28
(ルル、笑ってる、のか?)
「笑ってる、んですかね?」
なんで、ルルが疑問形なんだよ……。
でもよかった、俺のことを嫌いになってはいないらしい。
「まだ腕闘硬化は残ってますか?」
(あ、あぁ)
「絶対に、ソレは切らさないでください。次の魔力は、もうないです」
次の魔力はもうない。
その言葉に、なんとなく理解するものがあった。
さっきの俺を止めた言葉。アレはルルが、召喚魔術かなんかで魔力を使って行ったのではないか?
現に、今日はまだ魔力は一回しかもらっていないに、ルルの顔はすでに青くなっている。
クソっ! 俺が冷静さを欠いたばっかりに。
(すまん、ルル。俺が、俺が……)
「ゾンさん、わたしは嬉しかったんですよ」
え?
「わたしは、怖気づいちゃいましたけど、ゾンさんは立ち向かってくれました。そして、どんな方法であれ勝とうとしてくれた……わたしにできないことをしてくれました」
(いいのか? 俺は、)
「大丈夫です。まだ、なにもしてません。それより、今は……」
ルルが、術符を放つ。それは、いつの間にか三人の生徒に食い掛れる距離まで近づいていたデカ蜥蜴の前に躍り出て、淡く光った。
「『符術:防護膜』!」
薄い膜のようなものが瞬時に展開されるも、デカ蜥蜴が鼻先でグイと押しただけで罅が入った。
だが、ルルにはその一瞬の隙で良かったらしい。
「逃げてっ!」
さっきのような強制力のある声ではなく、単なる大声。それでも、三人の生徒たちは正気に戻れたようで、ばたばたと逃げ出していった。
逃がしたところで、追いかけるだけでは? そう思ったが、デカ蜥蜴は俺たちの方を振り向いて、牙をむき出しにして唸る。
(追わない?)
俺を警戒しているのか唸るばかりで、デカ蜥蜴は一向に近づいてこようとはしない。
「あれは、おそらくですが、貪食竜です」
(ドラゴン⁉)
「いえ、だから竜ですって。正確には竜科:亜竜目:地竜種で、見た目は似ているところもありますが、それはあくまでも収斂進化によるもので……って、こんな話ししてる場合じゃありませんでした」
ルルがローブの中に手を入れる。何かを取り出そうとしているようだ。
「あの竜は、今、強烈にお腹がすいているんです。それこそ、森の中を逃げる獲物を追えないくらいに」
(空腹、ってことか?)
「はい、それも普通の空腹ではありません。飢餓状態、しかも伝染しているみたいです」
懐から取り出した携帯食を齧りながらルルが言った。
空腹が感染……どういうことだろう?
「原理は分かりませんが、霧が原因の一つであることはほぼ確実でしょう。それで、ゾンさん」
(なんだ?)
「こんな異常事態ですから、時間さえ稼げれば、ナユタ先生が向かってきてくれるはずです。それまで生き残れる策はありますか?」
(……ある。気乗りしないけどな)
正直、さっきまでのヒャッハー! な俺でも思いついてはいたが、それを策としての数には入れていなかった。
しかし、今はルルの為にも嫌でもやるしかない。
作戦の内容をルルに伝えると、案の定、心配する言葉が返ってきた。
「ゾンさんは、その、大丈夫なんですか?」
(本音を言うと、嫌だ。でも、そうも言ってられないんだろ?)
「すみません」
(ルルが謝ることじゃないさ。それで、俺はどうすればいい?)
デカ蜥蜴、改め、貪食竜は既に痺れを切らし始めたようで、地団駄を踏んでいる。直に突進を仕掛けてくる。
それはルルにも分かったようで、術符を取り出して両手に構えた。
「貪食竜を止めてください」
ははっ! 無茶を言う。だが、できないとも思えない。
最初、ぶつかったときは、森から飛び出してきたのを見てからだったが、今はタイミングも距離も分かる。
(いけるっ!)
「お願いします!」
腰を落として、拳を引く。
『スライムでも理解る! 体術入門!』に描かれていた図を丸パクリして、覚えた正拳突き。ヨウクさんには褒められたが、実際にこれで何かを殴るのは初めてだ。
息を吐き出し、止める。貪食竜の地団駄を踏んでいた脚が、河原の石をゆっくりと蹴るような動作に変わる。
来る。
解き放たれたように走り出した貪食竜。舞い上がる石の中には砕けているものも見えた。
超重量の突進。止められなければ、ルルごと持っていかれる。
時間の流れが遅くなっていくのを感じながら、その瞬間を待った。
一歩、二歩と近づいてくる貪食竜に対して、不思議と恐怖はなかった。
来た!
腰だめから放たれた一撃は、まっすぐ貪食竜の鼻面を捉えた。
鳩尾を殴った時よりも、遥かに柔らかい。俺の拳も砕けていくが、貪食竜の骨も砕けてめり込んでいく感触。ここが、コイツの弱点だったのか。
「Guuuugeyaaaaaa!!!!????」
そして、手痛い反撃を喰らった貪食竜が暴れながら逃れようとした瞬間、ルルの術符が飛んだ。
「『符術:土柱』! 『符術:草蔓』! 『符術:防護膜』!」
次々に展開される符術。
土柱が貪食竜の両側に六本ならび、そこと貪食竜をつなぐようにして草の蔓が縛り上げる。ダメ押しとばかりに、頭上、首、腰と、設置された防護膜が動きを更に阻害していた。
(おぉ!! すごいっ! すごいぞっ!!)
「ありがとうございます。ですが、長くは持ちません」
そういうルルの言葉通り、貪食竜が身じろぎをするたびに、土柱はぽろぽろと崩れ、蔓もミチミチと悲鳴を上げていた。防護膜も、さっき生徒を守った時のことを考えれば、起き上がられた簡単に砕けるのは目に見えている。
「ゾンさん、すみませんが、お願いします」
(あぁ……)
気乗りはしないが、しょうがない。俺が弱いのがいけないのだと、今は飲み込もう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます