第15話 最終決戦

 過去。

 玄関の照明が辺りを照らす中、ハルの家の前で――春風ハルオと日向マヒルが向かい合っていた。

「どうした? ポネ」

「フレアさんが大変なの!」

「フレアが?」

 マヒルがことの経緯――ドレインのことやウルフマンのことを説明する。

「フレアがひとりで……。分かった。助けに行くぞ」

「……いいの? 戦いになっても?」

「いいに決まってるだろ。オレはフレアを助けたい。またみんなに……ハッ‼」

 突然のエウレカに、ハルは目を開く。無意識の深いところから浮かんできて、自然と言いかけた言葉こそ、答えだった。

(俺の願い、こんな簡単なことだったのか)

 分かってしまえば単純で、すぐに気づかなかったのが不思議なぐらいの答え。

 あふれる幸福感に、笑みがこぼれる。

「パパ?」

「戦う理由なんて、誰かを守りたいだけで良いんだな。すぐ戻る」

 家に戻り、ハルは階段を駆け上がる。自室の押入れを開け、おもちゃ箱を引っ張り出し――箱に手を突っ込み、ロボットや積み木や車をかき分け、剣をつかんだ。

「久しぶりだな。ホビーソード」

 小さいころ、父に買ってもらった玩具がんぐの剣。

 付属品のベルトを腰にまき、ホルダーに剣をさす。制服のまま運動靴をはいて、ハルは外に飛び出した。

「行くぞ、ポネ」

「うん! 乗って」

 マヒルの背にハルが乗り――学校を目指し、マヒルが全力で疾走する。




 ********


 現在。

 マヒルの背から降りたハル。「待たせたな。フレア」と言いつつ、体はウルフマンの方に向けている。

 ソラも立ち上がり、

「このウルフマン、なにかおかしい。気をつけて」

 とハルの横に並ぶ。

 どうしてきたの? など聞きたいことはあるが、いまはその時ではない。

「ああ」ハルがうなずく。「ポネ、さがってくれ」

「うん」

 邪魔にならないよう、マヒルが廊下の端に移動する。

 ソラとハルがかまえ、7メートル先のウルフマンと向かい合う。

 四足姿勢で威嚇するオオカミ。「グアアア!」と二人に飛び掛かった。

 左右に散り、二人が飛び掛かりを回避する。

「グガア!」

 オオカミの爪がハルに向いた、その瞬間――ソラがウルフマンの横腹を蹴った。

「グウゥ!」

 オオカミが攻撃を中断し、矛先をソラに変えた、瞬間――今度はハルが、ウルフマンの背中を殴る。

 爪がハルに向けば、ソラが攻撃し――逆にソラに向けば、ハルが攻撃する。

「グガアアアア!」二人のコンビネーションに、混乱するオオカミ。

 ソラが叫ぶ。「日向さん! バッグから鎖を取って!」

「うん!」マヒルがバッグを見つけ、丸まった鎖を手に取り「フレアさん!」と床をすべらせ投げた。

 ソラが足で「ありがと!」と鎖をキャッチし、オオカミの両ひざ裏をすばやく蹴る。

「グウゥ」

 ウルフマンが前方に倒れ――バン! とオオカミのみぞに、ハルが前蹴りを入れた。

「グガァ!」痛みでうずくまるオオカミ。

 ソラが鎖をほどき、ウルフマンの首に巻きつけた。

「引っ張って! 意識を落とす!」

「おお!」

 ソラとハルで鎖の両側を引っ張る。

「グガアアアア‼」

 ウルフマンが立ち上がり、鎖を千切ろうと暴れる。

 鎖が激しく揺れるも、二人は放さない。

 そして……


「グウゥゥゥ……」

 呻りが消え、ウルフマンがうつ伏せに倒れた。

「……終わったか?」

「……そうみたいね」

「パパ! フレアさん!」

 マヒルが駆け寄ってくる。

「やったな!」

「ええ」

 大きな怪我もなく、全員無事。十分すぎる結果に、3人は喜び合う。あとはウルフマンを鎖で縛り、変身が解けるのを待つだけ。



「グハッ!」

 突然、謎の声が聞こえ、「「「⁉」」」3人が振り向く。

 ウルフマンの背中に、闇の水たまりができていて、そこから腕の形をした黒い煙が飛び出していた。

「なんだ⁉」

「終わっていない」

「わたし、さがってるね」

 マヒルが距離を取り、ハルとソラがかまえる。

 黒い腕が床に手のひらをつけ、水たまりの表面が波打ち、本体が這い上がってくる。最初に頭が現れ、次に肩、もう片方の腕――


「これは! カオス!」

 ソラは理解した。最初に聞いた低いノイズの声、そして気づけば受けていた衝撃の正体を。

 黒い煙――カオスが全身をみせた。赤く丸い目を光らせた、人の上半身の形をした黒い煙が、ウルフマンの背から伸びている。

 ノイズの消えた男の声で、

