第16話 俺の願い
ベッドの上で、春風ハルオは目を覚ます。
「うう……」痛みを覚えるも体を起こし、辺りを見渡すと、白い壁とカーテンが映った。自分が水色の病衣を着ていることに気づき「……病院か」と理解する。
窓の外の標高が高く、2階以上だと分かり、昼間で明るいが、灰色の雲が空をおおっていた。
なにをする訳でもなくジッとしていると、コン、コンと扉がノックされる。
「どうぞ」
「起きたの」ソラが病室に入ってくる。
彼女は病衣の上にグレーのカーディガンを羽織り、サンダルをはいているため、足の小指があらわになっていて、胸元に巻かれた包帯が見えていた。
ベッドわきの丸い椅子に、ソラが座る。
「俺が倒れたあと、どうなったか聞いていいか?」
「ええ、説明する」
********
過去。ハルが倒れた直後。
「パパ! 病院? 救急車、呼ばないと」
足踏みをし、マヒルが慌てる。
「救急車より、走った方が早いかと」
「先生」とソラ。
変身が解け、人間に戻った田村カフェが、上半身はだかの姿でやってきた。
「私が春風くんを担当します。夏目さんを頼めますか?」
「うん」マヒルがうなずく。
ウルフマンだった時の記憶はあいまいだが、なんとなくの状況を田村は理解していた。
田村がハルを、マヒルがソラを背負い、最寄りの病院へと走る。病院についてすぐ、無理をしていたのか、田村が転倒し、気を失ってしまう。病院のスタッフが「人が倒れてるぞ!」と集まってきて、マヒル以外の3人が治療室へ運ばれた。
数時間後、病衣に着替えたソラが、治療室を出ると――うす暗い廊下のソファーで「フレアさん!」とマヒルが待っていた。
ソファーに座って、マヒルと話をする。
「セロニカ、明日には目を覚ますって」
「よかったあ」
「日向さん、ありがとう。セロニカを連れてきてくれて。助かった」
「話し合って助け合えば良いのに、それをしないのは愚かでしょ」
「……覚えてるの?」
「馬はバカじゃないから」
くふふ、とマヒルが笑う。
翌朝、院内の公共スペースで待ち合わせをし、田村とソラがテーブルに座った。観葉植物のウンベラータが置かれた広い場所で、空気が清潔に保たれている。
「先生、怪我の方は?」
「特に問題なく、これで退院です」
田村はコンビニで購入したワイシャツを着用し、松葉杖を持っていた。
「夏目さん」田村が深々と頭を下げる。「すみませんでした。大きな怪我をさせてしまって」
「どんな理由があったのか、聞かせてください」
「分かりました」田村が事情を話す。「ウルフマンだったころ、私は謎の組織に捕まり、カオスとの融合実験を受けました。私は理性を失い何も覚えていませんが、おそらく実験が成功したのでしょう。記憶が戻ったと同時に、カオスが宿りました。カオスの破壊衝動を抑えるには、大量の魔力が必要。ですが、ウルフマンの魔力量は少ない」
「それでドレインを?」
「はい」
ソラは納得した。カオスの暴走を止めるため、先生なりに必死だったのだと。
その後、先生の妻が迎えにきて――6才の娘と手をつなぎ、先生は帰宅した。
*********
現在。
「そうか、先生が……」
「日向さんには学校に行ってもらった。色々と壊れたから様子を見にね」
経緯を知り、別の疑問が浮かぶ。
「そういえば、力を発動するのに、なんで叫ぶ必要があったんだ?」
「私は詳しくないけど、アニメの登場人物が技の名前を叫ぶでしょ? 魔法は精神の影響を受けるから、集合的無意識が変化して、魔法法則が変わった可能性が高い」
「……変な話だな」
なんとなくハルは理解する。
「ねえ、私も質問して良い?」
「なんだ?」
「どうして名前を叫ぶの?」
「それは……ロマンだよ」
「ロマン? ロマンってなんなの? 名前を叫ぶことに合理性はない。敵に技を知らせれば対策される。うしろからの攻撃もできない。アニメの登場人物はバカなの?」
ソラは早口で、声に怒気を含んでいた。
「……仕方ないだろ。そういうものなんだから。俺だって、エクスカリバーなんて叫びたくないぞ」
「あなた、嬉しそうに叫んでたじゃない?」
「そうか? うぅ……」
おそってきた腹部の痛みに、ハルは表情を歪める。
「大丈夫?」慌てて、ソラが立ち上がる。
「ああ、大丈夫だ」
「ごめんなさい。私のせいで戦いになって」
ソラは座り、後ろめたそうに顔をそむけた。そんな彼女に対し、ハルは明るく弾んだ声で言う。
「なあ、フレア。俺、楽しみなんだよ。記憶が戻って、フレアとポネに再会できて、みんなに会えると思うと、胸が高鳴ってさ。俺、会いたい奴がたくさんいるんだ」
ふと、空をおおっていた雲が裂け、黄金の光が地上にさす。春風ハルオを祝福するかのように。
「だから、そんな悲しいこと言うなよ。おまえがいなくなったら、俺の願いが叶わないだろ」
まぶしさに目を開き「……そうね」とソラは微笑した。
「あなたの願いが叶うよう、私も協力する。会えると良いわね」
「ああ、きっと会えるさ」
死んだ仲間、見たことのない親、感謝を伝えられなかった恩人、喪失ばかりだったセロニカの人生。
春風ハルオの心は抑えられないぐらいに踊っていた。
俺の前世が勇者だった件 ベール・ハーバー @gagagagaa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます