第3話

 遠くで怒ったような声が聞こえてきたが、しかしだからといってそれに対して何かアクションを取る必要性というものはない。

 一応俺は彼女達にとっては年上なので、だから年の功というものがあるから彼女達に対して助言をするべきとかそんな事を言う人もいるかもしれないけど、だけど所詮俺は今日たまたま通りかかっただけの過客に過ぎない。

 何なら他人である、そんな奴から何か言われたところで「何言ってんだこいつ」と通報されるに違いない。

 そこら辺のところを加味してもなお、何かあったのかと話しかけに行く奴というのはいるだろうけど、少なくとも俺はこのタイミングで話しかけに行く方の人間ではなかった。


「だからさー、私達は落ちこぼれだとしてもどん底の落ちこぼれじゃないの」

「それは、そうだけどぉ」

「そもそも落ちこぼれだとしても努力する手を止める理由にはならない、止める必要性もない、無駄だとしても続ける理由はあるわ。むしろ努力する事すら出来なくなったら私達は落ちこぼれですらなくなってしまうもの」

「……」

「私は、努力をしないで努力をする人を嗤う人にはなりたくないわ。カカリナ、貴方は違うの?」

「……わ、私も――そんな人にはなりたくない」

「じゃあ、やりましょうよ!」

「だけどそれとこれとは話が違うよぉ……!!」


 喧嘩……というより友達同士の仲良い口論。

 いやでも耳に入って来るし、気になる。

 やっている事は完全に年下女の子の会話を盗み聞くやべー大人なので流石に俺も自分のやるべき事をするべきなのだとは思うのだが、しかし。


「だから、今回は二人でエンチャントゴーレムを倒しに行くわよ!」


 ん?


「エンチャント、ゴーレム?」


 俺と同じく話を聞いていたらしいアリサは「はて?」と首を傾げた。


「……一般的な冒険者でも結構手こずる人工生命体の筈ですけど?」

「むん、刃の通りが悪いしぶん殴った方が早いめんどくさい奴」

「普通はぶん殴って解決しようとはしないし、面倒臭いの一言で片づけるのは鈴ちゃんくらいだと思うけど」

「むむん?」

「ていうか私の学校に通っていた頃と変わっていないのだとしたら、彼女達は多分冒険者としての活動を体験? いやまあより正確な表現が思いつかないのでこのように言いますけど。それでも確かアンドル魔法学園が生徒達に求めるのはあくまで冒険者として活動するに必要な最低限の知識を現地で学ぶ事、ですよね?」


 そういえば俺も何度かアンドル魔法学園の生徒がこの冒険者ギルドに足を運び、そして何やら書類を貰っていた場面を目撃した事があった。

 あれってつまり、アリサの言葉が本当ならば冒険者になる為の勉強だったのか。

 ……真面目だな、俺なんて何もせずにスマホに常備されていた知識を流し見しちゃったけど。

 少し、反省。

 いやでも、それならエンチャントゴーレムを倒しに行く話にはならなくないか?


「だ、だからぁ……私達は別に実際に依頼を受けたりとか、それこそ討伐を行ったりする必要はないんだってば」

「向上心は何時だって必要よ!」

「ただ無謀なだけだよぉ!」

「それに、これは私達の証明よ。私達みたいな落ちこぼれだって頑張ればモンスターを倒したりする事は出来る。それはきっと私達にとって大きな一歩になると思うわ」

「……私達がダメな落ちこぼれである証明にならない?」

「その時はその時よ」

「だからそれはただの無謀だって……!」


 俺とアリサ、鈴は顔を見合わせる。


「……ただの無謀な挑戦だな」

「……止めます?」

「……むん、普通に受付の人が止めると思う」

「むしろ怒られそうだよなぁ」

「将来の事を考えるのならば、年上として怒るべきだと思いますけど」

「むー、年は関係ない。ただ分を弁えるべきだとは思う」

「まあ、鈴はまだ未成年だしなー」

「お酒も飲めませんしね」


 まあ、彼女達にとっては割と本気で悩んで口論しているのは間違いないだろうけど、俺達にとっては微笑ましい子供の喧嘩に過ぎない――と、本人達に言ってしまうのは可哀そうなので心の内で秘めるに留める。

 どちらにせよ、彼女達はエンチャントゴーレムあるいは何らかのモンスターを倒しに行きたいらしいけど、それらは間違いなく受付で「待った」が掛かる事だろう。

 彼女達に実力があるかないかは重要ではない、ただ最低限の知識は必要なのだ。

 ……俺だって冒険者になりたての頃は受付でモンスターの討伐をするのは止められた。

 採集の依頼を受けながら先輩の冒険者達に知恵を授けられながら活動をし、それから数か月のちにようやっと引き受けられるようになった。

 冒険者ギルドは仕事を冒険者達に斡旋するだけの仕事ではない。

 いやまあ、そんな感じのところもあるにはあるだろうけど、このアンドルの冒険者ギルドはそんな感じなのだ。

 あるいは、ここのトップが人材の事をとても大切にしていると言うべきなのかもしれないが、それはともあれ。


「もう! じゃあ普通にスモールボアでも倒しに行こうかしら!!」

「す、スモール……? あの、スモールって名前なのに私達を普通に轢き殺せる力くらいは普通にある奴? 確かこの前、スモールボアに足を食い千切られたって話が新聞に載ってたけど」

「単純で単調で、魔法使いである私達だって倒せるでしょ」

「無理無理だってぇ、万が一の時があったらどうするの……?」

「その時は隻腕のユウラって名前を使う事にするわ」

「腕一本なくなってるじゃん!」


 なんていうか、二人だけなのに姦しかった。

 子供らしくて微笑ましい、会話は割と微笑ましくないけど。

 ていうかそのどちらかというと口調がキツめな方、ユウラ、だったか。

 ユウラはイヤに覚悟が決まっているというか、本人は向上心という言葉をやたら使ってはいるものん、どことなく焦燥感のような感情があるように見える。

 あるいは、やはり落第生の落ちこぼれとしての自分に対して焦りを感じている、のだろうか?