「はあ、こいつを操作するのは難しいぜ」

 とカオスがしゃべった。

 顔にW型の赤い口がついているが、ついているだけで動いておらず、それが異様で不自然。サルがしゃべったら、こんな感じなのだろう。と想像させる。

「助かったぜ。犬の意識を落としてくれて」

 ソラが質問する。「目的はなに?」

「そんなもんねえよ。いや、犬の苦しむ姿を見たかったってのはあるな」

「それになんのメリットが?」

「オレは闇だぜ、闇。破壊本能に従って壊したいものを壊す。まあ、そういうことだ。おまえらを殺す!」

 カオスが右腕を振り上げると、拳がふくらみ、大きなハンマーに変わった。

「死ね! ビッチハンマー!」

 腕をゴムのように伸ばし、カオスがハンマーを振り下ろす。

 二人がハンマーを避けると、床にひびが走った。

「話し合いは無駄ね」

「ああ」

 カオスは闇が意志を持つ邪悪な存在。理性ではなく、破壊本能で動いている。

「ファックパンチだ! 死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ねえー‼」

 手を拳に戻したカオスが、両腕を伸ばし、連続してパンチを打つ。

 軽いステップで拳をかわし、ソラがナイフを拾う。そしてカオスに向かって投げるが、黒い煙をすり抜ける。

「効かねえぜ! 死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ねえー‼」

 ファックパンチの速度が増し、外れた拳が床や壁を壊していく。

(どうやって倒せば?)ソラは考える。

 カオスに物理攻撃は通らない。倒せるとしたら、魔力による攻撃。つまりは魔法。

「うわ!」体を後ろにそらし、ハルがギリギリで拳をかわした。

 それを見て(せまい!)とソラは限界を悟る。廊下という限られた空間。ここにいては、いずれ攻撃にぶつかる。

(おそらく、カオスはドレインを使えない)

 ドレインを使って行動不能に追い込めば良いのに、それをしてこないことから使用不可と予想がつく。戦いを楽しんでいる可能性もあるが、賭けるしかない。

「セロニカ! 日向さん! 外に逃げて!」

「おお!」

「分かりました!」

 カオスに背を向け、3人が走りだす。

「待ちやがれ! 街を破壊するぞ!」

 倒れるウルフマンとくっついているせいで、カオスは臨機応変な移動ができない。



 **********


 3人がいなくなり、廊下に残ったカオス。

(オレはドレインが使えないんだ!)と犬をにらむ。

 ドレインはウルフマンの魔法で、カオスのものではなかった。

(逃がさねえぜ)

 両腕を伸ばし、横に大きく振って、廊下の端から窓ガラスを割り、破片を体内に吸収していく。



 **********



 外にやってきた3人。走りながら、マヒルが質問する。

「フレアさん。どうするの?」

「街を破壊すると予告された以上、放置はできない。ここで戦う」

「作戦は?」ハルが聞く。

「魔法を使えるようにして倒す。それだけ」

 障害物がない校庭の真ん中にハルとソラが立ち、少し離れた木の影にマヒルが隠れる。

 バッコーン‼ 2階の壁を破壊して、カオスが空中に飛び出し、校庭に着地した。

 8メートルの距離を開け、二人はカオスと向かい合う。

 カオスと一緒にくっついてきたウルフマン――立ち上がった姿勢で目を閉じ、足が宙に浮いている。

「満月が気持ちいいぜ‼」

 カオスが、右拳の中指を立てた。

「スパームシャワー!」

 中指の先から、ガラスの破片が大量に放射される。

 降り注ぐガラスの雨。

「避けて!」

「おお!」

 二人がガラスをかわし、砂の地面に突き刺さる。

「広い場所なら、オレに勝てるってことか? 残念だったな! デッドゾーン!」

 カオスの全身から、赤い光が放たれた。

「「⁉」」

 光がハルとソラの体をすり抜け、周囲に広がり、ドーム状のバリアを作る。高さ10メートル、横幅20メートルの空間。その中にハルとソラ、カオスとウルフマンの4者がいる。

「パパ! フレアさん!」

 駆け寄ってきたマヒルが、バリアの壁を叩くも、ドン! ドン! と揺れるだけで破れない。

「閉じ込められたのか?」ハルが辺りを見渡す。

 180度、赤い光におおわれ、出口が見当たらない。デッドゾーンは、バリアの内部に獲物を閉じ込める魔法だ。

(魔法……)ソラは冷静に思考する。

 なぜ、カオスは魔法を使えるのか?

