9

 休日二日目。それと、同日に俺が見る二回目の朝日。

 今日は、昨日の朝、見かけた少年たちは裏庭には現れなかった。まぁ、休みには休むことも大事だよな。

 また、ルルの目覚めは昨日よりも遅くなった。明らかに疲れている。


(今日は、休もう? な?)


「いえ、今日はゾンさんに学舎の案内を」


 ベッドから起きようとして、落ちかけたルルを支える。昨日、一昨日より、ほのかに熱い。


(ルル、熱あるぞ)


「微熱です。気にしないで」


 大丈夫です。そう続きそうな言葉を遮る。


(明日から、また授業があるだろ? 今日は、ゆっくりしな)


「…………はい」


 それでなんとか、寝てくれることになったが、俺はどうしよう?

 食堂に行って、食事を持ち帰ってこれないか試して見るか。

 そう思い立って、ベッドから離れようとしたときだった。


「どこ、行くんですか?」


 手を掴まれた。

 振り返れば、ルルが俺を見上げていた。


(食堂から、飯を持って帰れないかを試してみようと思ってな)


「無理ですよ。ゾンさん一人じゃ」


 たしかに、魔物が一人でノコノコ行ったところで、追い払われるだけか。だけど、


(なんか、食べないと元気にならないだろ?)


 そう、この部屋には食事と呼べるものが何一つ無い。しかし、そう思っているとルルが学習机の引き出しを指さした。


「開けてみてください」


(?)


 疑問思いながら開けてみるとそこには、干物が紙に包まれて入っていた。蜥蜴だろうか?


「マクロイモリの干物です」


(なんで?)


「非常食です。こういうときのために、作って置きました。一つ取ってください」


 手渡すと、頭から口に含んだ。

 おいしそうに、口をもむもむさせている。


「言っておきますけど、これはわたしが、好物とかじゃないですからね」


(そうなのか?)


「滋養強壮の効果があるとして、大人は元気がないときは食べるものらしいです。なんでか、隠すみたいですけど」


 おぉ……、ルルよ。その元気というのは、お外ではしゃぎまわる方の元気ではないのでは?

 でも、滋養強壮という意味では一緒か。


(じゃあ、それで元気になれるな)


「あと、」


 ルルが俺の手をとって自身のおでこに当てた。

 さっきよりも熱い。起きて、熱が上がったのだろう。


「ゾンさんは、ひんやりして気持ちいいですね」


(わかった、寝てる間こうしておく)


 へにゃりと、笑うルルは昨日一昨日に出会ったばかりの俺ですら分かるほど、弱っているのが見てとれた。

 しばらくして、寝息を立て始める。

 本当によく眠る子だ。昨日も、図書館で疲れて寝たのに、夜は夜でしっかり寝ていた。そして、今も体調が悪いとはいえ、今さっき起きたばかりで、またすぐに眠りについた。

 体力がないのだろうか? だとしたら、これで冒険者になりたいというのは、いささか無理があるように感じられる。

 冒険者というのが、どんなことをする職業なのかは、具体的には分からない。そこらへんは、俺の謎知識には引っかからなかった。でも、なんとなくだが、旅をする職業のような、ぼんやりとした認識はあった。

 運動的をよくするほうでもなさそうだし、そこらへんについてもしっかり話し合ったりした方がいいのだろう。

 とりあえずは、走り込み、も無理そうなので、本に書いてあったストレッチからやるように元気になったら提案してみるか。



 

 夕方になってもルルは起きなかった。

 途中、トイレや水を飲むために起きてはいたので、その手伝い以外は俺はずっとルルのおでこに手をのせ続けていた。水を出すのも、電灯を点けるのも、魔力を使っているようで俺にはできなかった。

 手が熱くなったら、反対の手に交換する以外に特にやることがないので、暇なことこの上ないが、これもルルのためだと思えば不思議と苦痛には感じない。

 日が完全に沈み切ってから、ルルはようやく身を起こした。立ち上がろうとしたので、脇の下に手を入れて持ち上げる。寝ぼけているのか、ボーっとした様子で抵抗はされなかった。


「……あか、り」


 部屋の灯りを点けようとしたらしい。たしかに、俺では点けれない。こういうところも、不便だよな。

 プラプラとルルを猫のように入口付近の灯りを点けるスイッチまで連れていく。

 部屋にパッと灯った光に、しぱしぱと目を瞬かせた。ルルは眩しくなかっただろうか?

