11

(なぁ、ルルのいない俺って、なんなんだろうな)


「くぅ?」


 そう、問いかければ、もこもこした狼の子供のような魔物はかわいらしく首を傾げた。


(分からないよな。ごめんな)


 子狼の頭を撫でると、気にいったのか俺の手に、自分から頭をすり着けてきた。

 この魔物は、ルルと離れ離れになって途方に暮れていた俺のもとにすり寄ってきた、心優しいやつだ。

 暇つぶしに付き合ってもらう報酬は、なでなででよかったか? ん? そうか、そうか満足か。


「お前さん、ゾンビにしちゃあ、随分と人間臭いやつだなぁ」


 背もたれにしていた柵越しに、職員さんが声をかけてくる。白いあごひげに手を添えて、撫でているのは癖なのだろうか?

 手続きをしてくれた職員さんだが、今は出入り口の付近で門番のように立っていた。


「ぐるぇぁ」(他のゾンビって、どんなのなんだ?)


「そんな、悲しそうな面するなって。ご主人様は、昼には迎えにきてくれるんだろ?」


「ぐぇあ……」(いや、だから他のゾンビについて……)


「はっはっは! そんなに思われて、ご主人様もきっと幸せだろうよ。儂が保証する」


 会話が成立してないな。晴れ渡った空も相まって、酷く虚しい。

 それもそうか。俺の考えていることが分かるのはルルだけっぽいし、仕方がない。


「にしても、今年は召喚術士が少なかったんだな」


「ぐぅぅ?」(そうなのか?)


 首を傾げて見る。あざといかもしれないが、意思疎通のためだ。我慢しよう。

 我慢の甲斐はあったようで、召喚術士が少ないということについて教えてくれた。


「まぁ、魔術の適性なんてものは殆どが運だからな。年によって人数がまちまちになるのなんざよくあることさ」


 そう言って、しゃがみこむ。柵の隙間に鼻先を突っ込んで戯れて欲しそうにしていた、子狼の頭を撫でるのだろう。

 見た目は厳しそうだが、こうやって会話の成立していない俺にも話しかけるあたり、気さくな性格らしい。

 しかし、次の瞬間、にこやかに細められていた目が大きく見開かれた。


「ぐっ⁉」


 どうした⁉

 小さくうめいたのちに、倒れてしまった。


「ぐぅるぇあっ⁉」(大丈夫か⁉)


「こ、」


「ぐぉ?」(こ?)


「腰がぁ……」


 ぴくぴくと痙攣するように、爺さんが言った。

 もしかして、ぎっくり腰?


「ぎぃぅいる。ぐぃ?」(助ける。鍵は?)


「うぅ~」


 伝わらないよな。

 柵から腕を伸ばして、爺さんの服をまさぐる……これ、傍からみたら脱出を企てている危ないゾンビだよな。

 俺は危ないゾンビじゃないよ! でも、今はだれも見にこないでね!! ……っと、あった。


「な、にをぉ……」


「ぐるぅれぁ、ろろぉ」(脱走はするけど、助けるから見逃してな)


 しかし、変な鍵だな。ガラスのように透けているが、鉄のように重い。指で弾くとキィィンと甲高い音が鳴る。

 材質は何だろう? 装飾も凝っている、ってこんなことしてる場合じゃなかった。

 手で鍵穴の位置を特定して、そこに鍵を差し込むとすんなり回った。

 扉を開けるときに、俺の足元にじゃれていた子狼が出ないように気を付けながら外に出る。外に出たら、警報とか鳴るんじゃないかと思ったが、そんなこはなく、すんなりと脱出に成功した。鍵を閉めるのも忘れない。

 さて、爺さんを助けないとな。


「ぐるぅえ?」(立てるか?)


「うぅ……」


 うめくばかりか。

 言葉が通じないって本当に不便だな。

 埒が明かないので、肩を貸してやや強引に立たせる。痛いかもしれないけど、我慢してくれよ。


「るぐぅる?」(治療できる場所とかある?)


「すまない、医務室、に頼む」


 お、汲み取ってくれた。


「ららる、ぐく」(だから、場所は?)


「学舎の方に、」


「ぐーう」(あいよ)


 肩を貸し、よってよってと爺さんを歩く。

 今は、授業中なのだろう。人通りが少ないのは、かなりありがたかった。騒がれたら、面倒だからな。

 学舎に着いたところで再び、爺さんに目を向ける。


「ぐくぅ……」(こっからは……)


「あらあら、リドウさん!? 大丈夫!?」


 声の方に目を向けるとそこには、半裸のガチムチ男が、自分のスカートをたくし上げていた。


 ん?


 半裸のガチムチ男が自分のスカートをたくし上げている。


 間違ってないよな? ものすごく見間違いであってほしかったけど、俺は直視しているので、おそらくだが間違いはない。


 半裸のガチムチ男が自分のスカートをたくし上げていた。


 ズンズンと近づいてくる。

 近くで見ると、そのデカさがより一層際立つ。完全に見下される形だ。

 に、逃げないと!


「あなたは……?」


 ヒィ!! こっち向いた!?

 というかよく見たら、化粧もしてる。分厚い唇と瞼がより強調されている。


「が、ががぁ、」(お、お俺は、)


「コイツが、助けてくれ、たんだ」


 爺さん、改めリドウさんが俺の頭をクシャリと撫でる。痛いだろうに、その表情は笑っていた。


「そう……今は、リドウさんが先ね」


 ガチムチ男はそう言うと、手の平を上に向けて目を閉じた。


「『癒して』、『ヒール』」


 そう、呟くと緑色の球体が手の平の上に出現して、リドウさんの胴体目掛けて飛んだ。


「歩けると思うけど、どうかしら?」


「あぁ、ありがとうよ。これで、仕事に戻れる」


 さっきまでの、青い表情が嘘のように、自立でまっすぐ立って見せるリドウさん。今、何をした?


「駄目に決まってるでしょ。ほら、湿布を出すから保健室までついてきてください」


「ががぅ?」(今のは?)


 ジャスチャーを交えて、ガチムチ男に問いかける。伝われ! 聞くこと聞いて、早く逃げたい!


「あら、賢いゾンビさんね。今の気になるの?」


 やめろ! くねくねするな! 唇に指を当てるな! ウィンクするな!

 ここ学舎何だよな?

 こんなドギツいのうちのルルに悪影響だろ。絶対に、絶対に会わせないようにしないと。


「教えてあげるから、あなたも、ついていらっしゃい。一人で戻ってるところを見つかりでもしたら、最悪、討伐されちゃうわよ」


 討伐……殺されるってことだよな。

 たまに忘れそうになるけど、俺は魔物で危険な存在だ。

 迂闊だった。俺が討伐されるだけならばと最悪、ヨシとしよう。でも、脱走した罪は俺の主人であるルルに行く。それは、嫌だ。


「ほら、リドウさんを連れてきて」


 歩き出したガチムチ男が、振り返って声をかけてくる。

 なるべく、その広い背中から離れないようについて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る