「ビッチバイブだ!」

 カオスの指先にガラスがはえ、鋭い爪となった。

「死ね!」

 伸ばした腕を振り、カオスの爪が空中を切り裂く。

(名前……なんのために……)

 ソラは思考を続ける。

「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ねえー‼」

 カオスが両腕を振り回し、パシッ! とムチのように地面を削った。

 ジャンプ&ステップで、二人はムチをかわす。

(……なにかを隠すため?)

『ビッチハンマー』や『ファックパンチ』。攻撃のたびに、カオスは技名を叫んでいる。下品なバカだと思っていたが、よく考えるとウルフマンも『ドレイン』と発言していた。

 隠したいことを悟らせないため、道化を演じているのだとしたら?

(⁉ もしかして……)

 名前を言葉にすることが魔法発動の条件?

 思いつきを試すため、ソラは左手に魔力を込め、

「ファイア」

 と小声で言葉を発する。

 だが……


「…………」

 なにも起きない。

(ダメね)

「ハエみたいに飛びやがって! 死ね!」

 空中に光が走った。

「⁉」

 ソラが光を避けると、足元にガラスの破片が刺さる。

 カオスがムチをコンパクトに振り、腕の表面から、ガラスを飛ばし始めた。

 高速で飛んでくる、無数の刃。フットワークで回避するが、避けきれず「うう」とソラの肩にガラスが刺さった。腕を盾に急所だけは守るも、やまないガラスの弾丸に肌が切れ、流血が増えていく。

(このままだと負ける!)

 魔法発動の手掛かりを失い、デッドゾーンで逃走不可。

 まずい状況だ。

「ぐう……」太ももにガラスが刺さり、ハルの動きが鈍った――その一瞬、カオスが腕を振り、ハルの横腹をなぎ払う。

「ぐは!」

 吹き飛んだハルが、仰向けに倒れた。

「パパ!」

「セロニカ!」

 ソラが駆け寄ろうとする。

「ファックマシンガン!」

 カオスが手のひらをソラに向け、ガラスの破片を連続発射した。

「⁉」

 ジャンプでガラスを避けるも、ハルとの距離が遠くなる。

 ガラスのマシンガンでソラをけん制し、カオスがもう片方の腕を伸ばして――倒れるハルに拳を振り下ろす。

「くう!」

 とっさに立ち上がったハル。頭上で両腕をクロスし、拳を受け止めるが「ぐう」と歯を食いしばり、圧に耐えるのがやっとで動けない。

 ふと、手からガラスが出なくなり、

「…………終わりか」

 とカオスは弾切れを悟る。

 弾切れの手を伸ばし、ハルの正面を殴った。

「うわ!」ハルは吹き飛び、赤い壁に背をぶつけ、地面に落ち、座った姿勢になる。体内をミキサーでかき混ぜたような気持ち悪さに「くは!」と吐血する。臓器の損傷、体中の打撲と内出血、ろっ骨にひび、ダメージは大きい。

「パパ! 死なないで!」

 ハルの元へ駆け寄ったマヒルが、涙目で壁を叩く。



 動けそうにないハルを放置し、カオスがソラと向き合う。

「血にぬれた女は美しいぜ」

 肩で息をし、かまえるソラ。体の数ヵ所にガラスが刺さり、傷から血が滴っている。

「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ねえー‼」

 繰り出されるファックパンチ。ジャンプ&ステップで拳を避けるも、攻撃がソラに集中したことで、回避が難しくなる。

「くぅ!」自ら後ろに飛んでダメージを軽減するが、正面に拳を喰らい、ソラは倒れ、「はあ、はあ」と夜空を見上げた。

「フレアさん!」

 マヒルが思いっ切り壁を蹴るも、デッドゾーンは砕けない。

「潰してやるよ!」

 カオスが腕を振り上げ、拳をハンマーに変えた。

 ソラを殺す気だ。

「死ね!」

 カオスがハンマーを振り下ろそうとした、その瞬間――飛んできた玩具の剣が、ウルフマンに当たる。

 攻撃を中断し、カオスが振り向く。

「動けたのか」

 苦しそうな表情で、座ったままのハルが、腰の剣を投げ終えていた。

 カオスの視線が、自分からそれている隙に「くう!」とソラが最後の力で立ち上がる。そして走り、肩に刺さっていたガラスを抜いて「先生! 起きて!」とウルフマンの太ももに刺した。

