第14話 夏目ソラ VS ウルフマン
学校。
廊下という一直線上のフィールドで、ウルフマンとソラは戦っていた。
「グガアー!」
オオカミが両手の爪を乱暴に振り、軽いフットワークでソラがかわし――空振りした爪が、壁に4本線を刻む。
一度でも受ければ致命傷だが、ウルフマンの攻撃は大振りで単調。
ソラが踏み込み、オオカミの股間を蹴り上げた。腹と胸の中心をストレートで殴り、のどを手刀で斬る。
「グゥゥ」
後ずさるウルフマンだが、すぐに、
「ガアア!」
と大口を開け、ソラを噛もうとする。
バン! ソラが手のひらで、オオカミのあごをアッパーした。牙が折れそうな勢いで口がふさがり、ウルフマンがふらつく。
すかさずポケットから催涙スプレーを出し、オオカミの顔面に噴射した。
「グアアア!」
目を潰され、ウルフマンが訳も分からず爪を振る。
スプレーを捨て、ソラは後ろにジャンプし、距離を取った。
「グウウゥゥゥ」
オオカミが四足姿勢になり「ガアアア!」とソラに飛び掛かった。
身軽なステップで、ソラは飛び掛かりを回避する。
着地したウルフマン。今度は高くジャンプし、天井を蹴って――天井から地面、地面から壁と素早く飛び移り、ボールが跳ねるみたいに様々な方向からソラをおそう。
ウルフマンは目を閉じているが、気配と匂いでソラの位置を把握していた。
オオカミを避けながら、ジャージのファスナーをおろし、ソラは黒のタンクトップ姿になる。脱いだジャージをマント代わりに、飛んできたウルフマンの頭に被せた。
「グガアア」
ウルフマンが足を止め、顔にくっついたジャージを投げ捨てた。その一瞬、ナイフを握ったソラが、ウルフマンの背後に回り、両ひざ裏を刺した。
「グウゥ」
ひざが折れ、倒れそうになるウルフマンに追撃する。ナイフを手放し、体を回転させ、首裏にエルボーを叩き込んだ。
「グガア!」
ウルフマンが倒れ、その上にソラが乗り――オオカミの腕を持ち上げ捻り、関節技の完成だ。
地面に顔をつける形で倒れたオオカミ。「グガアアア!」と暴れるも、完璧に決まった技からは脱出できない。
(このまま気絶させれば)
勝てる。
呼吸を止めるため、ウルフマンの首裏を足で踏んで圧迫する。失神したオオカミを鎖で縛り、朝を待つ作戦。変身が解ければ、田村先生と話し合えるはず。
「ウウゥゥ……」ウルフマンの呻りが小さくなる。
勝利を目前に、ソラは油断しない。足の力を抜かず、確実にオオカミの意識を落としていく。
それは突然で一瞬だった。
ウルフマンの背から、拳の形をした黒い煙が飛び出し、ソラの腹を殴った。
「⁉」
ソラは吹き飛び、地面に落ちる。
(攻撃された?)
すぐに立ち上がってかまえるも、状況を理解できない。衝撃を受け、気づけば吹き飛んでいた。
「うぅ……」遅れてやってくる痛み。ひざが落ちるのを寸前で耐える。
防御できない予想外の一撃。これがいちばん効く。
ウルフマンが起き上がり、
「グガアアアア‼」
と胸を張って吠え、目を開いた。銀色だった瞳が赤く光り、全身から闇のオーラが放たれ、強風が発生する。
(なに! この強さ)
さっきまでとは迫力が違う。空気が歪むほどのオーラ。3倍、いや、5倍以上の圧を感じる。
「グガア!」
ウルフマンが直線上にジャンプし、ソラの顔目掛け爪を振った。
瞬時にソラは避けるが――避けきれず、爪の先端が頬を切り、血が流れた。
(早い!)
「グガアアア!」
オオカミが爪を振りまくる。
手さばきとフットワークで攻撃をかわすソラ。
ウルフマンから距離を取ろうとジャンプするも、すぐに追いつかれ、空振りした爪が床や壁を砕いていく。
「ガアア!」
ウルフマンが爪をストレートで突き、バッコーン! と壁が砕けた。
ソラは前転で地面を転がり、催涙スプレーを拾う。そしてウルフマンの顔面に噴射するが――オオカミの体を包むオーラが層を作り、スプレーが弾かれる。
「グアア!」
ウルフマンが爪を振り、ソラが一歩下がって避けた、次の瞬間――
オオカミが地面を蹴り、突進を繰り出す。
「くう!」
突進を喰らい、ソラは吹き飛ぶが、バク転で体勢を持ち直し、転ばず着地する。だが、子宮を握り潰されたような痛みで胸のうちが歪む。
ウルフマンが左手を横に上げ――手のひらを空中にかざす。
(くる!)
魔法発動を予知し、ソラが駆けるが「うう」と痛みでつまずく。
「ドレイン」野獣の声で、ウルフマンが言葉を発し――オオカミの手のひらの前に、黒い魔法円が現れた。
ソラの背にも魔法円が浮かび、
「うぅ……」
おそってくる脱力感にひざを落として、座った姿勢になる。
ウルフマンの手元にある円から火炎色の光が出て――それがオオカミの手のひらに入って行く。ドレインでソラの魔力を吸収している。
(立てない……)
力が入らず「はあ、はあ」と過呼吸になり、彼女の胸が魅力的に揺れる。うつ伏せに倒れないよう、手で上半身を支えるのがやっと。
「グウウ」
ウルフマンがゆっくりとソラに近づく。
(魔法が……使えれば……)
歩み寄ってくる野獣の足を見つめ、ソラはおのれの無力を悟った。
「ガウウゥゥ」ソラの前に、ウルフマンが立つ。左手でドレインしながら、もう片方の手でソラの首をつかみ――彼女を持ち上げた。
「うぅ」
体が宙に浮き、手足をたらした状態で、ソラは抵抗できない。オオカミの握力が段々と強くなって、呼吸が困難になり、首が折れそうだ。
(ここで……死ぬの……)
うすれゆく意識の中、ソラは思う。日向さんの言う通り、セロニカに相談しておけばよかったと。
勇者と一緒に戦えば、きっと勝てた。
きっとなんとかなった。
もちろん、ピンチになってからの後悔が遅く、助けがくるなんて都合のいいこと、望めないのは分かっている。
だけど……それでも……
「……助けて」
勇者、その称号に救いの奇跡を期待してしまう。
ダンダンダンダンダン!
遠くから聞こえてくる音。
これは…………足音?
「フレアさんを放せ!」
廊下を走ってきたマヒルがジャンプし、ウルフマンの頭をキックした。
「グガア⁉」
おどろいたオオカミがソラを手放し、飛び跳ね後退する。
床に落ちたソラ。ドレインが解除され、目を開けると、
「……どうして?」
日向マヒルがいて、ハルを背負っていた。制服を着た春風ハルオが、腰に剣をさし、かっこつけた顔で微笑している。
その姿は、まさに馬に乗る勇者。
自信に満ちた声でマヒルが言う。
「勇者を運んでくるのは、いつだって馬の役目ですよ!」
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