26

 無傷の角ウサギの謎を抱えたまま、流木に腰掛けて、俺とルルは次の課題を確認していた。

 

「まず、課題の全体を確認しましょう。課題は全部で五つあります。採取、討伐、探索、調査、帰還です」

 

(おう)

 

 これは初日に出発する前にも、説明があった。

 

 採取は、桃色の殻付き木の実。

 討伐は、角ウサギの証明部位の角。

 探索は、この森に隠された、いくつかのポイントに書かれている記号があるから、それを模写する。

 調査は、この合宿が終わったあとに出すレポートのために、森について調べる。

 帰還は、そのまんま無事に帰ること。

 

「夕方の鐘の音がなるまでに、帰還をしないといけません」

 

(余裕だな)

 

 実質的に残る課題は、探索だけ。

 今は昼前というにも、まだ早い時間だ。余裕はある。

 

「そうですね。ただ、探索に関してなのですが……」

 

(何か問題があるのか?)

 

「はい。情報が無いんです」

 

 え?

 情報がないってどういうこと?

 

「今この森にはわたし含め、20人の生徒がいます。その中の誰かが、たまたま見つけたのを情報を交換してもらう必要があります」

 

(なんだよ、ソレ……)

 

 殆ど、運任せじゃないか。

 

「これに関しては、時間が経つほど情報を持つ人が増えていくはずなんですが……」

 

(本当のことを、教えてくれるか分からない)

 

 アハハ、とルルは力無く笑う。

 普段、下に見られていると、こういうところでも不利になるのか。

 

「ですので、種を蒔いておきたかったんですけど、結局、一つしか蒔けてません。ごめんなさい」

 

 ん? 種?

 なんのことか聞く前に、ルルは動き出す。

 

「ゾンさん、枝を集めてください」

 

 困惑する俺を他所に、ルルはリュックから今朝狩ったばかりの、角ウサギの肉を取り出していた。

 

(いったい、何をするんだ?)

 

 ふっふふー、と自信有りげに微笑まれた。

 

「知っている、もしくは聞きくことができる人を喚び出します」

 

 よ、喚び出す!?

 

(る、ルるる、ルル!? 俺以外の使い魔ができたのか!?)

 

 そうか! そうか、それはいいことだ!

 俺にも弟分ができるのか! いや、もしかしたら妹分かも!

 

「いえ、できませんよ。焚火を組んでおいてください」

 

 そんな浮かれた俺はバッサリ切り捨てられた。

 

(そ、そうか……)

 

 黙々と薪を集めて、焚き火を組んだ。

 別に、しょげている顔をルルに見られないようにするためとかじゃない。背を向けて作業しているのも、たまたま立ち位置がそうだっただけだ。

 

「できた」

 

 ボソッと呟く声が聞こえたので振り向くと、ぶつ切りにした肉を刺した枝を掲げるルルがいた。

 

「ちょっと、悪くなってるけど、まぁ……むしろ……」

 

 何故か、少し虚ろな目で肉を見つめている。

 

(る、ルルさん?)

 

「ん? ゾンさんできたんですね。ありがとうございます」

 

 俺が声をかければ、いつものルルに戻った。

 よかった。きっと、俺の見間違いだよな。うん、そうだよな。

 

「まず、これを焚火に火をつけます」

 

 魔道具で着火。

 

「次に、これを焼きます」

 

 焼く?

 

(ルル、お腹空いてるのか?)

 

「いいえ。大丈夫です。これは、わたしが食べるものではないので」

 

 地面に突き立てられた枝に刺された肉は、程なくして脂が滲み、滴り始めた。

 

「そして、これを扇ぎます。ゾンさんは、コレが盗られないように、備えてください」

 小冊子を森に、向かって大きく扇ぎ始める。

 ここまでくれば、ゴブリンにも劣る頭脳を持つ俺でも分かった。

 森を睨み、神経を研ぎ澄ませる。

 扇ぐルルの息が上がり始めたくらいで、森の奥から、地鳴りが聞こえてきた。

 来る!

 

「飯〜!!!!!!!!」

 

 豚ガキが凄まじい速度で飛び出してきた。

 すかさず肉串を引き抜いて、豚ガキの魔の手から救い出す。

 

「おいっ! ソレ寄越せ!」

 

 痩せこけ、腹の虫を獣の唸り声のように鳴らしながら、ジリジリと距離を詰めてくる。なんで、コイツはたった一日二日で、こんな極限状態に追い込まれているんだよ。

 

「ギークくん、話しを……」

 

「うるせぇっ! 早く、ソレを!」

 

 ルルに対する、態度が気に食わないなぁ?

 肉串を太陽に掲げて上向き、丸呑みにするような仕草をする。

 

「わ、わるかった!? だから、オレにそれを……」

 

 脚にすがりついて来やがった。キメェッ!

 蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、ルルが話し始めたのでやめた。

 

「欲しいならあげます。ただ……」

 

「くれるって、いったな! ほら! 早く、ぶべぇっ!?」

 

 やっぱ、蹴った。それでも、手を離さないあたり、相当の執念だ。

 

「……わたしたちは、課題の探索がまだなんです」

 

「教える! ポイントの場所を教えるから!」

 

「先に場所を教えてくだs……」

 

「ここから、西にまっすぐ! そんで大岩があるから、その裏っ!」

 

 自白、早っ!

 チラリとルルに視線を向ければ頷いたので、肉串を離れたところに放り投げた。砂利に塗れていることも厭わず、貪る豚ガキに、自分の表情がヒクつくのが分かった。

 み、惨めだ。何が、コイツをそこまでさせるのだろう?

 

「行きましょうか」

 

 水の湧き出る水筒で、水をジャボジャボ焚火にかけながらルルが言う。若干、視線を逸らしている辺り、豚ガキの惨状を見るに堪えないとは思っているらしい。

 

(あ、あぁ……って、うぉ!?)

 

 突如、勢いよく豚ガキが起き上がった。

 

「来る……」

 

「がぁ?」(はぁ?)

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