27

「ギーク、くん?」

 

「おい、お前ら早く逃げねぇと!」

 

 ルルの肩を掴み、ガクガクと揺らし始めた豚ガキを引き剥がす。

 

「ぐらぁっ!」(何してんだっ!)

 

「ブベェァッッ!?」

 

 コイツ、恩を仇で!?

 

「ギークくん、何が来るの?」

 

(ルル、危ないぞ)

 

「大丈夫です。それよりって……ん?」

 

 ルルが何かに気付いたように、お腹を押さえた。

 どうしたんだろうか?

 

(腹、痛いのか?)

 

「……いえ、大丈夫です。それより、この霧と何か関係があるの?」

 

 霧? 言われてから、気付いたがいつの間にか、川辺一帯が霧に包まれている。しかもなんか臭い。

 森に近づくほど、濃くなっている?

 

「霧? うあぁー!? 霧が、ここにも!?」

 

「キャッ!?」

 

 ルルを突き飛ばすと、豚ガキはバシャバシャと川を渡って行ってしまった。

 

「な、何だったのでしょう。この霧は毒でも無さそうですし、なんであんなに怯えて……」

 

(分からない。でも、何か起きてるのは確かだろう。ルル、頼む)

 

 手を差し出して、魔力を分けてもらう。体の中で回しながら森を睨む。

 視線は感じない。

 音もしない。

 故に、気配もない。

 なのに、何だ? このザワザワする感覚は?

 

「…………ゾンさん、」

 

(っし)

 

 悪いな、ルル。今はちょっとお話しをしていられる余裕は無い。

 ますます濃くなっていく霧。臭いも強くなってきた。

 ザワザワとした感触が、チリチリとした熱に変わっていく。何かが近づいてくる。

 自分の口角が釣り上がっていくのが分かる。

 何故だろう? どうして俺は笑っている?

 それは、きっとこれから、楽しいことが起こるからだ。


 森が、揺れた。

 

 そう感じるほどの衝撃とともに、ソレが飛び出してくる。

 

「がぁっ!」(がぁっ!)

 

 腕に腕闘硬化を纏って、正面からぶつかる。

 拳から、肘、肩、背骨へと衝撃が駆け抜けながら、骨を砕いて回る。

 砕けた端から再生していく感覚は、不快だった。体の中を虫が這い回るような感触。でも今は心強い。

 

「ぐぅ、っっらぁっ!」

 

「Gyaoraaaaa!」

 

 なんとか押し留めたソレは、地面に着地するなり唸りながら俺を睨む。当然、俺も睨み返す。

 全身を黒い鱗で包んだ、大きな蜥蜴。発達した後ろ足に、不釣り合いなほど小さな前足。大きな頭は、可愛らしくも見えるが、ダラダラと垂れる涎が狂暴さを物語っていた。

 全長は……まぁ、いいか。俺よりデカい。

 ゴタゴタ考えたくない。

 今は、より強い、快楽の方へ。

 

「ぐぅぁっ!」

 

 デカ蜥蜴に飛び掛かる、フリをしてから姿勢を低くして突っ込む。

 懐に潜り込んで、顎、胸、鳩尾の順で殴り上げた。

 股下をくぐり抜けようとしたら、後ろ右足が持ち上がるのが見えたので、軸足となっている左側に逃げる。

 次の瞬間、体を横薙ぎにする衝撃が襲う。

 

「げがぁ!?」

 

 尻尾!?

 片脚立ちで、尻尾を振り抜いたのか!? どんなバランス感覚してんだよ!?

 吹き飛ばされながら体勢を立て直しながら、河原の石を掴んで、投げる!

