10 ~ sideルル ~
朝起きてまず最初に目に入ったのは、うんうん唸るゾンさんでした。
昨晩、寝る前に渡した魔力は、少し量が減っていますが、まだ保持し続けているみたいです。まさか一晩中、やっていたとは……、正直驚きです。よっぽど、退屈しのぎに飢えていたんでしょう。きっと今までも、わたしが寝ている間、遊んでほしいのを必死に我慢していたに違いありません。それに、気づけないとは、主人として情けないです……。
「おはようございます」
(ん、ああ。おはよう)
わたしが声をかけて、ようやく気が付いた様子でした。すごい集中力です。
「気の扱いには、慣れましたか?」
(いや、全然。一晩かけて、ようやく立ったままできるようになったくらい)
そういうゾンさん、不甲斐ないといった様子でご自身の頭を掻いています。うーん、これは成長が早いほうなのでしょうか? わたしはそもそも、座った状態でしかできませんけど、他の人がどうなのかは知りません。でも、とりあえず褒めて育てるようにと以前、授業で習ったのでここは、褒めておきましょう。
「すごいです! ゾンさんは天才です!」
(そう、なのか?)
少し恥ずかしそうにしていますが、嬉しいのは伝わってきます。
朝の身支度を整えて、朝食を食べるために食堂へ向かいます。ややゾンさんの表情が暗いように見えますが、きっとこれからくるしばしの別れが嫌なのでしょう。しかし、こればかりは、わたしではどうしうようもないので、我慢してもらいます。
ゾンさんのしょぼくれ顔は、結局、魔物厩舎に着くまで治りませんでした。
魔物厩舎は、食堂とは反対にあります。少し、急ぎ足にならないと授業に間に合わなくなってしまいそうです。
高い柵で囲まているので、少し圧迫感があるかもしれませんが、中に入れば結構広くなっているそうです。授業で習いました。なんでも、学園長が手ずから空間を捻じ曲げる魔術を施しているとか。
職員さんにクラスと、預ける魔物を伝えます。
「召喚魔術科四年、ルル=ベネティキアです。魔物はゾンビで、名前はゾンさんです」
「はい、たしかに。放課後には、引き取りにきな」
「はい」
49番と書かれた札が渡されました。
引き取る時にはこれと、引き換えになるそうです。
「では、ゾンさん」
(なぁ、ルル。本当に一人で大丈夫か?)
浮かな様子のゾンさんがしゃがみこんで聞いてきます。
……こうやって、視線を合わせられるのは慣れません。心配されているというのが、ひしひしと伝わってきます。
「わたしは、大丈夫です。だから、ゾンさんそんなに悲しそうな顔しないでください」
ゾンさんの頬を両手で包み込みます。ひんやりとしていて、それでいてさらさらとした肌。
(わかった。ただ、嫌なことがあったら、すぐに逃げるんだぞ)
「はい!」
なんとか納得してくれたみたいですね。ですが、職員さんの後ろをついて行くゾンさんの背中は酷く、丸まっていて見ているだけで辛い気持ちになりました。
しかし、魔物厩舎の前で立ち尽くしているわけにもいきません。授業が始まるのですから。
一限目の授業は薬草学です。教室は、果樹園の近くなので普段よく使う学舎とは別の建物にあります。
「はーい、皆さん。おはようございまーす」
クレマル先生が元気に、私を含めた生徒たちに挨拶をしてから、授業が始まります。燃えるような赤髪が朝から目に痛いですが、爽やかな笑顔は見ていて元気になれます。それに、男の先生にしては珍しく恐くありません。
「今日は、前回の授業で干した薬草を使って、簡易的なポーションを作ります。いつも、言っていますが薬草は使いよいによっては、毒にも薬にもなり得ます」
先生が真面目な顔になると、他生徒の顔も自然と引き締まります。
「今から作るポーションは、比較的効果が低いですが、応用で作れる効果の高いポーションの中には安易に毒になるものがあります。私も昔、地元で仕事をしていときに、任務でしくじった仲間が死にそうだったので、ありあわせで作ったらうっかり殺しかけたことがありまして、」
先生の話しに自分の頬がひきつるのが分かります。きっと、他の子も同じような表情をしていることでしょう。
授業中、昔話をしてくれることが多いクレマル先生ですがその話のほとんどが、失敗で仲間を殺しかけたり、間違えて毒草を食べて胃が爛れたりなど、生々しい失敗談ばかり。それを聞かされる側としては、とてもじゃないですけど、笑えないことがほとんどです。
昔話もほどほどに、クレマル先生が教科書に書かれた調合の方法を、補足を交えながら黒板に書き写していきます。
ノートを取る子もいますが、わたしは教科書に直接書き込む派です。
「ポイントは、薬草を細かく均一に刻むことです。このあとの、混ぜて水で溶く工程が出来栄えに直結しますが、そのための下準備がもっとも大切です」
一人一人、調合キットがまとめられた盆を配膳され、そのあとに干した薬草が配られます。
配られた人から始めていいとのことだったので、各々がさっそくナイフで薬草を刻みだすのですが、意外とこれが難しそうです
干して柔らかくなったとは言え、薬草には葉脈が通っています。均一に細かくするのに苦戦していました。
その様子を確認してから、少し遅れてわたしも作業を開始します。
まず葉と葉脈を分けて、それから刻んでみます。
「お、ルルさん、さすがですね。気づきましたか」
いつの間にか、背後にいたクレマル先生が褒めてくれました。
この学院の先生はわたしが黒髪でも、嫌な顔はしません。でも、魔力を使う授業が多いので、こうして褒められるのは新鮮です。
「ありがとうございます」
「うんうん、頑張って」
その後は滞りなく、作業を進めることができました。
薬草を刻み始めたのはわたしが最後でしたが、作りあがったのは最初でした。こんな風に、手を動かす作業は昔から得意です。
出来上がったビーカーに入ったポーションを、先生に持っていきます。
うぅ、みんなの視線が痛いです。
「お、お願いします」
「はい、ルルさん。見せてくださいね」
揺らしたり、匂いを嗅いだり、光に透かしたり。確認をされているあいだは、いつもドキドキです。
「ルルさん」
「は、はい!」
何か、失敗してたんでしょうか。
「指を出してください。人差し指です」
言われたとおりに、人差し指を立てます。先生がわたしを真似るように、人差し指を立てると、自分の指にフッと息を吹きかけました。
その瞬間、わたしの立てた指先に小さな痛みが走ります。
何ですか⁉
痛みのする、人差し指に目を向けると血がぷくりとと水滴となって滲みだしているところでした。
「自分で作ったポーションに指をつけてみてください」
「はい」
ポーションに指をつけると、じくじくとした痒みとともに、傷口がふさがっていくのが分かります。
「わぁ……!」
「簡易ポーションの作成、成功です。おめでとうございます、ルルさん!」
合格のようです。
背後から、他の子たちの視線をより一層、強く感じますが、今は少し、ほんの少しですけど誇らしいです。
授業の終了までは、余った材料でいろいろ試していいと言われたので、いろいろやってみましょう。
薬草学の授業のあとは、魔法言語学ですが、教室が離れているので急がないといけません。
一度、屋外に出て屋根のある廊下を渡ります。
教室を出て早足で歩きます。走ると怒られるので、早足です。
「ん、あれって……」
一瞬、視界の端にゾンさんの後ろ姿が映った気がしました。そちらに、視線を向けますが学舎の建物の陰に隠れてしまいました。
確認に行きたいのは、山々ですが今は時間がありません。
それに、ゾンさんは今頃、魔物厩舎にいるはずです。きっとの見間違いかなんかでしょう。
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