「近寄るんじゃねえ!」

 カオスにビンタされ、ソラが地面を転がる。

 声が届いたのか、それとも痛みに刺激されたのか「グゥゥ」とウルフマンが目を覚ます。

「こいつ⁉」カオスがおどろく。

「グガアア!」

 ウルフマンが頭を抱え、暴れた。

「まだ抵抗するか!」

 ウルフマンの背に吸い込まれ、カオスが縮んでいく。肉体の支配権を賭け、争っているようだ。

 ふと、マヒルが気づく。「人の声……」

「グアアアア!」というオオカミの呻りが人間の声色に近く、よく見ると瞳も茶色で――人の目だ。

「教えて! 魔法の使い方!」

 マヒルの問いに、田村が答える。

「叫べ! 叫ぶんだ! グガアアアアア!」

 カオスが完全に吸い込まれ、ウルフマンの瞳が銀色になった。

「ドレイン!」

 発せられる野獣の声。うつ伏せに倒れるソラの背と、オオカミの手元に魔法円が現れ、ドレインが発動した。

 すごい勢いでエネルギーを吸われ「うぅ……」と意識が落ちそうになる中、ソラは考える。

(叫ぶ……なにを……魔法の名前? でも……使えなかった……声が小さかったから?)

 …………やってみるしかない。

「ファイア!」

 ソラが叫び、魔法が発動する。彼女の体を炎が包み、背中の魔法円が燃え上がって消滅した。

「グガ⁉」ドレインを強制解除され、困惑するオオカミ。

 理由は分からないが、名前を叫ぶことが魔法発動の条件みたいだ。

 ソラは立ち上がり、手のひらをオオカミに向け、炎を放つ。だが、炎が少し出ただけで、消えてしまう。

(吸われ過ぎた!)

 急激なエネルギー吸収のせいで魔力が乱れ、魔法のコントロールがうまくいかない。

 グハァ! とカオスがオオカミの背から飛び出し、

「カオスパッケージ!」

 と叫んだ。

 カオスの頭が犬の形に変わり、着ぐるみをかぶせるように、ウルフマンを飲み込む。全身を影におおわれ、黒一色になったウルフマン。

 赤い目を光らせ、

「グガアアアアアアア‼」

 と胸を張って吠えた。

 ここにきて、まさかのパワーアップ。

 ウルフマン・カオスパッケージだ。

「セロニカ! 剣を拾って!」

 自分で魔法を使えない今、勇者の力でカオスを倒すしかない。

「オーラ」

 ソラはかまえ、体に火炎色の光をまとう。最低限の処置ではあるが、オーラによる身体能力強化と痛み消し。これで少しは戦える。



 ソラが魔法を使うのを遠くで見ていたハル。「分かった」と立ち上がろうとするが「くう……」と激痛で倒れてしまう。

 仕方なく、ハルはうつ伏せの状態で、地面を這って進む。

 空間の真ん中に落ちている、玩具の剣ホビーソード。ハルの現在地は壁の下、つまりは空間の端。剣までの距離、10メートル。剣のさらに向こうで、ウルフマンとソラがにらみ合っている。

「グガア!」

 ウルフマンがソラに飛び掛かった。

「ぐう……」痛みに耐え、ハルは前進する。







「グガアアア!」

 ウルフマンが爪を振りまくり、フットワークでソラがかわす。

 爪を避け、オオカミのふところに潜ったソラが――ウルフマンの胸に手のひらを押し当て、オーラを流し込んだ。

 ダン! とオオカミの背を衝撃波が貫通する。

「グガア⁉」衝撃で後ずさるウルフマンだが、体をおおう影に守られダメージがうすいのか、すぐに反撃してくる。

「ガアアア!」

 オオカミの指が長く伸びた。指先の爪がランスのように尖り、高速でソラへと向かう。

「⁉」

 ソラはしゃがみ、ランスを回避する。





「くう」歯を食いしばってハルは進む。

 剣までの距離、8メートル。

 まだ遠い。






 両手の爪を伸ばし、遠距離攻撃を仕掛けるウルフマン。

 身軽なステップで、ソラはランスを避ける。

「ガア!」

 ウルフマンが素早くジャンプし、ソラとの距離を一気に詰め、爪をアッパースイングした。

「‼」上半身を後ろにそらし、あごを裂かれる直前で爪をかわす。

「グガア!」

 ソラの目の前で、オオカミが突進を繰り出し――ソラが突進を受け止め、組み合った状態になる。





(俺の体、動け!)