 石は軽く頭を振られただけで弾かれたが、その一動作を誘発できただけで上々。

 再度、距離を詰める。

 狙うなら、顎。上から狙う必要はない。殴った感触からして、頭蓋はかなり厚いことが分かる。

 胸は固い。心臓があるだろうけど、ダメージを与えられないなら意味が無い。

 鳩尾は遠いし、脂肪が厚くて胸とは違う意味で、ダメージが入らなさそうだ。

 顎下に潜り込もう当すれば、それはさっき見たと言わんばかりに噛みついてくるデカ蜥蜴。

 それを避けて、剥き出しになった歯に一撃を叩き込む。牙は折れたが、痛がる素振りは無い。

 転がるようにして、落ちた牙を拾いながら距離を取る。しかし、デカ蜥蜴はそれを許さないようで、再度、噛みついてきた。

 

「Guraaaaalaaa!!!!!」

 

 避けるか?

 いや、それよりも……。

 

「ぐぁっ!」(っらぁっ!)

 

 自らデカ蜥蜴の口腔に腕を突っ込む。そして、閉まり切るより早く、拾っておいたデカ蜥蜴自身の牙で、上顎を突き刺した。

 

「Gyaaaraa⁉」

 

 初めてダメージらしいダメージが通った。

 そう思ったのも束の間、血を垂れ流しながらも朽ちを閉じきられた。

 肘から先の感覚が消える。

 そのまま、ブンッと振られて放り投げられた。バランスが崩れてしまい、体勢を立て直すことができず、転がされた。

 即座に起き上がってデカ蜥蜴を見れば、血を流しながら、ニチャニチャと俺の腕を咀嚼している。 

 

 あぁ、楽しい。

 楽しいなぁ。


 仕切り直すように、デカ蜥蜴と睨み合いながら、再生した手を握りこんで具合を見る。問題はないな。

 俺の背後には川がある。浅いが、渡れば足は取られてしまうので、逃げることは難しいだろう。

 一方、デカ蜥蜴は。背後に在るのは森で、おそらくだが、本気で走れば俺より確実に速いだろう。でも、逃げていない。

 

 それは何故か?

 

 まだ、俺のことを獲物として見ているからに違いない。美味そうに、俺の腕を咀嚼しているのが、いい証拠だ。

 

「ぐるぅぁ」(美味そうだなぁ)

 

 俺も……いや、別に羨ましくはないか。空腹は無いんだった。

 また、石でも投げようか?

 そんなことを考えていると、デカ蜥蜴の首が森の方を向く。

 

 は? まさか、今さら逃げる気か?

 

 そんな……やめてくれ、拍子抜けもいいところじゃないか!

 

「がぁっ!」(おいっ!)

 

 一向にこちらの方を向かない。でも、逃げる素振りも見せない。単なるよそ見か?

 いや、違う。

 子供が三人、木の影からこちらを覗いたまま固まっている。デカ蜥蜴に睨まれて、恐怖で動けないようだ。

 より餌にしやすい、獲物がいればそちらに目が向くのも道理。

 

 ちょうどいい。

 

 アレを使おう。

 

 三人いれば、四肢と頭と胴体に分ければ全部で、18回はチャンスがある。それだけあれば、勝機を見出す策を導くのは容易い。

 バランスを崩す、もっと言えば転倒させることができれば、或いは……ジャイアントキリング、考えるだけでゾクゾクする。

 

 何はともあれ、餌の確保だ。

 

 その声が響いたのは、三人の人間に向かって走り出そうとした直後だった。

 

「『止まりなさい』!」

 

「⁉ !? !!!!!?????」(⁉ !? !!!!!?????)


 耳から入ったその声は、俺の脳を鷲掴みにして揺らしてきた。

 

 なんだ、これ?

 

 痛みも、苦しさも無いのに、頭の奥がヒンヤリとしているのが分かる。

 

「ゾンさん、聞こえますか?」

 

 ルルの声がする方を、恐る恐る振り向く。

 叱られるとか、そんなことが恐いんじゃない。

 ルルの存在を忘れていた。忘れて、デカ蜥蜴との戦闘にのめり込んでいた。

 思い出す限り、俺は相当、ダメなことをやりそうになっていた気がする。

 ヤメてくれ、俺のことを嫌わないでくれ。

 そう願いながら、ゆっくりと見やったルルの顔は、想像もしていなかった表情だった。

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