 そう思い下を向けば、完全に目を覚ましたらしいルルと目があった。何故か、酷く不満げだ。


「降ろしてください」


(あ、あぁ)


 どうやらこの運び方はお気に召さなかったようだ。


(もう体調は大丈夫なのか?)


「はい、ご心配をおかけしました」


 その言葉に嘘が無いことは、随分と良くなった顔色で分かる。


(飯は?)


「食堂がまだ開いてると思うので、食堂で」


 うんうん、食欲も戻っているようだ。よかった、よかった。

 二人で向かった食堂は昨日よりは混んでいたが、チラホラ、スペースが空いていた。そして、人が少ないということは、一昨日のように絡まれる確率も低いということで、無事に何事もなく食事を終えた。朝も昼も、食べていないからか、一つ多くパンを取っていた。

 あれで足りたのだろうか?

 部屋に戻ってから、ルルがシャワーを浴びている間、俺は俺で体を拭く。ルルに用意してもらった桶と水、後は手拭。ゾンビに代謝があるかは不明だが、ルルに「臭いです」とか言われたら、正直、立ち直れなくなる気しかしない。

 風呂から上がってきたルルは、髪を拭きながら明日の予定について教えてくれた。


「明日からの授業なんですけど、午前中は各自で取っている授業をやって、午後から専攻している授業という形になります」


(何を勉強するのか、自分で決める仕組みなのか)


「そうですね。各々、魔術への適性が違いますから、自分に合ったものを自分で選ぶしかないんですよね」


 ただ学びを享受するだけではないのか。大変だぁ。


「話を戻しますけど、午後の授業まではゾンさんは厩舎にいてもらうことになります」


(え?)


 ルルと、離、れる?

 どうしよう、言葉の意味を理解するのを拒んでしまう自分がいる。


「お昼休みにはお迎えにいくので、それまではいい子で」


(嫌だ!)


「えぇと、その特定の授業以外では、教室内に魔物を連れ込めない決まりなので……」


 珍しく困った表情を浮かべるルル。クソっ! こんなところに落とし穴があるとは。

 自分でも理解しがたいほどに、ルルと離れるということに酷く動揺している。


「あ、その、ちゃんと言うこと、聞かないとめっですよ」


 うぐぅ。このことに関しては、怒り慣れていないであろうルルが頑張って作った怒り顔(カワイイ)に免じて引き下がろう。

 しかし、


(本当に、一人で大丈夫か? あの豚ガキに嫌がらせを受けたりしないか?)


 そう、俺はなによりもそれが心配だった。あの豚ガキだけじゃない。他にも、ルルが黒髪だからとかいう下らない理由で虐めてくる奴ら。アイツらに、酷い目に合わせられるんじゃないかと思うと……。く、苦しい!


「大丈夫ですって。ギーク君とは、午前中の授業は被りませんし、それに移動教室ばっかりなので、休み時間に嫌がらせをするような時間はないですよ」


(……うぅ、分かった。信じる。ただ、もし、嫌なことがあったら、すぐに俺のところに走ってくるんだぞ)


「分かりました。約束です。あと、聞きたいことがあるんですけど」


(ん? なんだ?)


「わたしが寝ている間、暇ですか?」


(まぁ、暇だな)


 月を見ているとはいえ、それで落ち着くことはあっても、暇が紛れることはない。


「もし、良かったらなんですけど、気を扱う練習でもしますか?」


 そう言って、ルルが右手を差し出す。


(魔力は、大丈夫なのか?)


「一回くらいなら、寝ていればすぐに回復するので」


 そういうことなら、とルルの手を握る。

 温かく、しっとりとした魔力が手の平を伝って流れ込んでくるので、それをすかさず体のなかで回す。


(これで、動ける、よう、に、ならない、といけない、のか)


「そうですね。最初は座った状態から、次に立った状態、歩き、走り、戦闘の中、という順番らしいです」


 まじか。今、組んでいる座禅を崩そうものなら、即座に魔力は霧散していくだろう。走りながらとか、絶対に無理だ。


「ふふふ、頑張ってくださいね。それでは、わたしは寝ます。おやすみなさい」


(あ、ああ、おや、すみ)

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