 事実彼女には卓越した能力はない……と思う。

 少なくともそのようなスマホのアナウンスはなかったし、だから割と平凡な女の子なのだろう。

 対し、カカリナという少女はおどおどしてはいるもののどことなく精神的に落ち着きがあるように見える。

 それは――身体に秘められた文字通り伝説的な力があるから故、なのだろうか?

 俺はそういう優れた人間ではないのでちょっと分からないけど、そういう特別な力がある事を無意識で理解していて、だからなんだかんだでこの状況に対して「何とかなる」と思っている、のだろうか?

 分からない、分からないけど。

 だけど少なくともこの世の中は才能、ないしレアリティで必ずしも決まる訳ではないのだ。

 勿論レアリティというのは割と重要なのは間違いない。

 この世界のいわゆる「偉い」人達のほとんどは高レアリティだし、やはりこのレアリティが示す個々人の才能は無視出来ないというのは事実。

 だけど、絶対ではない。

 事実、俺はレアリティが低いのにも拘らず「凄い」人間がいる事を知っている。

 その「凄い」人はレアリティの事は多分知らないだろうけど、でも知っていたとしてもこう言うに違いないだろう。

 そう――それこそ「レアリティは歩を止める理由にはならない」、と。

 彼はそうしてこの場所まで歩いてきたのだろうし、そしてそれは今後も続けていく事だろう。


 そう、この場所まで、彼は歩いてきたのだ。







「はっはっはっはははははははははハハハハハ」


 と。


 そこで。


「ジュンタ様、降☆臨!!!!」


 その、「凄い」人が現れた。

 具体的に言うと、この冒険者ギルドは吹き抜けになっていて二階から一階を見下ろす事が出来るようになっている。

 そして、その人物は二階からこちらを見下ろしていた。

 黄金の髪、白銀の瞳。

 その身を覆うのは真っ赤な衣装。

 ……いや、吹き抜けになっているとはいえあの二人が話している場所は一階の奥なので二階からは確認する事は出来ない。

 だから間違いなくカカリナとユウラは謎の高笑いを聞いて混乱している事だろう。

 

「へ?」

「な、なぁに?」


 実際、口論を止めてきょろきょろしていた。

 そして俺達はというと……割と「その人物」がそんな登場の仕方をするのは日常的だったのでノーリアクション……は無理だった。

 俺はちょっと顔を顰めたりアリサは苦笑いを浮かべていたし、鈴に関しては頭を抱えていた。



「とう!!!!!」


 刹那。 

 その人物は背中から黄金の片翼を生やし、飛翔。

 無駄にオーバーリアクションしながらばっさばっさと一階へと着地。

 ……いや、二階から一階に降りるならば自由落下だけで済むのではないだろうかっていうか普通に階段を使えば良かったのでは?

 

 残念ながら、そんな風に突っ込むのはこの場にはいなかったが。


「キャーッ」


 一部、彼のファンが黄色い歓声を上げていた。


「レジェンダリーセラフィムエンジェル☆ジュンタ様、今日も相変わらず素敵だわ!」

「推せる……!!」


 レジェンダリーセラフィムエンジェル☆ジュンタ。

 本名ではない、ただ冒険者としての登録名なのは事実。

 そして何より、この冒険者ギルドのトップにしてアンドルに一人しかいないSランク冒険者。

 最強……とまでは言わないけど、だけど少なくともアンドルで彼より強い人間はいない。


「な、なに……!?」

「ふぇえ……」


 俺達にとってそのジュンタが謎のオーバーな登場の仕方をするのは日常茶飯事なのだが、勿論今日この場所に来て彼の事を知らない彼女からしたらアレは間違いなく意味不明な生命体だろう。

 目を白黒させながら、その視線は珍獣かあるいは謎の危険生命体を発見した時の様なものだったし、何なら今すぐにでも逃げ出そうとしているみたいに腰が引けていた。

 

「やあ、やあやあマイ☆フレンド!! 我らがリーダー様じゃないか!!!!」


 そして何を思ったのか奴は俺に対して話しかけて来やがった。


「どうだい? そろそろ僕様の事を使う気にはなったのカナ!?」

「い、いや。それより何しに来やが……きたのですか?」

「はっはっは! 僕様は君のように便利なスマホを持っている訳ではないからなっ。いやはや魂の故郷が震えるのを感じるよ!」

「そっすか」

「とはいえ、世間話はここまでにする事にしよう。今回僕様がこの場所に降☆臨したのは、そう! 彼女達を君に託したいと考えていたからだ!」

「は?」


 ……なんかきな臭くなってきたな。

 あるいは、雲行き悪くなってきたな。


「そう、アンドル魔法学園の生徒二人、そこのカカリナちゃんとユウラちゃんの事を君にどうにかして欲しいんだ」


 待ちやがれ、どうしてそうなりやがる?

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転生したらソシャゲ仕様のファンタジー世界だったけど、原作知らないからミリしらで頑張るしかない カラスバ @nodoguro

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