013:換装

 HA−88を瓦礫の陰へ退避させ、二人は現状の把握に努めていた。


 スペンサーが弾道から射撃位置を予測しようと試みる中、ピースは言った。


「十中八九、あの時計塔から狙って来ていますね」


 スコープの反射光等は曇天もあいまり確認できないが、射線を通せる場所はあそこ以外には周囲に存在しない。


 重汚染地帯というコンクリートジャングルの成れの果てはあまり狙撃に向く場所ではない。遮蔽が多過ぎるのだ。


 だが、あそこ迄の高所に陣取れるのなら話は別、一方的な戦闘になるだろう。


「分かっている。だが、俄に信じ難い。NAWでどうやってあの場所に登った?エレベータなんぞ遥か昔に止まってる。もしかして、敵はNAWじゃなく屋上に高射砲陣地でも構築してあるのか、階段を使って少しずつ搬入すれば…」


 スペンサーの思考をピースは真っ向から否定する。


「陣地はあり得ませんよ。あのタワーは、ほぼ倒壊しかけです。あの屋上に陣地を敷くなら高層クレーンでもなきゃ、不可能だ。おまけに此処は重汚染地帯。維持コストが成果に見合うとは到底思えません」


 ピースの言い分は、至極真っ当だった。


 それに、それだけ大掛かりなことをしていれば、報告が上がってくるのは自明の理だ。第六複合体が把握し切れていないはずがない。


「狙撃銃を抱えてあそこを攀じ登れるとは到底考えられないが、そう仮定する他ないか。いずれにせよ、今肝要なのはどうやって此処を切り抜けるかだ。次にあの銃弾を喰らって無事で済む保証は無い」


「ジャッカス相手にやった様に煙幕を使えば、急場を凌ぐことは出来るでしょうね」


「だが、その後が問題だ。此方は右腕の鉄筋パンチャーがやられている。敵は一方的に、ひたすらに、粘着質に此方を狙い撃ってくるだろう。それに、奴がNAWだと結論づけるなら彼処から昇降する術を何か持ち合わせていることになる。射程外へ逃れても、また不意打ちを試みるに違いない」


「それなら?」


「此処で決着を付ける他ないだろう」


 ピースの楽しげな笑い声が無線から響く。


「荒野の一騎打ちというわけですか。そそりますね」


 正確には二対一なのだろうが、そんなことはお構いなしに第一関節までが吹き飛ばされた右腕を背部へと回す。

 

 装甲コンテナの上面へと残骸と化した右腕をパージする。コンテナに存在する窪みへとそれを落とし込む。

 

「ピース。一体、何やってる?頭上で看過し難い音が鳴ってるんだが」


「道具箱から必要なものを取り出しているだけですよ」


 そう宣い、鉄筋パンチャーとは別のアダプターへと第一関節を接合する。


 強化アラミドによる防護の吹き飛んだ剥き出しの関節部が新たな四肢を得る。

 

 動作を確認する為、カメラ前に右腕を持ってくる。


 そこに映るのは新たなパーツ。四本の無骨な鉤爪が閃くスクラップアーム。

 真円状の掌の中央からはノズルが飛び出し、胡乱なアーク放電を弾けさせている。


「コイツは…」


 カメラの映像に当惑するスペンサーにピースは誇らしげに宣う。

 昨晩、彼女がHA―88について語った時のような口振りだ。窮地に陥っている事をまるで感じさせない高揚ぶりだ。


「ラージプート社製バグナウスクラップアームですよ。ちなみに換装に用いたのは同社の汎用プラットフォームです。素晴らしいでしょう?」


 確かに、驚異的な技術であるのは間違いなかった。

 整備ドックも無しに吹き飛ばされた腕を換装できたのだ。第六複合体のNAW開発部門の連中も度肝を抜かれるだろう。


 だが、問題はそこではなかった。


「これは、遠距離で撃ち合える装備なのか?」


 ピースは朗らかに返答した。


「いいえ、全く。廃品を剥ぎ取る為のアームですよ?」


 その返答にスペンサーは黙りこんだ。


 だが、絶望したわけではない。状況を打開する術を考えた。相手の狙撃を掻い潜り、相手の首に鉤爪を突き立てる手段を。


 ある種、この状況を楽しんですらいた。


 あの胸糞悪いサナトリウムから一点、戦闘という複雑だがどこまでも単純な世界に身を浸し、その神経は鋭敏に研ぎ澄まされていた。


「蓄光ビニールが確か積んであったな?」


スペンサーはピースへそう問い掛けた。太陽の砦の天井を張っていた特殊な樹脂である。


「ええ、ドーラムに取引を突っぱねられたヤツですね。多分、貴方の乗ってるコクピットの前あたりに積みっぱなしになってるはずですよ。街に売りに行っても欲しがる奴はドーラム以外にいなかったですし」


「そうだろうな。今時、植物を栽培するやつはそう多くない。だがな、コレには別の用途も崩壊前に存在していたんだ」


 そう言うと、スペンサーはコクピットから出てビニールを探した。


 ピースが話したように、それはロール状に巻き取られ、かなりの量が端の方に巻かれたまま放置されていた。


 古びていたが、人工有機体のサガとして経年劣化はそこまで酷くはない。

 

 これなら、十全に機能を果たしてくれるだろう。


「状態は悪くない。それに、お前が新しく取り付けたアーム。溶接機構が備わっていたな、見たところアーク溶接だろう?」


 ピースが嬉しそうに返答する。アームのノズルから青白い火花を散らして見せる。


「そうっ、何ですよ〜。格好いいでしょう?電圧の調整も自由自在何ですよ」


「今すぐ、私のコクピットのCPUに溶接機構の制御盤を繋げろ。それから、ビニールを機体に覆い被せるのを手伝え。NAWに乗ったままでいい」


「何がやりたいのか皆目見当がつきませんが、いいでしょう。昨晩のうちにコクピットに湯煎ケーブルを繋げて置いて正解でしたね」


 怪訝そうに唸りながらもピースはアーク溶接の電圧操作をスペンサーに譲渡する。

 

 そして、最後の懸念を口にする。


「ビニールを外に出すの手伝いましょうか?その量となると80kgは普通にありますよ」


 コクピットの外カメラでスペンサーの方を見ると、今まさにビニールのロールを引っ掴む所だった。


 彼女は自身より二回りもデカいその束を羽毛布団でも抱えるように持ち上げた。


「心配には及ばない。これでも、実働部隊出身でね。鍛えちゃいるんだ」


 その表情はヘルメット越しでは分からなかったが、間違いなく笑っていた事だろう。


 ピースは呆れたように小声でこう言った。


「本当に、なんで情報将校なんてやってるんですか、貴方は…」


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