「ねぇ、なんで!?」と聞きながら、ムンナは去っていった。


 そういうとこなんじゃないの? たぶん。


 

 

「てか、すっかり忘れていたなぁ、探索の課題」

 

「うぅぅ……すみません……」

 

「まぁ、補修? あるんだろ? それ頑張ろうや」

 

「そうですね! 頑張りましょう!」

 

 そうそう、起きてしまったことはしょうがない。前向きに考えないとな。

 

「それより、お風呂に入りたいです」

 

「先に、飯のほうがいいんじゃないか?」

 

 ルルが自分の服をクンクンと嗅ぐ。

 

「におい、ませんか?」

 

「全然、ルルはずっといい匂いだよ」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「あ、世辞だと思って……ん?」

 

 あれ? これは、もしかして?

 

「やっぱり、臭いますか!?」

 

「ちょっと待ってな、あ、あー、あー」

 

 もしかすると?

 

「なぁ、ルル」

 

「臭うんでしたら、いっそ人思いに、って……あれ?」

 

 どうやら、ルルも気づいたらしい?

 

「「ナユタ先生っ!!」」

 

 ある程度、生徒がいなくなったのを見て、帰ろうとしていたナユタ先生を捕まえる。

 すっごい露骨に嫌そうな顔をされたが、気にせず要件を伝える。

 

「俺、喋れてねぇか!?」

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