第6話 変化

 学校につき、席に座ったハルは、手のひらにあごを乗せ、どこか遠くをながめた。

 不思議なものだ。少し前の自分なら『俺にも前世がある⁉ やったー‼』と喜んだはず。なのに実際は不安の方が強く、現実味がなかった。

 ルカが話しかけてくる。「ハル、きのうはどうだったの? 夏目さんと」

「なあ、ルカ。前世って、あると思うか?」

「え…………急にどうしたの?」

「いや、なんでもない」



 1時間目の授業は身体測定。体操服に着替えたハルたち男子が、保健室に並んだ。

「身長172……体重63」

 女の教師が身長と体重を測り、助手の生徒が紙に記録していく。ハルの順番がやってきて、身長計に背中を合わせた。

「身長169……」

 次に体重計に乗る。

「体重86」

(あれ、太った?)

 予想外の数字にハルはおどろく。


 身体測定を終え、ハルとルカは廊下を歩いた。

「俺、太ったように見えるか?」

「見えないけど、太ったの?」

「ああ、20キロ」

 ハルが手に持つ、記録の紙――去年が64kgだったのに対し、今年は86kg。

「そんなに? なにかしたの?」

「なにも」ハルは首をふる。




 2時間目は体育。赤チームと青チームに分かれ、体育館でバスケットボールの試合が開かれた。

 ハルは体操着の上に青いユニフォームを着て、ゴールネットの下に立つ。セロニカの夢と体重増加のせいで脳内が曇り、運動する気になれない。

「春風!」

「おお」

 パスが回ってきた。ハルはボールをキャッチし、ジャンプする。

「え?」

 意味が分からなかった。足の下にゴールネットがある。ハルはゴールよりも高く、4メートル以上、ジャンプしていた。

 シュートするのを忘れ、ボールを持ったまま着地する。

「すごいな! 春風!」

「どうした! おまえ」

「ボール持ってちゃダメだろ」

 みなが集まってくるが、「おお……おお……」と困惑し、ハルは言葉を返せない。


 試合に負け、ボールを片づけるため、ルカとハルは体育倉庫にやってきた。

「ハル。前世の記憶……戻ったの?」

「分からない……」





 3時間目の授業が始まり、田村先生が黒板に数式を書く。ハルは授業を聞かないで、考えごとをしていた。

 …………本当に自分の前世が勇者なのか? いや、でも、そんなこと、ありえるのか?

 普通に考えてありえない。

 だったらなぜ、セロニカの夢を見るのか?

 勇者願望が夢になっているだけの妄想で、体重増加は機械の誤作動。そう思えば納得できるが……それだと、4メートル以上のジャンプが説明できない。

 ハルは、夏目ソラの背中を見つめた。

 彼女に聞けば、きっと答えが分かる。だけど、変化を嫌う人間の本能が、行動に移すことをためらわせる。



 放課後。剥がし切れなかったテープみたいに、前世のことが頭を離れなくて、好奇心が恐怖を超えた。

 ハルは立ち上がり――

「ルカ。先に帰ってくれ」

「え、うん」

 教室をあとにするソラを追いかけ、廊下に出る。そして彼女の背に声をかけようとしたところ……


「なにか用?」前を向いたまま、ソラが足を止めた。

「え、ああ、きのう言ってたこと、教えてくれないか? セロニカってなんなのか?」

「場所を変えましょうか」

 屋上に移動すると、青空がきれいで、気持ちのよい風が吹いていた。

 二人は向かい合う。

「セロニカは、あなたの前世」

「……どうして分かるんだ?」

「顔が同じだから」

「顔? おまえ、誰なんだ?」

「フレア・インフルート」

「フレア? おまえ、フレアなのか?」ハルはおどろき、後ずさった。

「ええ」

「うう!」

 突然、視界に光が走り、情報の嵐がおそってくる。セロニカの映像が脳内を駆け巡り、ハルは頭を抑えた。

 現在と前世がつながっていく――


「はあ⁉ ……俺は勇者だった」

 息を荒くし、自覚した。自分の前世が、勇者セロニカ・ハングレットであったことを。生きていた記憶が実感としてある。

「思い出したようね」微笑するソラ。

「……なにが…………起きてるんだ?」

「詳しいことは分からない。でも、世界中で前世の記憶が甦り始めている。原因はおそらく、1年前の燃える太陽。あの時、不思議なエネルギーが体に浸透するのを感じた」

「……そうなのか」

 深呼吸をし、ハルは落ちつく。

 思い出す前は恐かったが…………思い出してみると恐怖はなく、あるのはおどろきで…………なんとか、状況を受け入れることができた。

(うん? ソラさんがフレアってことは……)

 ふと、気づく。

(え⁉ フレアってこんなにかわいいの⁉ どうしよう?)

 フレア・インフルートは金髪のイケメンで、セロニカにとって親友だった。それがこれほどの美人に生まれ変わっているなんて……ビックリというか、複雑。

「どうかした?」

「なんでもない」

 頬を赤くし、ハルは顔をそむける。

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