 言うことを聞かない体に、気合いを入れるハル。

 剣までの距離5メートル。






 組み合うソラとウルフマン。力負けしたソラが押され、地面に足を引きずった線ができ、壁にかかとがぶつかる。

「くう!」

 不意にやってくる鋭い痛み。オオカミが彼女の背中に爪を突き立て、衣服に血が滲んでいた。

 オオカミのみぞに手のひらを当て、ドン! とオーラを流し込む。衝撃を受けたウルフマンが後方に飛び跳ね、距離が開く。

 体を包んでいた火炎色の光が点滅し、

「はあ、はあ」

 とソラは背を丸めた。

 体力の限界が近い。





「パパ! がんばって!」

「おお」

 マヒルの声援を受け、ハルは行く。

 剣までの距離、3メートル。






「ガアア!」

 オオカミが直線上に飛躍し、地面をすべるように突進する。ソラがそれを避けると、ウルフマンが突進を繰り返し――様々な方向からソラをおそった。

 ぎこちないステップで、ソラは回避を続ける。

 突然、ウルフマンが足を止め、

「ガア!」

 と体を回転させ、両手の爪を伸ばした。

 横振りに迫ってくる爪に対し、ソラは後ろに飛んで避難するが、着地の瞬間に足がもつれ、仰向けに倒れてしまう。

「グアアア!」

 ウルフマンが高くジャンプし、落下の勢いで彼女の腹を踏んだ。

「うう!」

 やわらかな腹がへこみ、痛みにあえぐ。火炎色の光が消え、体力の限界を超えた。もう、動けない。

「グウウ」

 ソラを踏んだまま、オオカミが爪を振り上げる。






「拾ったぞ!」剣を手にしたハルが、ふらふらの足で立ち上がっていた。

 ウルフマンの視線がハルに向き、ソラが声を振り絞る。

「叫んで! 勇者の力を!」

(叫ぶ? ……そうか。そういうことか)

 アニメ好きのハルは直感的に理解する。魔法発動の条件を。

 背中を伸ばし、剣先を下に向け、グリップを強く握った。

「叫ぶぜ! 勇者の力!」

「ガアア!」

 オオカミが、ハルの方へ駆ける。


 かつて魔王を殺し、世界に春をもたらした力がある。

 それは聖なる救い。

 聖なる剣。

 その名は――


「エクスカリバー!」

 まぶしいほどの光が、剣から放たれた。エクスカリバーは握った剣を聖剣に変える力。聖は邪悪を払い、闇を浄化する。

 パッキーン! とデッドゾーンが砕け、ウルフマンから黒い影が剥がれた。

 煙の形となり、空中に浮いたカオス。

「バカ! 行くんじゃねえ!」

「ガアア!」

 カオスの制止を聞かず、ウルフマンがハルに飛び掛かる。

 エクスカリバーを発動したことで痛みが消え、ハルは剣を振り上げ――剣の平らな部分でオオカミの頭を叩いた。

 うつ伏せに落下し、ウルフマンは動かなくなる。

「離れねえ!」

 空を飛んで逃げようとするカオスだが、オオカミとくっついているせいで遠くには行けない。

 刀身から光を放射して、ハルがジャンプし――

「終わりだ!」

「やめろー!」

 絶叫するカオスを斜めに斬った。

 煙が二つに分かれ、聖の浄化作用で色がうすくなり、透明になってカオスは消滅する。

 着地したハル。剣をホルダーにしまい「フレア、大丈夫か?」とソラの元へ走った。

「ええ」仰向けに倒れているが、ソラは無事だ。

「パパ!」

 駆け寄ってきたマヒルが、ハルに抱きつく。

「痛い、痛い、ポネ」

「ごめん」

 マヒルが離れたと同時に、視界が揺らぐ。ハルは倒れ「パパ? パパ!」と声を聞きながら、意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る