014:隠れる者、探す者


 動きが無い。


 瓦礫の周囲を舐め回すようにスコープで仔細に観察したが、一時間以上動きが無い。土煙の一つ上がってやしない。用心深い彼女といえど看過できない事態だった。


 このままでは、日が落ちてしまう。


 夜の闇は奴等に逃走の隙を与えるだろう。重汚染地帯の闇は深い。灯りはなく、月光は曇天に渡られるだろう。

 念の為にフレアを準備してきているが、それも無限にあるわけじゃない。


 確実とは程遠い。看過できるリスクではない。


 選べる手段は一つだけだ。

 用心深さと臆病は違う物だと思い知らせてやるのだ。乗っているのはGA900、構えているのはライフルなんて生易しいもんじゃない。高射砲だ。


 後部の閉鎖機を開け、APS弾を排莢する。代わりに装填するのはAP榴弾。


 それも詰まっているのは無煙火薬なんてもんじゃない。PBX爆薬だ。崩壊前は魚雷や成形炸薬に使われていた火薬で、爆風速度より周辺に及ぼす運動エネルギーを重視している。


 つまり、コンクリの残骸など一撃で消し飛ばせるということだ。


 ヤタは悪態をつきながら、引き金を引いた。


「消し飛びな。チキン野郎」


 あくまで自分のことを棚に上げた悪態。


 撃ち出した砲弾は、放物線を描きながら、瓦礫へと着弾する。一瞬のラグの後、時限信管が作動した。


 廃墟の残骸は跡形もなく吹き飛ぶ。ひどい砂埃があたりに滞留する。

 

 それでも、視界はそこまで酷くはない。

 18mある巨体を見逃すほどじゃない。それに奴は黄色の塗装だ。灰色の世界では悪目立ちする。


 だが、ヤタの期待は悉く裏切られた。


 廃墟の裏には既にHA―88の姿は無かった。


 逃したか?


 いや、ありえない…見逃しようのない状況だったはずだ。


 煙幕が張られているわけでも、夜の帳が下りているわけでもない。射線を掻い潜る為のし遮蔽も無い。その瓦礫は孤立していたはずだ。


 だが、過程の話をしても意味は無い。


 ヤタはスコープの倍率を下げ、周囲を探した。


 目ぼしい瓦礫を破壊し、周囲のクレーターを更地に変えた。だが、何も見つからない。


 2分ほど2km地点を探し、やがてその奥、更に奥と索敵範囲を広げたが、黄色のシルエットは見当たらない。


 可笑しな話だ。だが、当然の話でもあった。


 HA―88は榴弾の一撃とスコープの索敵を掻い潜り、今まさに懐へ潜り込もうと接近している最中だったのだから。


 それもチンケな小手先の工夫に頼って…


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